「君とベレト先生が、キスしてるのを見たって人が……それって本当なの?」
それを聞いて、ユーリスはハハッとアッシュを笑い飛ばした。笑い声を聞いて、アッシュはカッと顔を赤くする。言うべきじゃなかった。彼の気を引きたい一心で口走ってしまったその噂話は、下品だし、本人に確認するようなことではなかった。でも、彼に振り向いてほしかったのだ。青獅子学級に来た時からピンと来ていた。ローベ伯のところにいた子でしょう、と話しかけても、どうやらユーリスはあまりその話をしたくないらしく、疎まし気な視線を寄越しただけだった。僕はロナート様のところにいたんだ、と自分の話をしても、「ふうん」「そうかよ」としか返事してくれない。一緒に草むしりをしても、馬の世話をしても、ユーリスは何故だかアッシュに冷たい。冷たいように、見える。実際彼は、青獅子学級の面々と一線を引いているようだった。アビスというところがどんな場所だか、詳しいことは知らない。だが、アッシュには想像がついた。親を亡くして、行く当てもなく兄弟と彷徨ったあの街。人々の視線。生きるために仕方なく、食べ物や金目のものを狙って盗んだ、あのときの自分。今ではとても恥ずかしい過去だけど、もしかしたらユーリスは今、そんな状況なのかもしれない。先生とキスをしていたという噂だって、ユーリスを貶めるためだけの誰かの作り話かもしれない。陰口を本人に伝えるなんて、してはいけないことだ。アッシュは急に胸がツンと痛んで、ユーリスの顔が見られなくなった。
「知りたいか?」
そんなアッシュを見て、ユーリスはおかしそうな声で問うた。
「その噂が本当かどうか、教えてやろうか」
「えっ……」
紫色の美しい瞳が弧を描き、乱暴に顎をしゃくった。寮の方向だ。
「お前の部屋でなら教えてやってもいいぜ」
「……」
図書室に行きたかったのに。アッシュは本を持ったまま、一瞬迷ったが、ユーリスに向かって小さく頷いた。彼と、友達になりたかったのだ。青獅子学級で、自分と同じような生い立ちを持つ彼は、貴族のクラスメイト達に馴染めなくて困っているのかもしれなかったから。
……と、ユーリスを簡単に部屋へ入れてしまったことを、アッシュは既に後悔していた。ユーリスを部屋に招くことができた嬉しさに、すっかり油断していたのだ。じゃあ、えーと、そこに座って……そういう前に突然足を払われて、アッシュはベッドに突き飛ばされた。とっさに受け身を取ろうと身を捩ったところへユーリスが馬乗りになる。
「おっと、意外とすばしっこいんだな」
「ゆ、ユーリス、なにを……!!」
抵抗しようと伸ばした手を両方とも握りこまれ、指同士が絡み合う。
「ベレトと何してたか、知りたいんだろ」
「……!!」
ユーリスの顔は、正直に言ってすごく綺麗だ。アッシュが彼を覚えていたのも、この美貌のせいだった。ローベ伯の家で見かけた、美少女と見まごうような可愛らしい服を着た彼の姿。養子だと紹介されて、自分と同じだと思って嬉しかった。人形みたいに綺麗な顔のその子が、男だと知って驚いたものだった。その顔が、今、アッシュの目の前にある。
「んっ……!!」
息が苦しい。アッシュは繋がれたままの手をもがかせたが、ベッドの上に押さえつけられてびくともしない。もっとも、唇に柔らかいものが押し付けられて、体に力が入らない。口づけされているんだ。そう理解した瞬間、ますます体が動かなくなる。だって、どうしたらいい?友達になりたいと思っていた人に突然乱暴に口付けられたら、どうするべきなんだ?
アッシュはぐるぐると混乱する頭で、自身の口付けに関する知識を総動員させて考える。しかしそもそも知識自体が乏しい。本の中では、無礼な口付けをされた気高い貴族は、相手の頬をパンと張って啖呵を切っていた。他学級の宴の後に、中庭でうっとりとキスを交わしている女生徒と男子生徒を見かけたこともある。シルヴァンはキスくらい挨拶みたいなもんだよ、なんて言っていたっけ。兄弟同士で親愛のキスを交換することもあるらしい。じゃあこれは、一体なんだ?僕とユーリスの間にあるのは、なんだろう?考えても考えても答えは出ない。そうこうしているうちに、ぬるっとした舌がアッシュの唇を撫でるので、ピキッと体が硬直した。アッシュの薄い唇を食み、吸って、ユーリスは開かれないその場所を面白がっているようだった。もぞもぞとアッシュの体をベッドに押し上げて、足を絡ませる。
「ッ……!」
ぐい、とユーリスの太ももがアッシュの股間を押した。ビクッとしてやっと体が動くようになり、アッシュは顔を背けて震える声を上げた。
「ちょ、ちょっと、ユーリス!やめて……!」
「ああ?お前が知りたがったんだろ」
知りたがったって、こんなことを知りたいと言った覚えなんて、ないよ!アッシュはそう叫びだしたかったが、相変わらず両手は掴まれたままだ。その掴み方も、ユーリスの指がアッシュの指の股をすりすりと撫でるから変な気分になる。そう、ユーリスのせいだ。ユーリスのせいで、アッシュは今こうなってしまっている。目の前のユーリスの顔がニヤ~っと笑った。
「ここ、すげー硬くなってっけど」
「言わないでよ……!」
ユーリスの太ももがぐりぐりとアッシュの股間をいじめる。腰を引かせて、アッシュは息を吐いた、
「あっ……!」
「ほれほれ」
ギシ、ギシ、……寮のベッドは丈夫ではない。ユーリスが体を揺すってアッシュのそこを自分に押し付けて擦るので、アッシュは口をぱくぱくさせた。やめて。ベッドが壊れる。誰かにこの音を聞きつけられたらどうしよう。ユーリスは何がしたいんだ?色々と言いたいことがあるのに言葉にならない。
「や、やめ、アッ……!!」
アッシュはもう半泣きで、でも気持ちが良くて、とうとう士官学校の制服の中に果ててしまった。ビクンッと体を跳ねさせたアッシュを見て、ユーリスはダメ押しのようにぐいっと体を密着させる。優しく腰を動かして、今度はあやすように、アッシュの顔をじっと見つめながらゆらゆらと体を擦りつけてくる。
「こんな美少年に抜いてもらえて、嬉しいだろ」
「な、なんでこんな……」
「……さあな。俺とベレトがしてたのも、こういうことだよ。……って言ったら、どうする?お前、告げ口して俺様を学級から追い出すか?」
「えっ……しないよ、そんなひどいこと」
「……お前、貴族に養子にされて、士官学校に入れてもらって……その後で失敗してる俺のこと、憐みでもしてるつもりか?」
「そんなことない!!」
アッシュが薄緑色の瞳にいっぱい涙をためてこちらを見上げるので、ユーリスは、ふうん、と呟いた。まあ、別にどう思われていようが構わないのだが。けれどユーリスはこのままアッシュを離してやるのが急に惜しくなって、体を重ねたままでいる。下着の中が気持ち悪いのか、アッシュはもじもじと足を動かして鼻を啜った。
「僕は……ただ、君と、話がしたかっただけなのに……」
「ははっ……」
ユーリスは先ほどと同じようにアッシュの言葉を笑い飛ばすと、自分の中にうっすりと湧き上がる暗い感情に蓋をする。ああ、こいつは、まだこんなに純粋なんだ。そう思うと、手の中に握りこんだものがとても大切に思えて、ユーリスは赤くなったアッシュの目元に、もう一度小さなキスを落とした。