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    mugyu1219

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    魔法学校パロの進捗2
    (今後も展開によっては細かいところが変わるかもですが、さらっと楽しんでもらえたら嬉しい)
    進捗なので9/30までで一旦非公開にします〜

    MAGIC is LIGHT 2 Chapter 2  
     
     低径六十五ミリメートル、高さ七十ミリメートル、ソーダ石灰ガラス。容積はざっと計算すると二百三十二、一六三七五ミリリットル。もしくは七十三、九三七五π立方センチメートル。重さは約三百グラムほどだろうか。そのツルツルとした触り心地も、この手のうちに再現できるほど毎日使用している。何の変哲もない、目の前のガラスコップについて凪誠士郎は考えていた。
     ──遠いな〜……
     確かに目の前に、あるにはあるのだが凪がいるベットからは約六メートルほど離れたテーブルの上に置かれている。色んな観点で思考を凝らすもその事実は変わりようがない。遠くでカランと氷が揺れ、コップは汗をかいている。ものぐさな息子のために母が淹れてくれた冷たくて美味しそうなアイスレモンティーを今すぐ飲み干せるほど喉が渇いていた。しかし、凪誠士郎はめんどくさかったので動きたくなかった。
     手がうにょ〜んと伸びたりしないだろうか。今すぐゴム○ムの実の能力者になれぬだろうかと手を伸ばすも届くはずがなく、ベットに手足を投げ出した。飲みたい気持ちと動きたくない気持ち。その両者を天秤にかけた時に、後者が勝った。それを十分毎に繰り返して、そろそろ天秤は釣り合いの取れるくらいになって、凪は恨めしそうにコップを見つめ続けた。
     ──もうさ、お前コップが来いよって感じ……
     何ガラスコップに向かって文句を言っているんだという自覚もあるが、ここは凪の自室で凪しかいない。特に頭のなかの空虚に向かった独り言。ハァとため息を吐き、うつ伏せ状態になる。やっぱり歩く気は起きない。ジッとガラスコップを見た。それこそ、穴が開くほど見続けた。すると突然、ゆらり──とコップの中のレモンティーが波打った気がして目を見開いた。
     何故、ゆらゆらしているのか。地震か、と言えばそんなことはない。まさか、と理解した瞬間、凪の集中力は一気に高まった。コップの中の液体が揺れているのは、机から離れたコップが宙を浮いているからだった。不安定な動きをしたコップは確かに机を離れている。しかも、凪の方へゆっくりゆっくり迫ってきており、凪は冷や汗が出た。もうそれからは、凪はひたすらに念じるしかなかった。あまりの咄嗟の出来事に声も出せなかった。
     ──落ちるな落ちるな落ちるな……!
     その状態で落ちたなら、床がレモンティーを飲むことになる。ベルトコンベヤーのような機械的な動きであればそこまで緊張感もなかったろうに、コップはふよふよと空気抵抗を受けながら凪の手元まで浮遊した。なぜそんな事象が突然起こったのか、勿論わからない。だからこそ凪は迂闊に微動だに出来なかった。身体は何故か地蔵になったように固まったまま、ベットの上で精一杯手を伸ばして目の前の落下という事象を何とか避けようとした。流石に六メートルまで腕は伸びなかったが。
     コップに触れた瞬間、凪は安堵した。コップは掌の中に収まれば本当にただのコップだった。さっきまでの浮遊はなんだったのかと思うほど、手に入ってしまえばなんの変哲もないコップなのである。結果として、ガラスコップは一滴もこぼれることなく、また凪を一歩も動かすことなく凪の掌に移動したのである。
     ──は? 今の何……?
