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    30日CPチャレンジ②

    #大春
    daishun

    02:Cuddling Somewhere(抱きしめる)2021.12.15※つきあってない大春です。距離感バグってる。


    「先に風呂に入りたい」
    「洗ってあるから湯貯めるだけでいいぞ」
    「わかった」
     外回りのあと神戸と二人で直帰した先は、当たり前のように俺の自宅アパートだった。
     家主になんの断りもなく玄関先で靴を揃え、さっさと風呂場に直行するその後ろ姿に微笑ましささえ感じる。自分たちの関係もずいぶん変わったよなあ、と。
     こんなところに住んでいるのかと疑われたときには思わず足を踏みつけてやりたくなったものだが、いまではこのお坊ちゃんも庶民の暮らしにすっかり馴染んでいる。
     ただ最近、少し気になることがあった。
     勤務後に連れ立ってアパートへ直行するのはもはや定番だったが、以前は食事と飲酒のあと神戸自身は帰宅することのほうが多かった。しかし最近はそろそろ寝ようかという時刻になっても、アパートを出る気配すら漂わせないのである。
     神戸がここに飯を食いにくること自体は問題ないどころか歓迎だ。特売の肉や野菜を冷蔵庫でお陀仏させることもなくなったし(地味にうれしい)、定期的に米や食材を提供してくれるので、エンゲル係数の上昇はそこそこ抑えられている。節約のための自炊が、うまいものを腹いっぱい食わせてやりたい自炊になったので張り合いも生まれた。
     だったらなんの問題もないはずだと頭では理解しているのに、なぜだかモヤモヤした感情を持て余している。俺は襟足のあたりをくしゃりとかき混ぜた。
     世界的大富豪で、顔良し頭良しの二十八歳選り取り見取りな独身男が、三十路越えの同僚の殺風景なアパートに足繁く通ってきては泊っていく。しかも貴重な公休日を翌日に控えた晩でもお構いなしに。
    「ついに懐かれちまったか。いやいや神戸に限ってそんなこと」
     俺はどちらかといえば面倒見がいい部類で、部活や仕事の後輩から慕われやすい。神戸が『懐く』だなんてかわいらしい感情を持ち合わせているかどうかは疑わしいが、いまの俺にはその程度の考えしか浮かんでこなかった。

