ヤング・クロウリー ~始まりの物語~ 第二部六話「王の死」 ディアヴァルは毎日のように厨房のゴミ捨て場で残飯を漁っていた。ここは使用人たちの噂話にこっそり耳を傾けるにも、とても都合が良い場所なのだ。カラスはゴミを漁るものだ、と皆が思っているおかげで、投げやりに追い払われはしても追いかけられたりはしなかったし、誰もまさかカラスが自分たちの話に聞き耳を立てているなんて思いもしなかったからだ。
王が出陣してからしばらくの間、王城ではいつもと変わらぬ日常が続いているように見えた。しかし、ある日、恐れていた知らせがやってきた。
兵士達が王城に帰ってくるという噂が聞こえてきた。そしてどうやら王の身の上に良くないことがあったようだ。王が死んだ、などと言う声も聞こえてきた。
ディアヴァルが城の尖塔の上まで舞い上がって見てみると、噂にたがわず兵士の隊列が戻ってくるのが見て取れた。兵士たちの中程の一団は、重々しい足取りで何か大きな物を載せた板のようなものを運んでいる。
城の中庭に隊列が入ってきた時、玄関から王妃グリムヒルデが走り出てきた。
彼女は、運ばれてきた板の上にかけられていた布を剥ぎ取ると、その場に凍りついた。
布の下にあったのは王の遺体だった。胸には無残な傷口が残り、顔は青ざめて血の最後の一滴まで流れ去ったのであろうことが見て取れた。
ディアヴァルは、彼女が気絶するのではないかと思ったが、王妃は倒れることなくその場に立っていた。
中庭は静まり返っていた。皆が王妃から目が離せなくなっていた。
王妃はゆっくりと両手を差し伸ばし、王の頬に触れた。静かにかがみ込んで、その青ざめた唇に口づけた。そして、そのまま頭を掻き抱くと、中庭に静かな押し殺した啜り泣きが響いた。周りの兵士や召使いたちも、共に涙を流していた。
やがてゆっくりと人の群れは城の玄関に吸い込まれてゆき、扉が閉ざされたのだった。
ディアヴァルは、こっそり大広間の窓の外にとまると、中を覗き込んでみた。ステンドグラスは色がついている上に歪んでいて、中の様子はあまり良く見えなかったが、王の亡骸が広間の真ん中に安置されたことはわかった。これから葬儀を行うのだろう。戦争の行方はどうなったのだろう? 王が斃れたのだから、この国が負けたのだろうか。そこでディアヴァルは恐ろしいことに気がついた。
この国が負けたのなら、王妃と姫はどうなってしまうのだ?
ディアヴァルの心に重苦しく暗い予想が押し寄せてきた。
人間は女に跡目を継がせない、今は亡き主マレフィセントはそう言っていた。王は姫を世継ぎに指名していったが、回りの国々の王たちが姫ではダメだ、と言い出して国を奪おうとするのではないだろうか?
だが、たかが一羽のカラスに何が出来るだろう……。
恐ろしい不安を胸に、ただ見守るしかないのだろうか……。
自分が側に行くと迷惑になるのはわかっている。でも、でも……。せめて励ますくらいはして差し上げたい。あの方にほんの少しでも気持ちの安らぐ瞬間を差し上げることが出来たらいいのに!!
何か方法はないだろうか……。
いつもの様に厨房の残飯を漁りながら必死に考えを巡らせている時、横から料理人の怒鳴り声が聞こえてきた。
「この間抜け! 何やってるんだ! お前の目玉はどこについてるんだ?」
思いがけない大声に驚いてそちらを見上げると、料理人が使い走りの小僧の襟首を掴んで引きずってくるところだった。小僧は全身真っ白になってわんわん泣きながら引きずられてくる。
「上等の小麦粉を無駄にしやがって!! さっさと払い落として仕事に戻れ!」
料理人は小僧を突き飛ばすと鼻息も荒く厨房へと戻っていった。後に残された小僧は鼻水をすすり上げながら服を叩いて粉を落とし、厨房へと戻っていったのだった。
唖然とその騒ぎを見守っていたディアヴァルは、はっとなって思わず頭をぐっと上げた。そうだ! これだ!!
それからほどなく、水車小屋で一羽のカラスが小麦粉の袋に穴を開け、頭の天辺から尾羽根の先まで粉を浴びて真っ白になる姿があった。
粉まみれになった自分の姿を川面に映したディアヴァルは、満足げに胸を張った。見事に真っ白だ! これなら誰も、彼がカラスだとは気づかないだろう。
ディアヴァルは翼を広げると、勇んで飛び立ったのだった。
【本日のカラス豆知識】
今回は、黒くないカラスのお話です。
我々日本人にとっては、カラスと言えば真っ黒、というイメージですが、実は世界には灰黒や白黒のツートンカラーのカラスも存在します。
カラスの種名を載せますので、気が向いたら検索してみて下さい。
「ズキンガラス」は日本のハシボソガラスの近縁種で、欧州の広い範囲と北西アジアに生息しています。体長(嘴の先から尾羽根の先まで)は平均46cm。ハシボソガラスは真っ黒ですが、ズキンガラスは明るい灰色と黒のツートンカラーです。灰色の部分は胴体と背中、頭と喉元と翼と尾羽根は真っ黒なので、灰色のチョッキを着込んだように見えます。
「コクマルガラス」も大陸に多く住むカラスで、ロシア東部から日本にかけて分布しています。全長33cmとカラスとしては小さめで、日本にも少数が主に九州に渡ってきます。コクマルガラスの色は2タイプあって、全身が黒い黒色型と、ズキンガラスを小さくしたような灰色チョッキを着た淡色型がいます。
近縁種の「ニシコクマルガラス」にもそっくりな2タイプがあります。こちらは北アフリカからヨーロッパのほぼ全域、イラン、北西インドおよびシベリアと、広範囲に分布しています。ニシコクマルガラスには、かなり積極的に食料を仲間に譲る習性があるそうです。その頻度はチンパンジー以上とのこと。
そして日本の高山にはカラス科ホシガラス属の美しい「ホシガラス」が住んでいます。こちらは濃いチョコレート色の地に細かく白い斑点が散っていて、それが「ホシ」の名の由来になっています。このホシガラス、ユーラシア大陸では北方の寒冷な森林地帯に住んでいます。
なお、美しい白黒ツートンカラーのカラスとして有名な「カササギフエガラス」は、実はカラス科ではなく、近縁のフエガラス科に分類されています。
実は、カササギフエガラスよりも、同じカラス科のオナガ属や、カササギ属、カケス属の方が、カラスとはより縁が近く、色も白黒ツートンカラーや青色など美しい種が多いです。