     夢だろうかと、思ったものの、つねった頬は痛い。凪はコップ浮遊時は焦っていたものの、過ぎてしまえば「漫画みたいなことが起きたりするもんなんだなぁ」とまたベットに寝転がった。コップの中身は危なかったので飲み干した。しばらくコップを眺めたものの、コップは動くことはなかった。これが魔法の類であることに気づくのは先のことである。
     しかし凪誠士郎この男、マグルの中でも郡を抜いて面倒くさがりだった。その辺のマグル人間とは一線を画していた。
     
    「誠士郎? 小学校に遅れるわ」
     ドアの向こうで母は凪に向かって言った。
    「ん〜」
     適当な返事だが、凪の母親は凪の部屋から離れていった。なぜかというと「俺が部屋にいるときは中に入らないで欲しい」と息子に言われていたからである。
     自室にいる凪は、定位置のようにベットに寝転がってゲーム機を弄っていた。ディスプレイはクリアの文字が表示された。よっしゃ、と心のなかでガッツポーズをし、ゲーム機を充電器に差した。
     机に目配せすれば昨日やった宿題はやりっぱなしだった。凪がこまねくように手を動かせばシャーペンと消しゴムが勝手に宙に浮いて筆箱に収まり、チャックがしまった状態で通学カバンリュックに入った。箪笥から今日着る服を適当に浮遊させ引き寄せ、「めんどくさいなぁ」と言いながら着る。学校の準備ができたカバンは弧を描くようにして凪の腕の中にすぽんと収まった。よいしょ、と背負うだけで準備完了。
    「……んじゃ、チョキ。いってきます、ピース」
     自室のサボテンに挨拶をしてドアノブを捻って階段を歩く。凪の両親は仕事で家を空けるときが多いので、最低限の人間らしい会話をする相手として凪が購入したものだ。おはよう、行ってきます、ただいま、おやすみくらいしか会話らしい会話もないのだが。
    「歩くのめんどくさ〜」
     しかし、この少年は天才だった。誰もいない自室であれば魔法の類を使い放題、使いに使いまくっていた。最初こそ、自分の力に驚いたが、使えば使うほどその力が便利であることに気づいてしまった。天才が故、その習得は息を吸って吐くレベルで容易にできた。つまりは感覚で習得出来てしまった。自分はベットに寝たまま、軽く指を振るだけで細かな操作ができた。物を浮かすことはもちろん、物の移動、収納、食事を口に運ぶに至るまで。面倒くさがり屋なので服の着脱も魔法に頼りきりだった。自分は立っているだけで服が身につけられるくらいまで使いこなした。それらは自身の性格があまりにめんどくさがりだったことに起因する。
     しかし、自室を一歩出てしまえばその魔法の類を凪は一切使おうとしなかった。この男、生まれつき大変賢く、教科書も一度読めば全てを理解し、授業中寝ていても成績は学年で二から五位の間をうろうろしていた。一番はそれだけで面倒くさいことも心得ており、わざと一問ほど間違えたりして目立たぬ努力もしていた。
     全部めんどくさい──この力を使わず生活している人類はめんどくさいくないのだろうか……凪には不思議で仕方なかった。ただ、悪目立ちすると余計に面倒だということも分かっていたの言葉少なに生活していたし、親にもその姿を見せなかった。最も凪の両親は放任主義で息子を暖かく放置してくれていたため、隠すことは容易でであった。
     外を歩くたびに凪は思った。いちいち自分が労力を使って動くなんて、本当にどうかしている。なぜ、みんなこの力を使えないのだろう──可哀想に。
     ──ま、他人なんてどーだっていーけど。
     さて、凪が小学校卒業を控えた春、修学旅行に行った。特に仲の良い生徒などいなかった彼は修学旅行は最強に退屈で仕方がなかった。魔法も使えないから自力で全部を行わなければならず、ひたすらに全てが面倒で疲れるだけだった。動作でまず面倒くさいので口を開くのもめんどくさかった。だから彼は同級生と話すこともなかった。
