桜色の特別な思い出 「姫、見てくだされ見事な桜ですぞ!」
そう言って弁慶は頭上を見上げ、私も言われるがまま見上げると想像以上の光景が眼前に広がっていて思わず声を漏らしてしまう。
「本当に見事な……って、うわぁっ…?!」
意識が目の前の桜に気を取られていたからか弁慶に突然抱き上げられ驚いてしまう。そしてそれと同時に身を固くしてしまう。
「姫…?」
「ああ、いや悪い…弁慶は悪くない、悪くないんだ…」
「?」
「ただ、その…弁慶に抱き上げられてしまうとどうも……」
「どうも?」
「……知盛から守ろうとして私を抱き上げ投げた時のことが思い浮かんでしまって…怖くなると言うか、その……」
自分で言っておいて恥ずかしくなるような子供っぽい理由ではあるがそれを穏やかに優しく慈愛の籠った瞳で弁慶は笑った。
「恥ずかしいことではありませぬ、姫」
「…そう、なのか?」
「そうです。それに、姫がそう思ってしまったのは拙者の不徳が致すこと」
「そんなことは――」
「ですから、悲しいことは楽しいことで塗りつぶしましょう」
「塗りつぶすって、うわぁっ……?!」
弁慶は私を抱き上げていた体勢を少し変え私は横抱きにされてしまう。
「べ、弁慶!?お前っ……」
「姫、ほら見事な桜ですぞ」
近づいた顔に、距離に驚きつつも言われるがまま桜を見上げる。
「…ああ、本当に見事で…とても、とても……綺麗だな」
指先で触れた桜が本当に綺麗で、ふっと頬が緩むのを感じた。するとその瞬間雪が降れたのかと思うほど一瞬、弁慶の口づけが私の頬を掠めた。
「べっ……」
「姫があまりにも美しかったのでつい」
「っ~~~~この、ばか!」
「いてっ」
そんな旅の道中の一幕、私と弁慶の平穏なひと時だった。
-了-