チェリーパイ ヒビキは甘い物が大好きだ。
クッキー、キャンディー、ソフトクリームに、おまんじゅう……様々な甘いお菓子の中でも、ヒビキが一番好きなのはケーキだ。
ケーキにも様々な種類がある。スポンジケーキ、タルトケーキ、パイケーキ、ムースケーキ……どれも美味しくて、一目見ただけでもヒビキの頬っぺたは嬉しさに緩んでしまう。
しかし、以前よりは抵抗感はなくなったものの、まだヒビキはケーキが好きだということを公言するのが恥ずかしい。
綺麗で甘くて可愛くて美味しいケーキは、やっぱり女の人がとても好きなもので、そんな女の人がいっぱい居る店の中に飛び込むのは、まだまだヒビキには勇気のいる行動だった。
それでも、やっぱり、ヒビキが一番好きなお菓子はケーキなのだ。
そうして過ごしていた、ある日のこと。
ヒビキは、コガネシティでワタルが借りているマンションの部屋にいた。そこで、最近生まれたちびっこポケモンたちに絵本を読み聞かせている。
「ある森の中のお花畑に、ひとりのフラベベがいました。
フラベベは、桜の木に住むチェリンボと仲良し。
春になると一緒にお花見をしながら、夢について語ります。
『風に乗って、旅をしたい。いろんな土地の水を飲んでみたい。』
フラベベは、いつかチェリンボと一緒に風に乗るのが夢でした。
フラベベは、いつの日かフラエッテになって、チェリンボと旅がしたいと思っていました。」
絵本のタイトルは『風と旅するフラエッテ』と書かれていて、興味無さそうに眠っていたり遊んでいたりするちびっこもいれば、興味深そうに聞き入っているちびっこもいる。ヒビキは穏やかに、絵本を読み聞かせていく。
「……フラエッテは、閉じこもってしまったチェリンボのために、水を運ぶようになりました。色んな土地の水を運んで、チェリンボの元へと運びました。」
「ただいま……っと、読み聞かせ中なんだね。」
「ワタルさん! おかえりなさい!」
「ヒノ!」
「ヒノ!」
ワタルの帰宅に、ヒノアラシとカステラが元気よく反応して、出迎えに行く。ワタルは、大きな箱を持っていた。
「ワタルさん、そんなに大きな箱、どうしたんですか?」
「その……早く戻れるから、皆でお菓子でも、と思ってね。ドーナツに、ケーキもある。」
ワタルは小さく笑って箱をテーブルに置いた。
「ヒノ!」
「ヒノ!」
ヒノアラシたちは大いに喜び、最近生まれた他のちびっこポケモンたちは、首を傾げている。
「わあ、そんなにあるんですか! ケーキは、どんなケーキなんですか?」
「チェリーパイ、だね。」
そんなこんなで、あっという間に始まったおやつタイムは、ちびっこポケモンたちの好みや性格の見極めにつながる。
辛いものが好きな子たちには、マトマ味の揚げドーナツが。
甘いものが好きな子たちには、砂糖がけの甘いドーナツが。
苦いものが好きな子たちには、ビターチョコがけのドーナツが。
酸っぱいものが好きな子たちには、ナナシの実のゼリーが。
渋いものが好きな子たちには、チーゴのジャムクッキーが。
それぞれ、思い思いに気に入る味のおやつを選び、一口食べては嬉しそうに声をあげている。
「皆、おやつを気に入っている様で良かった。」
ワタルは穏やかに笑い、ヒビキのいる方を振り向いた。
「さて、ヒビキくん、俺たちも、おやつにしようか。頑張ってくれたヒノアラシと、カステラくんも。」
「ヒノ!」
「ヒノ!」
ヒビキとワタルを手伝っていたヒノアラシたちは、嬉しそうに顔を見合わせる。ヒビキはワクワクした気分になって、元気よく返事をした。
「はい! おやつにしましょう!」
テーブルの上で丁寧に切り分けられたチェリーパイは、パイ生地に挟まれた中身に、ジャムのようなサクランボがみっちりと詰まっている。
「チェリーパイは、どんな味なんでしょうか?」
「食べてみてのお楽しみ、かな。」
ヒビキとワタルは、顔を見合わせて小さく笑う。
「ふふっ、じゃあ、さっそく食べましょうか。いただきます!」
「いただきます。」
「ヒノヒノ!」
「ヒノヒノ!」
そうして食べたチェリーパイは、甘さを期待していたヒビキの舌を驚かせた。
「わあっ、結構酸っぱいですね? でも美味しい!」
「そうだね。酸っぱくて、甘さは控えめだ。」
「ヒノッ!」
「ヒノヒーノ?」
酸っぱさに驚いたヒビキのヒノアラシは、きゅっと眉間にしわを寄せて固まっている。カステラはそこまで驚いていない様子だ。
「あれっ、ヒノアラシ、お前、酸っぱいのは平気じゃないの?」
「とても甘いのを期待していたのかもしれないね。でも、苦手じゃないのは良く解るよ。」
「ヒノ!」
「ヒノ!」
元気よく返事をしたヒノアラシたちは、チェリーパイを食べ進めていく。今度は平気なようで、どちらも美味しそうに舌鼓を打っていた。
ヒビキはワタルを見つめると、にっこりと笑いかけた。
「ワタルさん、今日も、ありがとうございました!」
「いいんだよ。ところで、育て屋夫妻方は明日戻るんだったかな?」
「そうなんですよ! コトネちゃんはお土産を楽しみにしているみたいです。フエンタウンの温泉に行っているらしくて。」
「そうか……一先ずは、ヒビキくんも休憩するといいよ。」
「ワタルさんのおかげで、とても休めていますよ!」
ヒビキの言葉にワタルは一瞬手を止めて瞬きをしたが、すぐに穏やかに笑った。
「それなら良かった。ヒビキくんはとても面倒見がいいけれど、自分のことを少し後回しにしがちだからな。」
「そんなことないですよ?」
首を傾げたヒビキに、ワタルは小さく笑う。
「それならいいんだ。」
「そうですか?」
「そうだよ。」
穏やかに過ごすおやつの時間の中で、ヒビキはワタルと過ごす時間に、何故だか特別なものを感じていた。