     修学旅行の最終日は、動植物園に訪れた。彼の班は彼を置いて進んでしまい、凪は一人だった。まぁ、集合時間も集合場所もしおりに書いてあるのだから問題ない。歩くのが一番面倒だと彼は思っていた。物はいくらだって自分に引き寄せられたが、自分を移動する術はわからなかった。一人が一番気楽で彼はベンチがある展示スペースでのんびりしていた。展示の中には一面ガラス張りで熱帯の動植物が展示されており、凪の目の前には大蛇が木に絡みついていた。静かに特に何事もないように眠る様子を見て「……いいなぁ」とつぶやいた。
     目の前の大蛇はバチッと目を開け、凪を見て舌を出した。
    『こんな場所にいて「いいなぁ」などど……?』
     その目は凪にそう訴えた。一瞬空耳かと思ったものの、確実に大蛇な凪を視界に入れて微動だにしない。
    「……え、気を悪くしたならごめん」
     足を組んでポケットに手を突っ込みながら言う発言じゃなかったかもと凪は思いつつも、とりあえず謝ってみた。なんと凪は大蛇と話ができた。
    『お前、闇の血筋だな。俺とは相性がいい。俺をここから出せ……!』
     ペロリペロリと本当に舌なめずりしながら大蛇は凪に話しかけて来た。大蛇の言葉が凪にはよく聞こえた。むしろ、同じクラスメイトよりも言葉が聞き取りやすかった。クラスメイトは凪には大して必要じゃないものを欲しがったり、威張ったり、優位に立とうとしたりして会話が通じないなと思うことが多かった。とりあえず、大蛇は展示場を脱出したいらしい。
    「それは流石に無理じゃない?」
     分厚いガラス展示の中にいる大蛇を外に出す、なんてまず考えたことがない。できるかどうか、やってみなければわからないが、あの力を人の前で使ってはまずいことぐらい、凪は常識があった。
    「てか、無理」
    『無理? それだけ魔法の力を持っているお前にできないわけなかろう』
    「魔法……?」
     魔法、という言葉が自分の普段隠して使っている力と結びつくまでに時間がかかった。すると突然後ろからやたらと明るい声がした。
    「お前、パーセルマウスな蛇語を話せるのか?!」
     ワッと沸いて出てきた少年は、自分と大して歳が変わらない顔つきで、馴れ馴れしく話しかけられてきた。黒いワイシャツにスラックスで服装が上品というか、大人っぽいと凪は思った。凪の近くの同級生とは明らかに違って纏う空気に気品が漂っていた。紫髪が流星のように棚びき、星の塊のようなキラキラした瞳は綺麗で吸い込まれそうになった。
    「え……? パ……?」
    「すっげえ! 初めて見た……っ! お前、名前は?」
     紫の少年は凪にお構いなしでグイグイ来る。すでにマブダチのように肩を組んだ。凪はこういったコミュニケーションはとったこともとられたこともないのでちょっとドキッとした。
    「……凪誠士郎」
    「凪? 知らねぇな。まぁいいや! 俺は御影玲王! レオって呼べよ! 何歳?」
    「え、っと……。六日に十二歳になったばっか」
    「同い年じゃん?! お前、すっっっげぇな?! どこの魔法学校行くんだ?」
    「魔法……? え、どーゆうこと?」
    『おい、お前! ここから出せって言ってるだろう?!』
     玲王が凪に迫る間も蛇は凪に訴え続けていた。流石に無視できなくなってきて玲王との話を遮った。
    「俺、魔法のことはよくわからない。家でテキトーに物動かすのとかで使っちゃってたけど」
    「え?! お前、誰にも教わってねーのに魔法使ってるのか?」
    「魔法だってことも知らかった。ねぇ、この大蛇、ここから出せ出せってさっきからずっとうるさいんだけど」
    「え、まじか? 全然コイツの声聞いてなかった。ん〜、蛇は使い魔ペットにするとうるせえからなー。しかも、コイツ、でかいし」
