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    ぽい

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    出所後の足主

    息吹 夕食に選んだ店から最後に出た一組は、僕たちだった。
     カウンターから掛けられるありがとうございましたの声に小さく会釈をして、シックなデザインの引き戸を開けて外に出る。店から少し離れた場所で振り返ると、ちょうど軒先の照明が落ちるところだった。
     日中は地元の人が行き交う商店街。先ほど出てきた和食屋はその一角にあり、ガイドブックにも載るほど人気の店だが、この土地そのものが観光人気の高い場所ではない。やや混み合っていた店内の客割合は、常連六割、外国人観光客が二割、僕たちのような国内旅行者が二割といったところだ。お酒も楽しめるが、夜の日替わり定食を食べてさっさと帰る一人客も少なくはなかった。
     入店時間が遅かったので、比例して退店も閉店ギリギリになってしまったが、常連たちも皆粘って同じタイミングで会計をしていたので、気まずさがなかったのは幸いだった。
     この辺りで最も遅くまで営業しているのがあの店らしく、商店街はシャッターが並んでいる。等間隔に設置された頼りない街灯がそれぞれの店の看板をぼんやり照らしており、春先の風がシャッターを揺らしてカタカタと音を立てた。
    「おいしかったですね」
     隣を歩く彼が言う。
    「ね」
     顔を向ければ、歩くたび微かに揺れる灰色の髪が視界に入った。冬を連想させる色なのに、春の風景にも自然と溶け込んで見えるのが不思議だった。
     視線を正面に戻す。商店街はまだ続いている。なんとも言えない寂れ具合と雰囲気は、僕たちが出会ったあの町を嫌でも思い出させた。違うのは、僕たちを知る人間が誰もいないということ。
    「……あの」
     再び声を掛けられる。今度は少し遠慮がちに。うん? と返事をすると、彼はややはにかんだ表情で言った。
    「手を、繋いでもいいですか」
     なにも言わずに握ったって構いはしないのに、律儀に許可を求めてきたのが健気でかわいがりたくなった。
    「いいよ」
     こちらから手を取って繋いでやると、小さく「やった」とこぼして嬉しそうな顔をする。彼の手は春の気温に負けず劣らずあたたかくて子どもみたいだった。まあ、出会ったときは本当に子どもだったんだけど。未成年に手を出すような大人なのだ、自分は。
     予定を立てたときは、駅前のホテルまで帰るのにタクシーを呼んでもいいと考えていたが、食後の運動がてら夜の散歩を楽しむのも悪くない。彼も同じ考えでいるであろうことは聞かなくても分かる。
     歩きながら、昨日今日で行った場所を二人で反芻してはぽつぽつ語り合った。どこもよかったし、ゆとりを持ったスケジュールのおかげでのんびりできた。明日はホテルをチェックアウトして帰るだけなので、実質今日が最終日のようなものだ。
    「明後日からまた頑張れそうです」
     満ち足りた様子で彼が言う。
    「君はいつも頑張ってるよ」
     もっと軽い調子で返すつもりが、気付いたときにはそんなセリフが口から出ていた。年齢だけを重ねたどうしようもない大人の自分なのに、まっとうな大人の響きをもった声音で。
     きまりの悪さを感じて、どうしようかなと視線を反対側へ逸らしていると、彼が繋いでいる手をぎゅっと握り直した。
    「……去年の秋までは頑張れてなかったかも」
     そんなわけない。惚気たリップサービスだ。この子は見ているこちらがうんざりするほど何事にも一生懸命で、くだらないことにも全力を尽くして、ほんと、ばかみたいで。
     そうじゃないと、僕みたいなのを何年も指折り数えて待っているわけがない。
    「もう知ってるよ。君は結構調子のいいことを言うやつだってね」
    「恋人とはイチャイチャしたい派なので」
     開き直った態度でわざとらしく腕を絡めてくるので、ちょっと歩きにくいよとぐいぐい推しやる。じゃれあい攻防の末に、手を繋いだ元の状態に戻った。
     風が頬を撫でる。カタカタと揺れるシャッター。タイルで模様が描かれた商店街を通る足音。
     昔は沈黙が苦手だった。目の前の相手が誰であろうと、しんという音が鳴った途端に胃の辺りをきゅっと絞られるような心地になり、静寂を埋めようと空回った記憶の苦い味を未だに覚えている。
     でも、この子は。
    「…………」
     目が合えば、ただそれだけで言葉なく幸せそうに笑みを浮かべる。まるで沈黙さえも、二人のものであれば特別なのだと言わんばかりに。
     僕には勿体無い恋人の手を親指の腹で撫でて、この時間を名残惜しむように、僕は少しだけ歩くスピードを遅くした。
     隣にいるだけで、明後日からどころか生きることすら頑張れてしまいそうな気になってしまうのが、愛おしくて、少しつらかった。



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