元・裏垢男子の事情2壮五は手の中のスマートフォンを見つめながら、小さくため息をついた。送れど送れど返信はない。最初の頃は既読にはなっていたが、最近はメッセージを読んでくれてさえいない。
どうして自分はこうなのか、とまたため息をついてしまった。
欲しいと思うものは指の隙間からこぼれ落ちて掴めない。だが、環だけはどうしても、どんな手を使ってでも手に入れたいと思ってしまった。こうなったら、施設を買収してオーナーにでもなろうか、とさえ思ってしまった。
もし、次にメッセージを送っても返事がなかったら、直接会いに行こう。そう決意して画面を見つめると、ポコンッと間抜けな通知音がなり思わず目を見開いた。
『いつあいてる?』
待ち望んでいた環からの連絡に喜びを噛み締める訳でもなく、壮五は手早く『いまから行くね』と打ち込んだ。
急いで車を走らせて、環がいる施設に向かう。思わず頬が緩んでいるのが信号待ちでふとガラスに映る自分の顔でわかってしまう。
「やっと、次のステップに進めるね。環くん」
壮五はそうひとりごちに呟いて、ハンドルを握りしめた。
施設に着くと、フェンスに寄りかかって携帯をみつめている環の姿が見えた。
壮五は車を止めると、急いで扉を開け、車から降りると環の元へと近寄っていく。
「環くん、お待たせ。久しぶりだね」
「…………」
環はその声に顔を上げると、挨拶もせずにむっと口を横に結んでた。
「あんたさ、こんな時間に今から会いにいくとかひじょーしきじゃね?」
しかもなんで場所知ってんだよ、と環が目元を引き攣らせながら睨みつけてきた。
「た、確かに。すまない……君に会えると思ったら居ても立ってもいられなくて。日を改めようか。都合良い日をーー」
「これ、返すな。そんでもうあんたに会わない。連絡もしてくんな」
壮五は胸元に押し付けられた封筒を見つめる。それは前回、環に渡したものだった。
「待ってくれ。これは君にあげたものだろう?それに会わない理由を聞かせてくれないか。納得ができない」
壮五は封筒を受け取らず、環へと突き返す。だが、環も頑なに受け取ろうとせず、封筒がパサりと地面におちた。
「そんな金、きたねーじゃん!」
環はわなわなと唇を震わせて、怒りをあらわにした。ああ、そうか。と壮五はすぐに納得した。
「……いいかい、環くん。お金というのはこの世において、いつだって平等なんだよ」
壮五は地面に落ちた封筒を拾い上げると、環へと見せた。
「汚いと思うのは、お金ではなく、その稼ぎ方のことだろう?君は自分の体を触らせて稼いだお金に嫌悪感を抱いている。違う?」
「……そう、だけど」
「でもそれって、労働と何が違うんだろう。君の時間を僕が買っていると思えば、何も汚いと思わないけどな。とにかく、僕はすでに君の時間をいただいたから、支払義務は発生している。だからこれは受け取って」
環へと封筒を差し出すと、多少腑に落ちているのか、戸惑いながらも受け取ってくれた。
「もし、君が体を触られたくないというのならそれでもいい。僕は君と食事をしたり、一緒にいられるだけで対価を支払う価値があると思っているからね」
壮五がそういうと、環はいぶかしげな顔をしていた。
「……それって、エッチなことしなくても一緒にいるだけで金くれるってこと?なんで?」
それは至極まっとうな問いだろう。壮五は口元に笑みを浮かべながらまっすぐに環を見つめていった。
「君を気に入った、といっただろう?好きになってしまったんだ。だから僕は君と一緒にいたい。君はお金が欲しい。だから君の時間をお金で買う。もちろん、君が嫌でなければ、だけど」
「……」
環はほんのりと頬を赤ながら、目を泳がせて迷うそぶりをしていた。二つ返事はないと思ったが、環が返事をしてくれたなら、今すぐにでも車に押し込んで連れていくところだった。
思ったより頭が悪いわけではないのだな、と失礼なことを考えながら壮五はダメ押しのように口を開いた。
「あ、それと新しい家を探しているんだろう?僕が個人的に所有しているマンションの一室に空きがあってね。環くんが嫌でなければ住んでくれないか?もちろん家賃はいらないよ」
「はぁ?なんで!?こわっ!きもっ!」
環が思わずそう漏らすと、壮五の眉がピクリとつりあがった。
「君、僕のこと怖いとか、気持ち悪いとか思っているのか?ショックだな」
がっくりと肩を落とすと、環はプッと吹き出した後アハハッと声をあげて笑った。そのあとにわりぃと手を合わせて頭を下げると,ちらりと壮五を見つめた。
「あんた、やっぱ変わってるわ。ふつーさ、仲良くもない知らないやつにそんな良くしてくんないよ。だから、なんか裏があるんかな、とか怖くなったし、キモいと思った」
ストレートな物言いにそう、と壮五は頬を引き攣らせながら笑みを返すことしかできなかった。
「でもさ、そーちゃんも人間らしいところあるじゃんって思ったらウケた」
失礼であけすけで、それでいて眩しいくらいに素直な子だな、と壮五は思った。が、それ以上に引っかかる部分があった。
「えっと……そーちゃんって、僕のことかい?あだ名なんて初めてだ」
「そうご、だからそーちゃん。……なあ、俺たち友達になろ。あんたのこともっと知りたい」
環はぎゅっと壮五の手を握ると、にっこりと笑った。壮五は絆されそうになるのをグッと堪えると、大きく咳払いをした。
「僕も君のこと知りたいけど、友達だと時間を共有しても金銭が発生しないと思うのだけど、その点はどうなんだい?」
環はうーんと唸り声を上げたあと、パッと顔をあげた。
「レンタル友達?そしたら俺がそーちゃんと過ごしてる間、金が発生するよな。サブスクとかでもいいけど」
友達をレンタルするという発想はどうなのだと思うが、この先も料金を支払えば環に会えることに、壮五はにっこりと微笑んだ。
「いいね。それでいこう。次回契約書を作成してくるから、正式に契約を結ぼうね」
環の手をがっちりと掴んで握手をしてそういった。