    「……だって」
     大蛇はレオの言葉は通じていないみたいだったので通訳して話してみた。激昂して全く納得してくれなかった。玲王は蛇とは話せないようだ。通訳するみたいに俺は大蛇に向かって言う。すると玲王は俺の言葉を繰り返して「やっぱ習うのと聞くのとでは全然ちげぇな」と呟いた。玲王の繰り返す言葉は自分が話している言葉と違っていて、玲王には俺が蛇と話す言葉がそう聞こえているんだと知った。
    「蛇の声は聞こえる?」
    「ああ、蛇語は勉強したから少しはな。ただ、ネイティブにはほど遠いなっていうのは凪を見て分かったよ。かろうじて聞き取れるけど喋れねぇわ」
     ふーん、と凪は言ったが、蛇語を話せるということを玲王は凄いと言っていたので、聞き取れるだけでもすごいのではないだろうかと凪は頭の片隅で思った。
    「なぁ、凪。コイツ、何で外に出たいか聞けるか?」
    「あー、うん。聞いてみる」
     大蛇の言い分を二人で分厚いガラスを隔てて聞いた。箒を持った清掃員が「大蛇がこの時間に起きているなんて珍しい、学生さんが熱心に観察しているのねぇ」と通り過ぎた。二人が蛇を会話しているなどとは微塵も思ってないんだろう。大蛇に対して玲王はいう。
    「面白れぇ……! ここで魔法使ったのがバレたら親父にドヤされるんだろうけど」
     玲王は凪の方をチラリと見てニヤッと笑った。
    「こ〜んな天才を見つけちまったら、手に入れる以外、選択肢がねぇよなぁ」
     玲王は凪の腕をぐいっと引っ張って言う。
    「退屈してたんだ、ちょうどいい! 凪、俺に付き合え!」
    「……? どういうこと?」
     全く理解が追いつかない凪をよそに、玲王は凪に入り口近くに立たせた。周囲に誰もいないことを確認するとどこからともなく杖と蛙を出した。(そのとき凪はヒキ蛙をなぜ玲王が持っていたのか聞それびれたが非常に驚き目を丸くした。)玲王は唱えるように静かに何か言ったが、凪は上手く聞き取れなかった。玲王の掌にあった蛙はなくなり、代わりにはガラス向こうにいた大蛇が玲王の胴体の周りに戸愚呂を巻いて佇んでいた。凪は一瞬の出来事に言葉も出ない。
    Vera vertoフェラベルト
     玲王の周りを囲うように居た大蛇は一瞬で杯になり、玲王の手に収まった。凪はやっと理解する。今まで凪が顎を使うように使っていた全ての事象は魔法だったのだと。
    「なんかの優勝杯みたいだな? もうちょい便利なものに変身できないか後で試すわ。とりあえず凪、これ、持っててくれないか?」
     大きさ的にはサッカーの優勝杯くらいの燻んだ色の杯を玲王は凪に手渡した。
    「え、俺は一体どうしたらいいの?」
    「……今夜、俺が取りに行く、、、、、。それまで持っててくれ」
    「今夜?」
    「ああ、凪。俺はお前が気に入った。お前の才能を俺にくれ」
     凪は玲王の話すことが一向に理解できなかった。玲王はまず何者なのか、なぜ自分は魔法を使えるのか、玲王は自分をどうする気なのか、全て思考するには面倒なほどの情報量があり、どこから突っ込んでよいのかわからなかった。正直ぶっちゃけめんどくさくて、いつの間にか考えることすら放置して玲王を見つめ続けた。こんなついさっき出会った男のいいなりになる必要などどこにもない。自分でも何を言おうとしたかわからぬまま口を開きかけたそのときだった、
    「おい、凪!!」
     名前を呼ばれて振り向けば、同班のリーダーであるクラスメイトに「集合時間ギリギリだろうが! 早く来いよ!」と怒られた。自分は修学旅行に来ていたことを思い出した。
     あ、と思って玲王の方を向けば玲王の姿は忽然と消えていた。
     凪はそこであの少年の名前レオを呼びたかったことに気づく。
