変わらぬ日々に終焉を「晶よ、今日は庭先でティーパーティをするのはどうじゃ?」
「良い茶葉が手に入ったのでな。茶菓子もいくつか見繕っておる。あとはそなたの返事だけじゃ。」
晶の返事を待つようでいて、その実拒否権など存在しないことに、晶は苦笑した。可愛らしくおねだりしている姿の、なんと微笑ましいことか。数千年を生きる怖い北の魔法使いと言えど、こればかりはつい頬が緩んでしまう。
北の国の双子の屋敷にて、晶はスノウとホワイトと共に過ごしていた。棍を詰めすぎるのも良くないから、という名の療養だ。人間が生きるには厳しい大地だけれども、晶が過ごす屋敷の周りは結界が張られているのか、不思議と寒さとは無縁の生活を送っていた。門の向こうでは激しく吹雪いているのに、結界の中では暖かな陽射しが降り注いでいるといった奇妙さはあれど、魔法の存在するこの世界では驚くに値しない。
いつの間にかするりと両腕を絡まれ、身動きが取れなくなる。
「もちろん良いですよ。身支度を整えてからでも良いですか?」
「おお!そなたなら快諾すると信じておったぞ。」
「このままでも良いぞ?ここには我らしかおらぬ。誰に見られるわけではないからのう。」
「いえ、そこはちゃんとしたいと言うか…。」
いまだにパジャマ姿の晶に対して、スノウとホワイトはいつもの服に着替えている。二人はそう言っても、幾分か気恥ずかしさは残っていた。
「ほほ、そなたの寝顔は可愛かったのう。我ら、ずーっと見ておったもんね。」
「寝言も聞いていて面白かったぞ。ねー!」
「え…本当ですか…?」
寝ている時の姿や、まして寝言など初耳だ。果たしてどんな事を言っていたのだろうとそこまで考えて、ふっと疑問を抱く。
(あれ…一緒に寝ていたっけ…?スノウとホワイトは、夜って確か…)
何かを、忘れている気がする。昨日は何をしていたのだろうか。いや、それよりも前に、なすべき事があったような気がする。
晶の沈黙を、どう捉えたのか。スノウとホワイトは、むうっと頬を膨らませて晶に詰め寄る。
「晶ちゃん、我らとのお茶会は嫌?」
「しくしく、寂しいのう。」
「そ、そんな事ないですよ。すぐに着替えちゃいますね。」
晶が慌てて否定した途端、双子はそろってにっこり笑う。ついでに『ノスコムニア』と聞こえた時には、晶はパジャマからあっという間に、柔らかいフリルのついたシャツとグレーのスラックスに着替えられていた。首元には黒と白のストライプリボンがアクセントのように付けられ、身支度が整う。
「これでもう良いじゃろう。やはりよく似合うのう。我らの目に狂いはない!」
「この間街で見つけたリボンでな、お主にぴったりじゃ。」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、嬉しいです。」
双子からのプレゼントに、晶ははにかんだように笑って礼を言う。
準備万端とばかりに、晶の手を引っ張るようにして、三人はようやくベッドから抜け出した。
♢
「わぁ、すごく美味しいです。このマカロンも色々な味があって、楽しいですね。」
「そうじゃろう、たんと召し上がれ。」
「我ら最近、紅茶の淹れ方を絶賛勉強中でな。良ければ感想を聞かせておくれ。」
「…スノウは早々に飽きておったではないか。これは我が淹れたものじゃ。スノウは自分で入れるが良い。」
「ホワイトちゃん⁉︎」
つんとすましたかのように、ホワイトはそう言って自分と晶の分だけ紅茶を注いだ。慌てて強請るスノウに、どこかおかしくなって晶も思わず笑う。
二人はお揃いを好むけれど、やはり双子と言えど、全てが同じなのではない。同じところや違うところ、それを一つずつ見つけていくのもまた楽しいのだ。
(あとで書き留めよう。)
そう考えて、また何かが心に引っ掛かる。
(…何に?)
魔法使いの皆を知って欲しくて、書き留めていた。誰かに伝えるために、自分がここにいた事を残しておきたくて。一日の終わりに、それを見返していたはずだった。
だが何故か、それが思い出せない。
「…あれ…スノウ、ホワイト…。」
言い合っていた双子は、晶の声に振り向くと、すぐさま近寄る。
「どうしたのじゃ、晶。」
「やはりまだ身体が本調子ではないかのう。」
「そうじゃなくて…俺って、どうしてここにいるんでしたっけ…?」
一度抱いた疑問から、また一つ猜疑心が生まれていく。
「えっと…明日には、帰らなきゃ…」
目的も行き先も分からないのに、ただ漠然と焦燥感が湧き出た。霞がかった記憶を解いていく事に対して、何故か心が警鐘を訴える。思い出さなければならないのに、思い出してはいけない。
「厄災が…そうだ、みんなで追い返そうとして…。」
『ノスコムニア』
晶は大人になったスノウとホワイトに、抱き留められていた。気を失って眠る姿を、二人はしばらく無言で見遣る。
「やはりそろそろ限界が来ておるようじゃな。」
スノウは晶を横抱きにすると、ぽつりと呟いた。傍らのホワイトは、晶の頬にそっと手を寄せ撫でていく。
「我らの愛しい子。何度でも繰り返そう。そなたのために、永遠に変わらぬ日々を。」
厄災戦は、結果的には勝利した。
半数以上を失ったけれど。
そして、真木晶は帰れなかった。
原因は分からない。けれど友達のようにして心を通わせた魔法使い達の死を、彼は受け入れられなかった。自責の念に駆られ、少しずつ彼は壊れていった。
「さて、フィガロや。」
「…はいはい、すぐに行きますよ。」
屋敷の中から、白衣を翻してフィガロが出てくる。慣れた様子で晶の手に頭を翳すと、躊躇いもせずに呟く。
『ポッシデオ』
少しだけ晶は身じろぐが、すうすうと変わらぬ様子で穏やかな寝息を立てる。
一日の終わりに、彼はこうして晶の記憶をリセットする。そうしてまた同じ日々を繰り返す。
オズの嘆きで、世界が壊れていくまで。