Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    _aonof

    @_aonof

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 57

    _aonof

    ☆quiet follow

    ヤの夏×バーテンダー男主。途中からR18予定。
    1話「スクリュードライバー」

    そのバーは、歓楽街から少し離れた上流のクラブやレストランが並ぶ通りにある。
    会員制ではないが広告は一切出していない。ネット掲載もお断りしている。紹介と噂だけで成り立つ、ハイクラスのバーだ。
    「Bar Inga」と名付けられたそのバーが俺の生きる世界。
    父親が早くに他界し、途方に暮れていた母親に声をかけたのが今のオーナーだ。見返りもなく支援をしてくれたそのオーナーは、土地持ちの大金持ちであり、道楽でバーを経営しながら、気まぐれに助けてくれたのだった。
    俺は躊躇いのないお金の上手な使い方をするオーナーに憧れたし、きっと声をかけたのだから俺の父親になるものだと思っていた。母親はひいき目なしに美人だったし、こんな状況でも朗らかでいようと頑張っていた。
    だがオーナーは、本当に気まぐれだったらしく、母親に対してそんなそぶりを露ほども見せなかった。だから、今もオーナーのことは尊敬している。
    そんな大人になりたくて、色々なことを経験したくて悪い遊びも覚えたが、結局、素行不良程度で問題のない学生に戻り、俺は成人するとすぐにIngaでバイトを始めた。
    大学を卒業して、二年ほど他のバーで修行をした後、Ingaに戻ってきてそのままオーナーの店で働いている。
    バーテンダーの大会も近く、毎日忙しくしていた俺は、その日、長身で長居黒髪の男と、出逢ったのだった。
    人の顔はよく覚える方だが、その男のことは一度みたら大抵の人間は忘れないだろう。
    180㎝はあるだろう長身に、しっかりと引き締まった体を思わせるライン、整った面立ちは少しまなざしがきつく、左だけ垂らされた前髪が印象に残る。
    不思議な雰囲気をしており、ただならぬ気配をまとった男がドアを開けて中に入ってきたとき、俺は少し見惚れた。
    「いらっしゃいませ」
    小さくかけられたジャズとオレンジに近いライトが照らす薄暗い室内。テーブル席とカウンター席が用意してあるが、今の時間なら希望を聞くことが出来そうだ。
    「初めてのお客様ですか?」
    「ええ。……カウンターの端の席に座ってもいいですか?」
    「かしこまりました」
    席に案内して、メニューを手渡す。
    年齢は30歳まではいってないだろう。20代半ばかそれよりちょっと上。落ち着いた物腰に、色気すら感じる。
    「本日のカクテルは夏空をイメージした創作カクテルになっています」
    「へえ」
    写真には、青いリキュールと白い透明度の低いカクテルで層を作り、空に見立てていると説明書きがある。
    面白がるように笑みを浮かべた男は、じゃあそれを、と値段も見ず決める。腕時計のブランドをみるに、金持ちなのは間違いなかった。メニューに書かれた使われるアルコールの説明も水にメニューを返してきたので受け取った。
    「かしこまりました」
    丁寧に頭を下げ、それからカウンターの中へと入る。
    カクテルグラスに氷を入れ、バースプーンでかき混ぜて冷やすと、シェイカーを用意する。
    シェイクするリキュールを見せてからシェイカーに氷を入れ、ミルクを使って白を演出し、まず雲の部分をつくる。
    「綺麗な動きだね」
    「ありがとうございます」
    声をかけてくるところを見ると、話すのが好きな客なのかもしれない。
    「結構バーはあちこち通うんだけど、君みたいな目を惹く動きをするバーテンダーは少ないよ」
    「このバーのマスターは厳しくて、随分と練習したので、そう言っていただけて嬉しいですね」
    グラスの氷を捨て、丁寧に注ぐと、すぐさま青いリキュールを注いで見せる。青いリキュールの方が重いので、下に一気に青が堪っていく。
    ほう。と興味深そうに見つめる男の反応が良い客であるのに微笑む。俺は澄んだ青の上にかぶせられる白の絶妙な色合いを作り上げると、男の前にカクテルを置く。
    「お見事」
    「ありがとうございます」
    微笑んで、シェイカーの片づけを始める。口をつけた男が、うん、美味しいと偽りのない声を出したのに安堵した。
    「バーテンダーの大会が近いので、お客様にそう褒めて頂けると、自信になりますね」
    「大会。へえ。そんな大会があるんだね」
    気に入ってくれたらしく、すぐにもう一口飲んだ男が、何か言おうとしたところでドアが開く小さなベルの音がした。すぐにカウンターから出て、迎えようとした俺は、足を止める。
    「お~けっこーイイ雰囲気じゃん?」
    「客もすくねーし穴場はっけーん」
    大きな茶化すような声で店内の雰囲気を台無しにした男たちに、俺は表情は変えないながらも、笑みを浮かべずにその三人組に近寄る。場違いなストリートファッションに身を包んだ彼らは、すぐに俺に視線を向けた。
    揶揄の色と、弱者を見る色が浮かんでいる。不愉快だ。
    「いらっしゃいませ」
    「お、バーテンのにーちゃん。俺らあっちのソファ座るわ。メニュー持ってきて」
    「早くしろよ」
    声のボリュームを控えるつもりがない男たちに、追い出すことをすぐに考える。勝手にソファ席に座ってしまった男たちについていくと、俺はひとまず『お願い』をすることにした。
    「お客様。あまり大声をあげられると、ほかのお客様のご迷惑に、」
    「ご迷惑だあ?ちゃんと金払ってやるんだから、ご迷惑もクソもねえだろ」