    「お前の持ってるソレなんだよ、凪。デカいコップ?」
     不審に思われたが、「さっきまで蛇だったんだけど、今夜取りにくるまで預かることになった杯」という方が明らかにおかしいので、無言を貫いた。少年は特に興味などなかったようでスタスタと歩いていったので凪もその後をのそのと着いていった。
     
     家に着けばテレビで凪が修学旅行で訪れた動植物園で蛇が消えたと、ちょっとした話題になっていた。監視カメラの映像で一瞬にして大蛇が消えてしまった映像が流れた。展示の中のカメラのため、二人は映っていなかった。凪は蛇の消えた場所に玲王の掌にいたヒキ蛙が身代わりになるように小さく居たのを確認した。テレビのキャスターはひたすらに不思議だと放送し、一瞬で某芸能事務所の不祥事の話題に移ってしまった。
     父と母がその日、珍しく家に居て、リビングには来客が来ている様子だった。二階の自室で凪は修学旅行の荷解きもせずにダラダラとベットでスマホゲームに勤しんでいた。修学旅行中はゲームができず、やっとゲームができると今夜は熱中しようと思っていたのに。
    「お待たせ、凪♪」
     待ってないよ、と思いつつ、部屋には颯爽と玲王が現れた。二階の自室に窓から入ってくるなんてやっぱり玲王は只者ではない。鍵がかかっていたはずのベランダから玲王は入ってきたらしい。玲王から預かった杯は机の上に佇んでいる。
    「凪。やっぱりお前はここ人間界にいるべき人間マグルじゃねーよ」
     自分でもなぜこんなに胸がざわつくのか、凪はわからないでいた。
    「お前と俺は絶対いい魔法相棒パートナーになる。出会って、ビビッと来た!  生粋のパーセルマウスと、この部屋に残っている魔法の残り香で、確信に変わった! お前は偉大な魔法使いになる。お前にはその才能がある!」
     玲王は演説チックに凪を誘った。凪はそれを信じることができなかったが、玲王との早い再会に、誰にも感じたことのなかった興味と、嬉しさを実感していた。
    「俺に見つかったことを誇りに思うのだ!」
     玲王の言葉には、漲って溢れんばかりの自信と、本当にそうさせるような実行力を感じた。
    「俺がお前を世界一の魔法使いにしてやる。だから、一緒に行こう!!」
    「……行こうって、どこに行くの?」
    「どこって魔法学校に決まってるだろ?! 俺と一緒に入学すんだよ」
     玲王の話はいつも突拍子がない。一階では魔女みたいな鼻の女の人が凪の両親に既に根回しを済ませていた。「誠士郎!」と呼ばれ、玲王を置いて一階リビングに行けば玄関でみんなが凪を待っていた。すぐにこの人は魔女みたい、ではなくきっと本当の魔女で、玲王と関係がある人だと察しがついた。
    「では、誠士郎をよろしくお願いします」
    「誠士郎、向こうでも頑張るのよ」
     割と放任主義な凪の家は、凪があまりに優秀な『ギフテット選ばれた人間』であることが分かり、国が無償で七年全寮制の名門私立高等教育学校の機会を得たことを手放しで喜んだ。(勿論偽装である)九月一日の入学に間に合うよう、学用品や制服の準備も全て手配すると言えば迷わず両親は快諾した。凪の両親に魔法という言葉は一切使われなかった。ばぁやが説得力を持って最もらしく手続きをしたのも有効だった。(よく考えたら魔法を使って説得したのかもしれないが、凪にその判別は出来ない。)キャリーケースには凪の日用品一式が既に用意されて、あっさり凪はその晩、家を出ることになった。凪の家の前には見たこともないリムジンが待機していた。勿論その脇に立っていたのは玲王だった。
    「お前って、超強引だね」
    「それくらいじゃないと欲しい物は手に入らねーからな」
     どうぞ、と手をこまねかれるまま、凪はリムジンにエスコートされた。王子様みたいな人に王子様のような対応をされ、とても不思議な気持ちで長い車に乗り込んだ。運転席にはさっき自分の親と話していた魔女が乗ってきた。
