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    30日CPチャレンジ①

    #大春
    daishun

    01:HOLDING HANDS(手をつなぐ)2021.11.16※つきあってる大春です。


    「ミスクージ!」
     金髪の若い女性と危うく肩がぶつかるところだった。カタカナ発音全開の謝罪を告げると、女性は花の咲くような声で「ファニエンテ」と言い置き足取り軽く去っていった。

        ◇◇

     今回待ち合わせ場所に指定されたのは石畳の街、ミラノの一角にある書店。
     神戸と待ち合わせをすること自体珍しいのに、しかも場所は海外の有名どころでもない書店とくれば、はたしてたどりつけるだろうかという不安が胃のあたりに渦巻いてしまう。
     なにしろ英語圏ですらない。耳元に忍ばせたヒュスクが命綱みたいなものである。行き交う市民は当然のごとくイタリア語を話し、読者モデルみたいに洗練された服を身にまとって街に溶け込んでいた。
     こういうとき、新潟から東京に出てきたときを思い出す。自分の周囲を薄い皮膜が覆っているような疎外感。いつのまにかそこで暮らすうちに皮膜はとけてなくなっていたけれど。
    「左隣が花屋で右隣がアンティークショップ……ここか」
     ショーウィンドウには、発売したばかりの世界的児童書や推理物の小説が手書きのポップといっしょに飾られている。
     真鍮製のドアノブを押し開いて飴色の分厚いドアをくぐると、とたんに本の匂いに包まれた。東京でもおなじみの匂いに肩の力が抜ける。奥のカウンターで店員と客が楽しげに話し込んでいるのを横目に腕時計を確認したら、待ち合わせの時間にはまだ余裕があった。
     こんなことでもなきゃよその国の本屋なんて入らねぇし、ちょっと眺めてくか。
     拠点にしているニューヨークはともかく、仕事で海外に飛ぶと事件現場・ホテル・空港の三点をくり返し移動することになる。
     神戸は時間の無駄をよしとしない男なので、行動を共にしているときほど海外に滞在中という感覚が薄くなる。
     俺が適当に露店で飯を調達しようとすれば『その必要はない』とルームサービスで栄養満点の食卓が整えられるし、ヒュスクに助けられる形で朝から晩まで日本語を使える。フライトの時刻まで時間があるから観光でもしようかと思えば、神戸家のプライベートジェットに待ち時間ゼロで搭乗できてしまう。
     まったく実に味気ない。亀井や佐伯さんに土産物をねだられても言葉をにごすしかないのが現実で、あの二人も最近そのことをしみじみ理解したようだった。
     神戸は旅行することがあるんだろうか。神戸と旅行。自分のなかで点と点がなかなか結びつけられない。そんなことを思うのも失礼な話かもしれないが。
    「用もなく出かけるなんてことなさそうだよなぁ」
     考えてみれば俺と神戸の関係も、ある意味無駄をそぎ落としている状態と言えなくもない。
     仕事終わりにレストランで空腹を満たして、ホテルのベッドに連れ込まれて、朝になれば何食わぬ顔で別々に通勤する。
     神戸は別々にする意味がわからないとほざいていたが、少しは隠す努力をしろと言いたい。同僚とデキちまったなんてそう気軽にバラせるかっての。
     だって俺と神戸だぞ。あの他人に興味ありませんって感じの現対本部の面々でさえ『えー!?』とか絶叫つきで驚かれそうな案件じゃねぇか。いたたまれないので俺としては末永く隠し通したい。
     料理本のコーナーに差しかかった。
     表紙に郷土料理っぽい写真がドンと載せてあるわかりやすい一冊を手に取ってページをめくる。
     ヒュスクに頼んでこの場で翻訳してもらってもいいが、なんとなく理解不能の言語をわかったふりで眺めてみる。
     へえ、うまそうだな。手順の写真も並んでいるから材料さえ揃えばどうにか――。
    「それを作るのか」
    「おわっ……神戸!? いきなり声かけんな。本落とすとこだったろうが」
     反射的に文句をつける。落ち着いた色合いのツイードのコートに、ダークグリーンのマフラーを巻いた神戸がそこに立っていた。
     不可解な表情で言い返してくる。
    「何度か呼びかけたが」
    「え?」
    「加藤ならこのコーナーにくると踏んでいた」
     予想通りの展開に機嫌をよくしたのか、神戸は俺の手から料理本を抜き取ると、そのまま会計を済ませて書店を出てしまったので慌てて追いかけた。

