実装前妄想シリーズ2 サブ 最初に置かれたのは美しい装飾が施されたカップ。水差しから水が注がれて、目の前に置かれる。
「先に果物を持ってくるわね」
「はい」
カップを置いたふくよかな女性がそう笑い、コレイが笑顔を返す。ガンダルヴァ村の食堂だと言っていたが、なんだか人の家にお邪魔したような親密さがある。
「コレイ。何を食べたい」
隣に座ったセノが、向かいのコレイに声をかける。カーヴェはそれを見ながら置かれた水に口をつけた。
(そういえばアルハイゼンの家で過ごすようになってから、この時間に家にいないのは初めてだな)
ドリーの借金をアルハイゼンが肩代わりすることになり、カーヴェはそのままアルハイゼンの家に住むことになった。
それからまだ一ヶ月ほど。
学生の身分のアルハイゼンは時間の拘束はあまりないらしい。
(プロジェクトとかちゃんと参加してるのか?)
そう思いつつも、何か言えば二言目には借金のことを口にするのだ。あの家主は。
カーヴェはこの一ヶ月アルハイゼン以外の人物ともほぼ会えていなかったし、酒も飲めていなかった。今日は酒は出ないだろうけど。
隣に座るセノが、コレイの前でカーヴェの醜態を晒させるとは思えないしな、と苦笑いを浮かべる。
「カーヴェ、どうした」
「え?」
「カーヴェさんなんか楽しそうだったよ」
セノに問われただけでなく、コレイにもくすくすと笑われて驚く。
「僕、顔に出てた?」
「「かなり」」
頷く二人に居心地が悪くなる。
「はい、食前の果物ねぇ。注文のはこれから持ってくるからゆっくりしてって」
「わぁ、ググプラムまで!」
「そうよぉ。シティに行ったらホセインさんが安くしてくれてね。ジャムも作ったの。帰りにあげるわぁ」
「えっいいのか? ありがとう。師匠にもあげたいな……」
「それなら俺のを渡すといい」
「あ、ありがとうっ」
コレイとセノの会話を聞いて、カーヴェは染み渡る思いやりに感動していた。
「二人は思いやりがあっていいよな……」
「え? カーヴェさんは、最近何していたんだ? めっきり姿を見ないって、師匠も心配してたんだ」
「そう、最近の僕は頑固で理不尽なルームメイトに酷い目にあわされているんだ。信じられるか? 彼、朝も夜も2度風呂に浸かるんだ。しかも出たらすぐに湯を抜くんだぞ? 勿体無いだろう!? せめて僕が入れるようにしておいてくれればいいのに、何かにつけて借金だなんだ、といや違う、借金は言葉のあやで、ええと、貸しにしておくとか言うんだ」
「そ、そうなのか」
コレイはなんとか相槌をうっていて、セノは気にせずググプラムの皮を剥いて口に放り込んでいた。
「貸しにしておいてどうするんだと聞けば、僕の模型の残った木材で何かを作ってもらおう。と言われた! ふん、あいつに何か作るくらいなら、それでスメールシティを25分の1のスケールで作って、家の中の一室を潰した方がよほど僕の技術の向上に繋がる。そういえばズバイルシアターの背面は木と一体化しているけど、あれはどうやって作ったんだ……? 設計図は教令院に保管されているんだろうか」
「25分の1のスメールシティ……? すごそうだ……」
「コレイ、現実味のない話だ、信じない方がいい。ほらハッラの実も食べるといい」
「あっ、ありがとう。大マハマトラ」
「あ、このハッラの実、美味しいな。昨日アルハイゼンが買ってきたやつよりも熟していて食べ頃だ。やっぱりまだ剥くのが早かったんだな」
「えっアルハイゼンって……」
「コレイ。気にしたらいけない。ほら、持ってきてくれたサモサだ」
並べられていくスメールの家庭の味にコレイが戸惑いながらも嬉しそうに笑う。
カーヴェも渡されたサモサを咀嚼すると、まだまだ話し足りなくて口を開いた。
「そういえばサモサは肉餡と野菜餡があるだろう。先日僕が作ったサモサは野菜餡だったんだが、アルハイゼンのやつが……」
カーヴェは自覚がなかった。
何を食べても何を見ても全てルームメイトの話になってしまうことに。そのことに気づいて笑いそうになるコレイが、肩を震わせながら必死で頷いていることにも。
セノが俺が言うギャグよりも反応がいいなと思いながらコレイを見ていることにも。
「えぇ? 何これ?」
「ティナリ、おかえり」
「あっティナリー! おかえり!」
「師匠! おかえりなさいっ」
そんな中で救世主として現れたのはティナリだった。
「セノが来るとは聞いていたけど、カーヴェも来てたんだ」
コレイの隣に腰を下ろしたティナリがカーヴェを見る。