        ◇◇

    「かーんべ。お前も寝る前に歯ァ磨いとけよ」
    「ああ」
     今夜も神戸は風呂上がりに身に着けたサーモンピンクの部屋着をいつまでたっても脱ごうとせず、食卓を囲んだあとも俺が流しっぱなしにしている太陽に泣けを眺めている。おせっかいには素直にうなずき、俺と入れ違いに洗面所に向かった。
     時刻はすでに午後十一時を回っていた。
     成人男性かつ警視庁勤めの刑事にとってさほど問題のある時刻とは言えないし、この男が望みさえすれば数分のうちにアパートの前にご立派な迎えがやってくる。要は帰路につく手段は豊富にあるが、選択肢に帰宅が挙がっていない状態なのだ。やっぱり懐かれ……いやいやいや。
    「加藤」
    「んー」
     洗面所からもどってきた神戸の呼びかけに、俺はどきりと心臓を弾ませながら何気なさを装う。
    「今夜から明日の朝にかけて冷え込みが強いらしい」
    「ああ、なんかこの冬一番のとかニュースで言ってたなそういや。電気毛布押し入れから出すからお前使っていいぞー。その代わり今日は客用布団で寝ろよな」
    「…………」
     神戸がにわかに不満げなオーラを放つ。なんなんだいったい。
     しかしモヤモヤを持て余している状態で相手の機微を分析するのも疲れるので、明確に言葉にされたら対処しようと決めて押し入れに向かった。膝をついて戸を滑らせると、閉じ込められていた冷たい空気が流れ出てくる。
    「えー、たしかこのへんに」
     紐でくくったままの研修用資料やら、太陽に泣けの初回限定特典付き写真集やら、忘年会だか新年会の景品に行く手を阻まれた。
     客用布団も増えたことだし(客用なのに使用者は圧倒的に俺なのだが)、そろそろ本格的に断捨離するか引っ越しを検討しなければならない時期に来ている気がする。
    「おかしいな。ここに入れといたはずなんだが」
     目的のものが見つからず、しかし諦めきれずに押し入れに潜り込もうとすると、いきなり腰を掴まれた。
    「ひぇ」
     まぬけな声をあげてしまった。体勢を変えずに頭だけで振り返ると、引き続き不満げな顔をした神戸と目が合う。腰を掴む手に力がこめられ、神戸の指先がなけなしの肉に食い込んだ。わりと痛いので速やかにやめてほしい。
    「加藤。電気毛布とやらは必要ない」
    「え? だって今夜冷え込むんだろ?」
    「場所によってはみぞれが降る可能性がある」
    「だったらなおさらじぇねえか。俺はお前に風邪ひかせるわけにいかねーの。おら手ぇ離せ」
     御当主様が全快する瞬間まで神戸邸で看病する未来が脳内投影されてしまい、俺は思わず身震いした。さっさと離せとばかりに神戸の手を叩くが無反応である。
    「おい神戸いい加減に離し……」
    「電気毛布ではなく加藤がいい」
    「んあ?」
     意味がわからず首をかしげたその隙を突かれた。四肢を畳から引きはがされ、どん、と背中が神戸の胸にぶつかりそのまま羽交い絞めにされる。
     なにをしようがビクともしない体幹が恨めしい。思い立ったが吉日と言うし、この際俺もボクシングを始めてこいつに対抗しうる体幹を得るべきか。
    「お前なぁ、なにすんだよいきなり」
    「加藤が俺の意を解さないから悪い。察しろ」
     ぐりぐりと額を肩口に押しつけられ、拗ねた態度で言われる。妙に胸にくるものがあった。
     いつもは不遜なくらい堂々としているし要求もはっきりしているのに、ときどき年下ムーブをかましてくる神戸が実は嫌いじゃなかったりする。
     いい年をした人間が説明なしで自分の考えていることを理解しろだなんて、甘え以外の何物でもないなんてことは神戸だってわかっているはずだ。
     くっついた背中がぽかぽかと温かい。近年、不本意とはいえ疎遠になっていた人のぬくもりに抵抗を忘れかけた。
    「あのな。ちゃんと言葉にしなきゃわかるわけないだろ」
    「この状況でまだそんなことを言っているのか」
     俺を羽交い絞めにする腕の力がいっそう強くなる。神戸が持ち込んだことで、いつのまにか共用になってしまったばか高いシャンプーの香りが鼻をくすぐった。
     こいつなんだかんだで俺のこと好きだよな……。
     だれにも懐かない猫みたいな男が、気まぐれだとしてもここを縄張りのように生活している。そこになぜか多少の優越感を覚える自分がいて、ちょっととまどう。
    「冬生まれのやつって、寒さに強いイメージあんだけど」
    「弱くはない。が、あえて耐える必要もないだろう」
    「そういやいつも冷暖房完備の服着てるもんな神戸。そろそろここで一晩越すには厳しい季節だぞ」
     耳元で笑う気配がして腕の力がゆるむ。だのに、振り払う気になれない。
     神戸は俺の体をぐるりと反転させた。真正面から強い視線を浴び、矢を受けたように動けなくなる。
    「俺がここにいる理由がなければ不安か」
     神戸が静かに問いかけてくる。まるで急所を突かれたようにどきりとした。こいつが俺の家にいる理由――気まぐれではなく確固たるもの。それがわからないから俺は不安になっている?
     いままで見ないようにしてきたものがクリアになっていく。胸のなかにわだかまっていたモヤモヤが忙しなくうねりはじめた。
    「お前こそ言葉にしたらどうだ、加藤春」
     いまなら聞いてやらなくもないぞと追撃してくる。自分の奥底を覗き込まれた気がして、今度こそ神戸の腕を振り払った。
     矢を受けたまま、のろのろと薄暗い台所に移動する。
     喉が渇いているのに、体は重たく、水道の蛇口さえ捻ることができない。だれかがコップに満たした水を差し出してくれたら喉をうるおすことができるのに。
     そんな他力本願な考えが脳裏をよぎったことで、俺はようやく我に返った。
     かちりと音がしたあと、ぱっと周囲が明るくなる。神戸がスイッチを入れたらしい。
    「あっ」
     シンクの内側がすっかり曇っている。
     こんな場所で俺は食事の支度をしてたってのか。どうもそこそこの期間、調子が狂っていたようだ。神戸もおかしいと気づいたからこそ、いまみたいな問答をしかけてきたに違いない。自然と口が動いた。
    「……悪かったな」
    「なにが?」
     背を向けていても、神戸の浮かべているであろう表情が手に取るようにわかるのは、それだけの時間を共有してきたからかもしれない。襟足をぐしゃぐしゃと掻き回す。
    「らしくねぇことして心配かけてって意味だよ。わかってるくせに白々しいぞお前。くそ~……」
     悔しがる俺の様子がよほど愉快なのかなんなのか、神戸はそれ以上追及してこなかった。シンクの縁を掴んでうなだれる俺の横で、冷蔵庫から取りだした瓶のミネラルウォーターをガラスのコップに注ぐ。神戸が定期的に持ち込むこの謎のうまい水(高い)のおかげで、我が家は瓶の回収日をこまめに気にかけなくてはならなくなった。
    「やはりお前は鈍い」
    「……は?」
    「理由なら、誤解などみじんも抱けないくらい詳細なものを一晩かけてじっくり聞かせてやる。ただし途中で逃げることは許さない」
     神戸はそう口にして、コップの中身を飲み干した。一滴たりとも俺によこさずに。


     俺は結局、電気毛布の行方を探すどころではなくなったし、この冬一番の冷え込みとやらを体感することもなかった。
     文字通り一晩かけてじっくり聞かされた『理由』のあれこれを、隙間なんかないくらい狭いベッドのなかで抱きしめられて聞いていた。どこもかしこも熱くてたまらない。自分の喉からあんな高い声が出るなんて知りたくなかった。
    「加藤が言ったんだろう。言葉にしなければわからないと」
     神戸の機嫌よさそうな声を、カーテン越しの薄い朝の光を浴びながら聞き流す。
     誤解なんか抱けやしない。この男は嘘をつかない。こいつが言ったなら、それは揺るがすことのできない事実なのだ。
     神戸は今夜もここに泊るという。俺はもう二度とその理由に探りを入れることはない。
    「なあ、今日はなに食いたいんだよ」
    「春の作ったものならなんでもいい」
     口元がにやけてしまう。神戸の背中に腕を回して、自分からぎゅっと抱きついた。
    「ばぁーか。そういうのがいちばん困るんだっての」



    02:Cuddling Somewhere(抱きしめる) UP:2021.12.15
    (https://dic.pixiv.net/a/30%E6%97%A5CP%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8)

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