     神戸は店の前で紙袋に包まれた本を差し出してきた。どうやら俺に受け取ってほしいらしい。
    「金、あとで払うわ」
    「必要ない。このままミラノの屋敷に向かう。キッチンも整えてあるから好きに使うといい」
     所有するならロンドンの家(宮殿といっても過言ではない)だけでも充分だと思うのだが、突然神戸がこの土地のこの書店を待ち合わせ場所にした理由がわかった気がした。
     なにしろ神戸は俺が現れそうなコーナーで待ち伏せしていたくらいだから、取るであろう行動もお見通しだったに違いない。さらに肩の力が抜ける。
    「んだよ、代金代わりに飯作れってか?」
    「お前の作るものはなんでもうまい」
     神戸がわずかに口角をあげたのを、俺は見逃さなかった。
    「……しゃーねぇなぁ」
     差し出された本を受け取って脇に抱えた。
     小路の脇には風に巻かれて落ち葉がたまっている。ひゅっと木枯らしが通り過ぎて指先を丸めた。
     傍らで神戸がため息をつく。
    「グローブを用意すると言っているのにお前はなぜうなずかない」
    「用意したってすぐなくすから要らねーの」
    「なるほど」
     意外なくらいあっさり納得した神戸のようすに内心首を傾げつつも、これ以上不毛なやり取りをしなくて済みそうなことに安堵した。
     頻繁に手袋をなくしてしまうのは事実だ。
     新潟ではなくてはならない越冬グッズだが、実家にいたころ母親から「あんたは何度手袋なくしたら気が済むの!」と叱られた経験がいまだに尾を引いている。だから手袋を持たないというのが、手袋を所有しないでいる真相ではあるのだが。成人してからはめた手袋といえば、警察から支給されたものだけである。
     ふいに神戸が俺の小脇に抱えた紙袋を奪い、宙に浮いた手が温かいもので包まれた。一呼吸遅れて神戸に手を握られてたことを認識する。
    「ちょ、お前なにを、」
    「なくならないもので温める方法もあるだろう」
    「……恥ずかしいやつ」
    「反対側の手にはこれをはめておけばいい」
     神戸のぬくもりの残る手袋が右手を覆う。これで解決したなとばかりに歩行を再開させる神戸に引っ張られて俺も歩き出す。
     恥ずかしいなんて概念はないのかもしれない。そもそもこいつはほぼ外国育ちである。
     とにもかくにも神戸と外で手を繋ぐのはこれが初めてだった。
    「お前、なんかあったのか」
    「どういう意味だ」
     傲岸不遜な男のようでいて意外と世間に気を遣う神戸は、デリケートな事情をその身にたんまり抱え込んでいる。つつけばなにか飛び出してくる可能性は高い。
    「別に。なんでもねぇならそれでいい」
     なにかあったところでそれが神戸家の事情であれば、こいつは俺を巻き込まないように人知れず片をつけるだろう。
    「それだ」
    「は?」
     それだ、とはなんだ。
     ブルーグレイの瞳が一対、俺をなかば睨むように見つめている。
    「人の家の門を破って不法侵入までしてきたのと同じ男とは思えん。言いたいことがあるならはっきり言え」
    「あれは緊急性があったからでしかたなくだな」
    「修繕費」
    「うっ」
     ぐうの音も出ない。どんな理由があったとしても同僚の家の門をぶっ壊して不法侵入するなどという行動は取るべきではない。神戸が訴え出なかったから事なきを得ただけである。修繕費など、どれほど高額だったのか当初は恐ろしくて聞けなかった。勇気を出して訊いたら〇千万円だった。
     返済を申し出ると「要らん」と即座に断られてしまったが、俺が御託を並べてなにか言い逃れしようとすると、こうやってごくまれに持ち出してくる。
    「……書店で待ち合わせとか、外で手ぇ繋ぐとか、お前が珍しいことばっかするからアドリウムとか神戸家の関連でなにかあったのかと思っただけだよ。勘ぐったりして悪かった」
    「ふ、」
     形のいい唇の端から堪えきれないとでも言わんばかりに笑いがこぼれた。
     思わずムッとしてしまう。
    「おい。笑うことねーだろ」
    「これが笑わずにいられるか」
     握られた手の力が強くなった。
    「ショーウィンドウの向こう側に不安げな顔のお前がいて、いいものを見たと思った」
    「……神戸。お前いつからあの書店にいた?」
    「加藤が入ってくる十五分ほど前からだな」
    「なにやってんだよお前」
    「休日に恋人と待ち合わせをして、街を歩き、あわよくば手料理を食べるというごく一般的な計画を立てていただけだが?」
     神戸の口から出てきた単語に胸のあたりがじんわり温かくなる。
     そう思われていたんだ。
     こいつのなかでは俺は、ちゃんと恋人だったんだ。
    「じゃあ、本当に、なにもないんだな?」
    「ない。お前がこの計画に乗った時点で計画は成功している」
     太陽を遮っていた雲が、急速に風に押されていった。
     ちりちりと頬のあたりを刺す痛みが季節を物語っている。
    「なあ、どっか寄りてぇ。お前がいないときにつける用の手袋買うから」
    「それならいい店を知っている」
    「ん」
     神戸の手を強く握り返した。


     その日は神戸との初めて尽くしの一日になった。
     ミラノの屋敷の慣れないキッチンで郷土料理を作るあいだ、神戸は俺の体のどこかに触れていた。味見をするたびにキスをねだってくる。口のなかまで味わわれて膝の力が抜けそうになり、俺は怒ってキッチンから神戸を追い出そうとしたが徒労に終わった。

     二人で夕食を囲んだあと、なんとか一人での風呂の時間を勝ち取る。神戸に手を引かれてベッドに向かうころには疲労感でまぶたが重かった。
    「なんか疲れた……」
    「あんな街歩き程度でか」
    「ちーがーうー! お前わかってて言ってんだろ。タチ悪ぃぞ」
     前髪をおろした神戸が歯を見せて笑う。年齢よりずっと幼く見えた。年上として守ってやりたいと思う。それと同時に、こいつは守られるほど弱くはないと思い直す。そのくり返しだった。
     淡いオレンジ色の照明がともる寝室のまんなかに大きなベッドがある。神戸は反対側に回り込み、巨大な枕に頭を預けると寝具を被って目を閉じた。
     素朴な疑問が湧きあがる。
    「神戸、寝るのか?」
    「ああ。おやすみ」
    「……準備したのに」
     数秒、沈黙が横たわる。
     神戸が大きなため息をつきながら身を起こした。
     ぎろりと俺を睨むその目は、さながら猛禽類のようである。
    「お前は人の努力をなんだと思っている」
     努力ってなんだ。
     訊き返す前に唇が神戸に塞がれて、俺はなにも言えなくなってしまった。




    01:HOLDING HANDS(手をつなぐ)
    (https://dic.pixiv.net/a/30%E6%97%A5CP%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8)


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