「最近姿を見てなかったけど、カーヴェ少し痩せた?」
「え、あぁ。いや、これでも体重はかなり戻ったほうだよ」
ティナリに指摘されて、アルハイゼンの家に連れてこられた頃よりはかなり体型も戻ったことを思い出す。
(そういえばアルハイゼンのやつ何かにつけて食べ物を与えてきたな)
酒が欲しいと騒いでも肉ばかり食べさせられたことを思い出して、あれは体重を戻そうとしていたのかと思い当たる。
「えぇ? もっと痩せてたの? 身体は基本資本なんだからもっと大事にしないとダメだよ」
「その通りだ。そういえば先ほどから果物ばかり食べているな。何を食べる」
「そうだよ。カーヴェさん。なんでも頼んで」
「食べる……。そうだな……」
元々食べることに重きを置いていないから、そう言われると逆に戸惑う。
「みんなが好きなもの食べればいいよ。僕はつまむからさ」
「そう言ってるから細いままなんだよ? 食べて筋肉つけなよ」
「アルハイゼンと同じまでつけろとは言わないが」
隣のセノの言葉にまた笑ってしまう。
「アルハイゼン、いつの間にあんなに筋肉がついたんだ? そうだ、彼の筋肉の強度を確かめたくて僕がやった数々の研究の実体験なんだが……」
またアルハイゼンの話を始めたカーヴェにセノは口元だけで笑って、ティナリはやれやれと肩をすくめた。
***
「まさかカーヴェを回収しに来いという意味だったとは言わないだろうな」
「アルハイゼン。やっときたね」
ガンダルヴァ村の一角にある家の入り口をくぐる。ティナリの自宅では、酔い潰れたカーヴェとセノがソファとベッドに横たわっていた。
「既に寝る準備を整えていたんだ」
ティナリからの緊急招集を無視しようとして、その鳥が咥えていた見覚えのある羽根に腰を浮かした。
己の服に使われている青緑と同じ色をした、模様の入った羽根。カーヴェのお気に入りのそれが届いたというだけで、ベッドで読書をしていた自分が家を出るとは思わなかった。
「来てくれてよかったよ。僕も泊まっていくのかと思ったんだけど、カーヴェが一人で歩いて帰れるって譲らなくって……」
「この羽根は?」
手に持っていた一枚の羽根は、光を反射して淡く光る。
「カーヴェが僕の鳥に咥えさせたんだよ。迎えに来いって言いながらね」
手のひらで転がされたような居心地の悪さに苦い顔をする。ティナリは丁度見ておらず、アルハイゼンは一度ため息をついてソファに近づいた。
「連れて帰らせてもらう。彼の思惑通りにな」
細い身体を持ち上げて、肩に担ぐ。うううと苦しそうな声を出すのを無視した。
「今日もアルハイゼンのことばかり話してたよ。案外上手くやってるんじゃないか」
「さぁな。では」
「はーい。またね」
後ろ背にティナリの声を聞いて家を出る。もう日付も超えている時間だろう。スメールの月が頭上から灯りを落として、もうすぐ満月だったのかと思い当たる。
深夜の村の中も、シティまでの道のりも人はいない。アルハイゼンはどうせ覚えていないだろうと持ち方を変えて、両手でカーヴェの背中と足を支え、自らの肩口に彼の頭を預けさせた。
「うう、ん。あるはいぜ、ん?」
「随分飲んだようだな」
顔のすぐ下から聞こえる声に返せば、ふふふと笑う金色。
「セノがお酒解禁してくれたんだ。コレイが帰ってからね、ティナリも、帰ってきて」
支離滅裂な言葉を話す酔っ払いを抱えて帰るのは、今日が初めてだ。
「ティナリ、泊まってもいい、って言ってたけど……ぼく」
「……」
「あるはいぜん」
「なんだ」
呼ばれる名前に、返事を返す。
「色んな、人に追いかけられてたけど、君のところが今は一番、あんしんする」
「…………」
「ふふ、ふ。起きたら、ヒルチャールがいたり、キノコンがいたり……借金取りがいたり、友人がいたり……ティナリがいたり、セノが、いたりしたこともあるけど」
満月は、彼の表情も唇の動きも、閉じられたまつ毛の影もはっきりと映し出す。
「起きて、最初に見るなら、君がいいよ」
「……カーヴェ」
「あんしんできる」
重くなった両手の体温に、彼が意識を完全に手放したのがわかる。俯いて近づいていた顔を無理やり引き離して、アルハイゼンは頭上を照らす月を睨んだ。
「…………これだから酔っ払いは」
仕返しに、彼が毎日踏みつけているあのカーペットが誰の作品なのかを教えてやろう。
大事に持っている書籍の中にある芸術家の名前を聞き、雑に扱って!とまた騒ぎ立てる彼を思い描いて、アルハイゼンはシティへ足を踏み入れた。
End