【夏五】隣室 安いボロアパートほど、ではないが――そんなところに住んだ経験はないけども――寮の壁はそれなりの厚さしかなくて、ゆえに隣室の音がたびたび聞こえてくる。
ゲームで盛り上がっている歓声とか、何かを割ってしまった音とその後の悲鳴、今流行の音楽。
左側の部屋からは、テレビの音がよく聞こえる。テレビと言ってもリアルタイムの番組じゃなくて、たぶん録画してあったバラエティとか借りてきたのだろう映画を見てる。
呪術師なんてものをしているから、番組をリアルタイムで見ることは少ない。俺も同じように録画はしているが、結局見られずに容量が足りなくなって消してしまうなんてこともたびたびある。それに比べれば、隣室の消化率は高いと思う。
今日もまた、かすかに音が聞こえる。どうやら映画のようだ。俺が戻るちょっと前に、2人で隣室に入っていくところを見かけたから、たぶん今日も一緒に見ているんだろう。あの2人はよく一緒にいるので、珍しいことではない。仲がいいことはいいことだ。
卒業した先輩たちと入れ替わるように、1年生が隣と、そのまた隣に入室した。入学前から、ヤツらは特別だった。何が特別かってそりゃもうあげたらキリがないので割愛する。そんなわけで一応先輩という立場なのに結構緊張していたのだ。
そして半年以上経った今。2人とは未だにまともに話したことはない。特に、隣の隣に入った一等特別な坊ちゃんとは。
それでもそれなりに上手くやってると思えるのは、間にいるもう1人の後輩の人当たりがいいからだ。さらりと毒を吐くことはよくあるけれど。
俺も映画は好きだから、わずかな音やセリフでなんとなくわかる。少し前に公開された、派手なアクションが目玉の洋画。まだ新作だったはずだが、待ちきれずに借りてきたのかもしれない。こういうアクション系の音がよく聞こえてくるから、好きなんだろうなと思う。
映画館では見たけども、もう一度見たくなってくる。さすがに、わずかに漏れ聞こえてくる音だけでは物足りない。次の休みに借りてこようか。人気の作品だから、残っていればいいけども。
「あの映画、どうだった?」
翌朝、食堂でちょうど前にいた夏油に声をかける。きょとりとした顔が俺を見下ろした。こいつ、さらにでかくなったような。面白かったとか、そういう感想を期待していたのだが、なんのこと?表情がそう尋ねてくる。あれ?
「昨日五条が部屋に来てただろ。一緒に見てたんじゃないの?」
「っ!」
あれ、なんか聞いちゃいけないことでも聞いただろうか。目に見えて夏油が動揺した。珍しい。
しかしそれも一瞬で、すぐにいつもの笑顔が浮かぶ。
「悟、疲れていたのか早々に寝てしまったんですよ。私もつられて、テレビ付けっぱなしで寝落ちました」
「そんな疲れてたんなら大人しく部屋で寝てればよかったのに」
「でも久しぶりの休日前だったんで、どうしても」
ね、悟。
ガチャリ、お盆の上で食器が揺れる。声をかけられた後輩は、俯いたまま答えることなくさっさと先に進んでしまった。
なぜだろうか、少し耳が赤いような。
そういえば、以前も見ていた映画やバラエティの感想を聞いたのに応えてくれなかった。結局は俺と同じようにあまり消化できていないのだろうか。
それにしても、疲れても眠くても一緒にいたいなんて、あの五条のお坊ちゃんも案外幼くて可愛いところがあるものだと微笑ましく思った。
「…今度はちゃんと見ようね」
「誰のせいだよ」
「私だけのせいかな」
「…ムカつく」