    「むしろそいつらが俺らのご迷惑なんですケド?ちらちらこっち見やがって!」
    がんっ!とローテーブルを蹴った男に、俺は目を細める。
    「あれ~流石のバーテンくんも怒った~?」
    「早くメニューもってこいっつってんだろ!」
    大声と威嚇するのはわざとだろう。狼狽える相手を揶揄って嗤う悪質なチンピラだ。
    俺はメニューを取りにカウンターの中に入る。
    「君、」
    「お騒がせして申し訳ございません。今夜はお代は払わず帰っていただいて大丈夫ですので」
    男が心配するように声をかけてきたのに、俺は謝罪した。
    「警察を呼ぼうか?」
    「いえ、私の仕事です。お客様は危ないので、お帰りになってください」
    せっかく褒めてくれたのに、と空気を読まないチンピラを疎ましく思いながらそう返した。カウンターに居る客たちにも帰るように告げると、彼らは怯えた顔でそっと店から出て行った。
    メニューを男たちに渡し、少し静かになったところで他のソファの客も帰るように言う。
    ぞろぞろと店を出て行った客にさすがに気づいたらしく、おい、とチンピラの一人が声をかけてきた。
    他のテーブルを片付けるふりでカクテルグラスを一つ手にする。
    「テメエなに他の客追い払ってんの?」
    「俺たちになんか文句あるワケ?」
    「俺ら、ヤクザと繋がりがあんの。バーテンくん、俺ら怒らせたらどうなるか分かってる?」
    立ち上がった男に、俺は淡々と睨みつけられた視線を受け止めると、テーブルでグラスを割った。
    パリン、と澄んだ音が響いて、男たちがぎょっとしたのをその首筋に鋭い刃となったグラスの破片を突きつける。
    「丁度いい。反社会勢力が背後にいるなら、俺の正当防衛も聞いてもらえるな」
    「ッ」
    遠慮なく突き出したせいで、グラスの欠けた先端が男の喉の皮膚を軽く突き刺す。ふつりと血の玉が浮いた。
    喉を動かせず、ほかの男たちも下手に俺に触ったら首を切られるかもしれないと危惧したところに、俺は言う。
    「帰れ。二度はない」
    男の視線が恐怖の色を浮かべているのを確認し、グラスを引くと、ばっと男は飛びのいて首を抑える。
    「お、ぼえてろよ……!」
    「おい、帰んのかよ!」
    「いややべーってあいつの目ガチだった!」
    言い合いながら店から出て行ったチンピラたちにため息をつくと、破片を片付けなきゃな、と飛び散った破片を見回した。
    と、くつくつと笑う声が聞こえて、ばっと顔を上げる。
    すると、カウンターの端で男がまだ座っているのを見つける。
    「な……」
    「さっきのグラスを突きつける動き、綺麗だったよ。君はもともとが華やかなんだね」
    「あ、の……」
    この店のバーテンダーがチンピラを追い払うほど素行が悪いと噂されたら事だ。冷や汗をかく俺に、男は頬杖をついて楽し気に俺を見ている。
    「私も多少の心得があるから、加勢しようと思って様子を見ていたんだけど、必要なかったね」
    「恐縮です…………」
    何と返事を刷れば良いのかわからずにそう口にすると、男は笑みを浮かべる。
    「今夜は店じまい?」
    「はい。そのつもりです。オーナーにも連絡しないと」
    「もう一杯お願いしたら駄目かい?」
    「え?」
    空になったグラスを揺らすように見せられて、俺は考える。
    「口止め料ということですか」
    「そう。君のやんちゃは黙ってるよ。誰にも言わない。約束する」
    「分かりました。何を作りますか?」
    「それじゃあ」
    スクリュードライバーを。
    男の唇がそう告げたのに俺はかしこまりましたと頭を下げる。
    空のカクテルグラスを預かり、俺は男の要望通りにシェイカーを振る。
    「あの男たちがまた来ると不安にならないのかい?」
    「なりますが……。また来ても、私が追い払うつもりです」
    男は笑む。俺はその男の前に出来たカクテルグラスを置いた。
    「そんなことにはならないよ」
    囁くような低い声に、俺は男と目を合わせる。微笑んだ唇にあらぬ心が沸きそうになった。紫色の瞳が俺を見つめているのに目を合わせると、からめとられるかのような錯覚まで起こす。
    「まるで彼らを何とかする力を持っているような口ぶりですね」
    「まあね」
    そう返事をされて目を瞬いた。
    「警察の方には見せませんが……」
    そう言うと苦笑される。
    「確かに警察ではないよ。でも、店のことは心配しなくていい」
    男はグラスに口をつける。だまってじっと男を見ている俺に、男は言った。
    「私の職業を聞いてこないんだね」
    「不用意なプライベートの質問はしないようにと言われていますので」
    「残念」
    あっさりと引いた男に拍子抜けしながら、俺は男がカクテルを飲み終わるのをじっと待つ。余計な質問はしない。会話も。
    この男が只者じゃないことはもう察しがついていた。
    「それじゃあ、帰るよ。ご馳走様」
    立ち上がった男の身長に、知っていたのに改めて驚く。
    「また来るよ」
    そう言って店を出て行った男を見送り、俺はしばらくそこにそう立ち尽くしていた。
    スクリュードライバーか。
    「まさかな」
    呟いて俺はグラスの破片を片付けに行く。オーナーなら良くやったと笑うはずだが、あの男のことは黙っていようと思った。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😍😍😍😍🙏💕😍👏😭😭👏🙏💖💖💴💴🙏🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works