ヤング・クロウリー ~始まりの物語~ 第二部27話「闇の鏡」 ディアヴァルは女王の居室へと戻っていた。
部屋にはディアヴァルのための専用の出入り口がある。彼はそこから難なく部屋に入り込み、鏡の前に行くことが出来た。
「鏡よ鏡、戻ったぞ」
すると、鏡の中に緑の煙が渦巻き、男の顔が現れた。彼に刻まれたあの模様と同じ模様を持つ顔が。
「お前の言う通り、俺は新たな力を得た。だがこの力ではあの方を黄泉帰らせることは叶わないのだろう?」
「是である」
「では、どうすれば良いんだ?」
「黒い石を集めよ」
「こんなもの、どこで手に入れるんだ……」
「無限の時間がある」
「確かに、時間だけはあるようだな。だが、待っているだけでは石は集まらない」
「石を集めるのは貴方の役目だ」
「……やれやれ。プランなしか。まずあの石のことから知る必要があるようだな。そもそもあの石はなんなんだ?」
「闇の力の結晶である」
「それはわかっている。身を持って経験させてもらったよ。亡き主の助けがなかったら俺はどうなっていたことやら。それで、あの石はどんな条件で生まれるんだ? 集めようにもそれがわからないと探しようもない」
「魔力の制御を失った魔法使いは闇に飲まれる。“器”から溢れ出た闇の力が結晶し黒い石となる」
「なるほど……?」
ディアヴァルの脳裏に、マレフィセントの変身した姿が蘇った。彼女の背中には陽炎のように黒い靄が立ち上っていた。あれが溢れ出た闇の力なのか……?
黒い石を集めるためには、もっと魔法と闇の力について知らねばならないようだ。鏡との問答でわかることも多いが、生の情報が欲しい。
「黒い石についてもっと知りたい。この世で一番、黒い石に詳しいのは誰だ?」
「嘆きの島の当主である」
「嘆きの島……? 聞いたことがないぞ。それはどこにあるんだ」
「ここから遥か西、英雄の国の沖の孤島である」
「ふむ……。この翼で行けるか?」
「島には行ける」
「含みのある言い方だな。何か問題があるのか?」
「島には番人がいる。彼らの目を誤魔化すことは難しい」
「番人か……」
いきなり押しかけて教えてくれと言っても教えてもらえるものでもないだろうしな……。何か上手い方法を考えなくては、とディアヴァルは思った。
「ところで、もうひとつ気になることがある。お前の顔の模様と俺の顔に張り付いた模様がそっくりだな。これはいったい何なんだ?」
「闇の力の刻印である」
「お前も、あの石を飲んだのか?」
「……」
「答えろ」
「……是である」
「お前の目的は何なんだ?」
「……」
「答えろ!!」
すると、鏡の中に緑の煙がうずまき、男の顔をかき消した。
余程都合の悪い質問だったのか、それとも口外出来ない枷でもあるのか……。
彼は、鏡の前で人間の形に変身してみた。翼のない普通の人間の形だ。それでも、尖った耳と顔の模様は変えることが出来ず、彼がただの人間ではないことを示していた。
妖精のような耳はかえって都合がいいかも知れない。不老長寿を得た今は、妖精族だと思われる方が余計な詮索をされずに済むだろう。
問題は顔の模様だ。こちらはなんとかしなければならないだろう。仮面をつけるくらいしか方法がなさそうだ。どうせならカラスをイメージしたデザインが良いかも知れない。服装もそれに合わせたものにしよう。
ディアヴァルは、魔法で作り出した黒い衣装と仮面で身を固めると鏡を覗き込んでみた。
「ふむ。悪くないな。さて、人間に名乗る名前が必要だが……。我が君から賜った名を使おう。名字はクロウリー。名前は……」
彼の脳裏に、女王グリムヒルデが彼を呼ぶ声が蘇った。『愛しい子』と。
「ディア・クロウリー。俺はこれからは、ディア・クロウリーだ」
彼は鏡に歩み寄ると鏡面に手を伸ばして触れた。
すると鏡の面が波立ち、波紋が広がって行った。
更に手を伸ばすと、ずぶっと腕まで鏡の中に入り込む。そのまま身体を押し込んでいくとずぶずぶと鏡の中へと全身が入ってゆく。最後に彼の踵が鏡の中へと消え、とぷん、と鏡面が揺れて静かになった。
後には闇の鏡だけが残っていた。
それからさほど遠からぬある日、城から鏡が盗まれた、と召使いの間で話題になった。
だが、その事件はそれ以上取り沙汰されることもなく、あっという間に忘れ去られていったのだった。