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    みゆりょ/涼さんが物理的に大きくなる話
    20240505イベントにて配布した無配ペーパーの本文です。ありがとうございました!

    #みゆりょ

    おっきくなっちゃった! 今朝の涼ちんは確かにいつもと同じ、俺とほとんど同じ目線に立っていたはずで、大学の理系学部棟の前で別れた時も「いってきまーす」とにこやかに手を振っていたはずだった。間違いなかったと思う。いつも通りの何の変哲もない日常だった。だが夕方になんとなく見たネットニュースの速報記事でなんとなく嫌な予感がして、俺は西新宿の河川敷へ急ぎ向かった。
     見出しは『新宿の河川敷に巨大人類あらわる』。異常で、突飛な内容だった。写真すら用意されていないし、きっと何かと見間違えたんだろう。それが何か、って言われたらちょっとわからないけど、とにかく裏取りも不十分な誤報だと思った。俺だって、そんなニュースにいちいち踊らされるほど純粋でもミーハーでもないし、どうせ時間が経ったら風化するネタだろうなって俯瞰した見方ができるはずだったのに、根拠のない胸騒ぎで自然と足が動いた。不自然なほど鮮やかなオレンジ色に染まった空の下、記事に載っていた河川敷には人だかりができていて、その後ろから土手の下のほうを覗き込む……までもなく、よく見慣れた後ろ姿が見えた。
     新宿にあるオフィスビルくらい大きな身体になってしまった涼ちんは、体育座りで空を見上げていた。口を半開きにして、太陽が近くて眩しそうに目を細める。俺は自分の脳の認識がバグったんだと思って、でも絶えず頭にはびこる意味のわからない演算を一旦落ち着かせたいばかりに「涼ちん……?」と呟いた。すると涼ちんらしき何かはぴくりと身体を震わせてこっちに振り向いた。周りの人間たちがぎゃああと叫んで蜘蛛の子を散らすように逃げるなか、俺は呆然と立ちすくんでいた。涼ちんがほっとした顔で「深幸くん?」と呼んだからだ。

     涼ちんの身体は体育座りでコンパクトに折り畳んでも河川敷の土手に収まりきらない。足に馴染んだ愛用のスニーカーは川の流れをせき止め、水が染み込んでぐっしょりと濡れた。でも涼ちんは下手に動いたら地球人をふんずけちゃうと心配してその足を動かすことができなくて、とても居心地悪そうにしていた。
    「タオルいる?」
     と首をほぼ直角にして見上げながら大声でたずねると、涼ちんは諦めた顔をしてううんと首を横に振った。
    「たぶんオレの足に合うタオルがないと思うよ」
     生きているうちにあと何回その言葉を聞くことになるだろうか。あるとしても、この世に存在するのかもわからないポリエステルアレルギーの人くらいしか言わないだろうなと思った。
     日没が近づき空がオレンジから薄い紫に変わりはじめた頃、頭上からバラバラバラ……とヘリの音が聞こえた。たぶん、少しずつ騒ぎがおおきくなって、中継でもしているんだろう。もしくは、自衛隊が動き出したとか。涼ちんは見世物じゃないのにと憤る気持ちと、急にこんな生物が都心に現れたら防衛本能が働くしマスコミだってさすがに報道しなきゃまずいよなと客観的に見ると当然の反応だと納得する気持ちとがないまぜになった。
    「あんまり声聞こえないや。深幸くん、おいで」
     そう言って、すっと俺の前に手のひらを広げる涼ちん。涼ちんの手のひらは六畳一間よりちょっとゆったりできるくらいの広さで、楽に胡坐が掻けそうだった。こんなアニメ映画にありそうなシーンも残りの人生で二度とないような経験だな……と噛みしめながら、その手のひらに乗った。
     遊園地にあるフリーフォール的なアトラクションとか、スキー場とかにあるリフトとか、そういった類の乗り物で身体を持ち上げられる時のふわっとした空気の抵抗を感じながら、涼ちんの力によって顔に近づいていく。「うん。これでいいね。やっと近くなった~」と嬉しそうに顔をゆるませる涼ちんを見ているとなんだか胸が痛くなった。
