「恥ずかしながら、まだ女性との性交渉の経験はなくてね」
少しだけはにかんで彼はそう告げた。
「なんで、モテるだろ」
「どれだけ避妊に気を配っても、妊娠させてしまう確率はゼロではないからね。俺は自分で責任を取れる立場になるまで、軽率な真似はしないことにしているだけだ」
「はあ~。さすがに会長、真面目だね」
おれには到底真似できないや、と犬飼は感心したように蔵内の横顔を覗き込む。
「これはあくまで俺の考え方で他人に強制するつもりはないよ」
でも、長い指を組んで、蔵内はほのかに微笑んだ。
「そんな理屈投げ出したいくらいに欲しいと思う女が現れたらどうかは分からないけどね」
「そういう会長、むしろ見てみたいな」
「いい子紹介しようか?」
「焚きつけるのはやめてくれよ」
統計によると、環境や時代にもよるらしいが、だいたい十人にひとりくらいはLGBTがいるらしい。だったらボーダーの正隊員だったら十人くらいは同性愛者がいてもおかしくないはずだ。確率的には。
けれど、自分が好意を持った相手がそう《、、》だなんてさすがに都合が良過ぎるだろう。理性の徒たれと律している水上としては、これははなから勝負にすらならないと諦念をもって、好いた相手とやんわりとした友情を築くことで手を打つかと思うところであった。
整った顔をしとるのう、というのが水上の彼への第一印象だった。そして、綺麗な手ェやな、と思った。そして強い手だ、とも。
視界に入れていいのは盤面と駒とそれを手に取る指先だけだった。ずっと長い間。その短いながらも人生の大半を過ごした中でもとびきりの手指だった。駒の代わりに、トリオンのキューブを携え、操る蔵内のその手に何度闘いの中見惚れたことだろう。
そして交流しているうちに、顔も姿勢のみならず、所作もたたずまいも端正だということに気づいた。
それがいつの間にか好意になってしまったのかは、水上の明晰な頭脳と記憶力でも、おかしなことに判然とはしなかった。
「せやったら」
「?」
「こどもが出来る心配ない相手とやったらええんちゃう? セックスしてみいひん?」
え、と戸惑った様子の蔵内の、六頴館のブレザーの袖を水上はぐい、と引いた。
「俺、男がイケる男なんや。どうや、蔵っち、一度試してみてみたりしたない? しんどいほうを俺が請け負ったるから」
うわべばかりは常のように淡々と、大きく表情を揺らがせず、その袖に伸ばした掌に浮いた汗を悟られぬように、と願いながら。
「コンドームやローションは俺が用意したほうがいいか?」
「ええて。誘ったほうが用意するんが道理やろ」
「……その」
「何や?」
「やっぱり買ってきていいか。すぐそこにドラッグストアがあるだろ」
「そら別にかまへんけど」
なんで、と水上は蔵内の頬を指先でとんとんとはずくように撫でて、淡い色の目を覗き込んだ。
「水上が、他の人とした時の、ストックだったら、ちょっと、イヤだから」
「あるかい、そないなもん」