    「涼ちん、大丈夫か? お腹減ってるだろ」
    「うん……。ぺこぺこ」
     とりあえず心配だったことをたずねると、しゅんと悲しそうに眉を下げる涼ちん。なにか持ってこようか? と言おうと思ったけど、今の涼ちんにぴったりの食材が思いつかない。
    「象ぐらいの大きさにまで料理を積んでもお腹いっぱいにならないんじゃないか?」
    「象……それって、どんな象?」
     ふふ。と笑った涼ちんの鼻息がかかると、あたたかい風で、下ろしていた髪も後ろになびいた。
    「うーん、痛いところをついてくるなぁ。……ナウマンゾウとかか?」
    「ナウマンゾウかー。ナウマンゾウって、おいしいかな?」
    「え……おいしくはないんじゃないか? 皮も身も固そうだし、食用には向いてなさそうだぜ? だから止めときな」
    「そっか。じゃあ、地球では食べられる心配がなさそうだね。象さんは、生きてて幸せなのかなぁ」
    「象って強そうだし、常に危険と隣り合わせって状況にはなさそうだから、少なくとも食物連鎖ヒエラルキーの下のほうにいる生き物よりは安心して暮らせてるんじゃないか?」
    「そうしたら、オレがその幸せを奪うわけにはいかないね」
    「そもそも、どこで象を捕まえるつもりなんだよ。日本じゃ動物園くらいでしか見られないと思うぞ?」
    「大変だ~」
     涼ちんはちっとも大変じゃなさそうににっこりと笑った。
     ここまでぐだぐだと実がない会話をしていたが、なにも核心に触れないまま、気づけば夜が更けてきて、ぽつぽつと白くひかる街灯が増えていく。周囲は、とても静かだ。いつもならグラウンドにはサッカー目的の子供が集まっているはずだけど、今日は人っ子一人いない状態だった。涼ちんという異質な存在が居座っているから、危険を察知してのことだろう。
    「涼ちんさあ、なんでそんなに大きくなっちゃったの?」
    「わかんない。空きコマでお散歩してたらおっきくなっちゃった。このまま街に出たら、きっと地球人たちを踏んじゃったり、地球人の大切なものを壊したりしちゃうでしょ? だからとりあえずここに来てじっとしてて……そしたら、深幸くんが見つけてくれたんだよ。嬉しかったな」
     涼ちんは静かな声で言って、小さな俺に頬ずりする。随分と広くなった頬に手のひらで触れた。同じ目線にいた時と変わらないあたたかさで、なめらかな手触りだった。相変わらず綺麗な肌だ。こんな身体になってしまっては、手入れも大変だろうな。
    「涼ちんさ、ネットニュースになってたんだぜ。たぶん、あれを見てなかったら今ここにいなかったよ」
    「そうなの? オレ、有名人? 研究施設に連れて行かれて解剖されちゃう?」
    「解剖はないかもしれないけど、この勢いだと、これから地球中が涼ちんの話題で持ちきりになっちゃうかもな」
    「それで地球人が幸せになれるならいいけど……。きっと一過性のものだよね。やっぱり、もとの大きさに戻って、那由多の音楽の一部にならないと、地球人を幸せにできない気がするんだ」
     涼ちんにとって、地球人を幸せにする手段がひとつでも失われるのは、空腹に耐えることよりも我慢ならないことらしい。俺もこのままはちょっと嫌かもなと思った。ステージでドラムを叩いている時に隣から楽しそうに笑いかけてくる、涼ちんの顔が好きだから。
    「さすがにそのサイズのベースはないだろうしなぁ……」
    「ケンケンにお願いしようかな。作って~、って」
    「涼ちんだけの特注品だな。ライブとかさ、どうにかこのままでもなんとかならないか考えようぜ。そうしたら俺たちも、涼ちんの爆音に耐えられるくらいの演奏をしなくちゃ。それができたら、もしかしたら地球中に音が響くかもな」
    「ごめんね……こんなに大きくなっちゃって。これも、いつまでも地球人を幸せにできないオレへの罰で、試練なのかもしれない」
     すっかり気落ちしてしまった涼ちんが身じろぐと、ばちゃんと川が波打ち、おおきな飛沫が乾いた土を雨のごとく濡らした。
     そんなことないよ。
     ……なんて無責任なことを言えない俺は、なんとかして違うことで涼ちんを元気づけたくて、その時すぐ近くにあった鼻の先を両手で掴んで口づけた。気づいてもらえるように、唇がつぶれるくらいに押しつけた。
     涼ちんの(物理的に)大きな瞳がぱちくりとまばたきして、俺を見た。
    「そんなこと言うなよ。那由多や賢汰のことはちゃんと説得するから、できる限り変わらない俺たちでいよう。もとに戻れるまでの生き方に困るなら、いくらでも相談に乗るからさ。早く元に戻りたいって気持ちもわかるけど、焦る必要なんてこれっぽっちもねーよ。どんなサイズだって、涼ちんは涼ちんであることに変わりないだろ? 俺はそれが嬉しいよ。姿が変わっても、いま目の前にいる涼ちんが俺が知ってる涼ちんでいてくれて、マジで安心してる。……あ、ちょっと不謹慎か?」
     バラバラバラ……こころなしかヘリの数が増えた気がする。結局なんのヘリなんだろうか。自衛隊だったら、もしかしたら危険と判断してこちらに銃を向けているかもしれない。わからない。今の俺には、涼ちんしか見えていなかった。
     全身に涼ちんの唇が迫る。メガサイズになると迫力が半端ない。涼ちんがその気になったら簡単に食われてしまう。俺は反射的に目を瞑る。涼ちんの唇は低反発枕みたいにやわらかくて、ちょっと癖になる気持ちよさがあった。
    「ありがとう、深幸くん。こんなになっても見離さないでいてくれて。大好き」
     涼ちんの指が俺の身体を愛おしげに撫でる。少しでも力を入れれば、俺の鍛え抜かれた身体はポッキリ折れていたことだろう。ゾクゾクと背中に嫌な冷気が走ったけど、離れられない。

     瞼を開いた。すっかり闇に呑まれた視界で身を凝らすと、俺の自室の天井が見えた。背中と頭がじんわりと暑く、シーツと接した面がどっと汗を掻いた。
     しばらく金縛りに遭ったみたいに動けなかったけど、意識が覚醒してくるとハッと息を呑んで腕を動かす。肘が何かあたたかいものに当たった。そういえば、さっきから何か、すう、すう、と呼吸音が……自分以外の何かがすぐ傍にいる気配がする。ためらいなく、バッと顔をその音がする方向へ向けた。俺の方に身体を向けて眠っている涼ちんを認識して、俺はようやく涼ちんと一緒にベッドに入って灯りを消したことを思い出す。
     寝ていたはずなのにひどく疲れた身体で寝返りを打って、眠る涼ちんに向き直った。猫のように丸まって眠る涼ちんは、むにゃむにゃと俺にはわからない寝言を言って、起きた俺に気づく様子はない。さらさらとした黒髪と暗闇でもなんとなく存在感を放つ金継ぎのようなメッシュに指を通し、ピアスがなくなって穴が空いたままのぼこぼこした耳を撫でた。「ん……」と唸って身じろぐ涼ちんからかすかに衣擦れの音がして、涼ちんが俺の隣にいて、涼ちんのすべてが俺の手が届く範囲にあるという実感がじわじわと戻ってきた。だいたい西新宿の河川敷ってどこだよ。今の俺にはそんな場所は思いつかなくて、夢の中とはいえよく行けたなと思う。
     起こさないように涼ちんを抱きしめて、まだシャンプーの香りがする頭に顔を埋めた。高い体温が俺を安心させる。
    「やっぱりこのサイズが一番良い……」
     二度と触れられないかもしれないと思った背中に手を回した。安心感で涙が出そうだった。むにゃつく涼ちんから「オレも……」と聞こえた気がしたが、たぶん気のせいだと思う。
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    DONEみゆりょ/涼さんが物理的に大きくなる話
    20240505イベントにて配布した無配ペーパーの本文です。ありがとうございました!
    おっきくなっちゃった! 今朝の涼ちんは確かにいつもと同じ、俺とほとんど同じ目線に立っていたはずで、大学の理系学部棟の前で別れた時も「いってきまーす」とにこやかに手を振っていたはずだった。間違いなかったと思う。いつも通りの何の変哲もない日常だった。だが夕方になんとなく見たネットニュースの速報記事でなんとなく嫌な予感がして、俺は西新宿の河川敷へ急ぎ向かった。
     見出しは『新宿の河川敷に巨大人類あらわる』。異常で、突飛な内容だった。写真すら用意されていないし、きっと何かと見間違えたんだろう。それが何か、って言われたらちょっとわからないけど、とにかく裏取りも不十分な誤報だと思った。俺だって、そんなニュースにいちいち踊らされるほど純粋でもミーハーでもないし、どうせ時間が経ったら風化するネタだろうなって俯瞰した見方ができるはずだったのに、根拠のない胸騒ぎで自然と足が動いた。不自然なほど鮮やかなオレンジ色に染まった空の下、記事に載っていた河川敷には人だかりができていて、その後ろから土手の下のほうを覗き込む……までもなく、よく見慣れた後ろ姿が見えた。
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    DONEみゆりょ/涼さんが物理的に大きくなる話
    20240505イベントにて配布した無配ペーパーの本文です。ありがとうございました!
    おっきくなっちゃった! 今朝の涼ちんは確かにいつもと同じ、俺とほとんど同じ目線に立っていたはずで、大学の理系学部棟の前で別れた時も「いってきまーす」とにこやかに手を振っていたはずだった。間違いなかったと思う。いつも通りの何の変哲もない日常だった。だが夕方になんとなく見たネットニュースの速報記事でなんとなく嫌な予感がして、俺は西新宿の河川敷へ急ぎ向かった。
     見出しは『新宿の河川敷に巨大人類あらわる』。異常で、突飛な内容だった。写真すら用意されていないし、きっと何かと見間違えたんだろう。それが何か、って言われたらちょっとわからないけど、とにかく裏取りも不十分な誤報だと思った。俺だって、そんなニュースにいちいち踊らされるほど純粋でもミーハーでもないし、どうせ時間が経ったら風化するネタだろうなって俯瞰した見方ができるはずだったのに、根拠のない胸騒ぎで自然と足が動いた。不自然なほど鮮やかなオレンジ色に染まった空の下、記事に載っていた河川敷には人だかりができていて、その後ろから土手の下のほうを覗き込む……までもなく、よく見慣れた後ろ姿が見えた。
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    TRAININGみゆりょ/りょぅさんが疲れているみゆきくんを起こすだけの話
    みゆりょ「ただいま〜……」
     と、なんとなく、ひっそりと、シェアハウスの暗い廊下に声を投げかけてみた。予想はしてたけど、返事はない。夜も更けてるし、流石にみんな寝てるか。それか、那由多か賢汰は起きてるかな? 俺に気づかないだけで。礼音くんは、たぶん寝てる。体内時計がそこそこ規則正しいタイプだから。涼ちんは……よくわからない。自分の部屋ですやすや寝てる時もあれば、早朝に近い時間にガラクタを持って満足気な顔で帰宅する時もある。宇宙人だから仕方ないのかもだけど、あいつは一番行動パターンが読めない。
     慣れない闇に向かって目を凝らしてみる。リビングの電気は点いていないみたいだ。じゃ、やっぱりみんな寝てるかな。よいしょ、と呟きながら靴を脱いで、足音に気をつけながらひたひた廊下を歩く。パチンとリビングの電気を点けると、案の定誰もいなかった(いや、強いて言えば、にゃんこたろうがキャットタワーのてっぺんでで丸まり眠っていた)。誰も見ていないとわかると余計に気が抜けてしまって、固くなった肩を手で揉みながらキッチンに入った。お客さんに酒類を山ほど提供したけど、俺自身は特段水分補給をしていないことに気づいたから。自覚するともう喉がカラカラで仕方がなくて、ごくんと喉を鳴らして唾を飲み込む。食器棚から適当に取ったコップに浄水を注いで、一気に飲み干した。ちょっと冷たくて、歯がじんと滲むように痛んで、思わず顔をしかめてしまった。
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