    「あの人は魔女?」
    「もちろん! 俺の使用人で、ばぁやって呼んでる」
     へぇ、と返事をした凪は使用人のいるような家柄の玲王は見た目通りいいところのお坊ちゃまなのだと悟った。
    は持ったか?」
    「……あるよ」
     紙袋に入れた杯は車内の後方にあったので凪は玲王をチラリと見る。
    「使えよ、魔法。俺に、凪の最初の魔法を見せてくれ」
     期待のような、見定めるような眼差しに凪はいつも通りに指をちょいと動かして紙袋を浮遊させ、手元まで引き寄せた。ヒュー♪ と口笛を鳴らした玲王は凪の魔法を「流石」と称賛した。
    「ねぇ、俺って魔法使いなの?」
     凪は今もこの状況を夢を見ている心地で受け入れていた。
    「ああ、そうだろうな。人間マグルに蛇と話せるやつはいねぇし、物を宙に浮かせるなんてできねーだろ?」
    「まぐるって、何?」
    「ああ、魔法を使わない人間のことを俺たち魔法使いはそう呼ぶんだよ」
     ふーん、と凪は玲王の言うことを興味深そうに聞いた。
    「お前、マジで人間マグル出身なの? 魔法族の血が入ってないにパーセルマウスなんてマジで天才かよ!」
     ギャハハ、と大きな口を開けて笑う玲王に凪はなぜかずっと見ていたい気持ちになった。そういえば大蛇が凪のことを『闇の血筋』と言っていたがどういう意味だろうと頭を過った。しかし、聞くのも面倒だったのでそのまま喋り続ける玲王の話を聞いた。
    「凪は俺が見つけた天才だ!」
     誇らしげに笑う玲王を見て凪は一切表情を変えずに嬉しさを心のなかで噛み締めた。今まで凪のことを『天才』などと言った者などいなかった。いつだって『変人』扱いで、人と関わること自体を避けていた。人間関係を築くなんてこの世で一番面倒だと思っていた。
    人間マグルの学校なんかよりゼッテー楽しいぞ。つーか、俺が、お前を楽しい人生に連れてってやる! 光栄に思え!」
     エッヘン、とふんぞり帰るようにする玲王はキラキラして、知らない世界を全部教えてくれた太陽みたいな人だと凪は思った。魔法に関することは何も知らないが、玲王は同い年だけど多分ものすごい魔法使いなのだと言うことだけは分かった。
    「その杯、もうちょいイイモンに変えてやるな〜」
     凪は玲王が大蛇を杯に変える魔法を施したのを間近で見ていたので、玲王に聞いてみた。
    「あそこにいた蛇さんって、今この杯の中で生きてるの?」
    「いや、変身術は基本、知性を失うから、杯になった蛇は意識も物になるから解除しない限りはそのままだ」
    「そーなんだ」
     玲王は杖を取り出して凪の持っている杯に杖でone, two, three…と、魔法をかけた。凪はもう驚かなかった。杯はたちまち蛇皮ベルトの腕時計に変身し、凪の左手首に巻き付いた。
    「……かっくいーね」
    「だろ? それなら身につけられるし、いろんな世界に連れてってやれるだろ」
     動植物園にいた大蛇は動植物園の生まれだった。つまりあのガラスで一生を終える運命だった。大蛇が二人に訴えたのは「外の世界を見てみたい」だった。
    「あそこにいるより幸せかなぁ」
    「ぷはっ! 凪って案外ロマンチスト?」
     この世の全てが玲王の物みたいに玲王は笑う。玲王のことを凪はちっとも知らないのに、どんどん惹かれていくのが分かる。キラキラした宝石みたいな男の子。
    「ねぇ、あそこに置いてきちゃったヒキ蛙は良かったの?」
    「あー、俺の使い魔だったけどまた違うの飼えばいーよ。丁度飽きてきたところだったし」
     訂正、ちょっと飽きっぽいのが玉にきずかもしれない──と、凪は思った。
    「坊っちゃま、そろそろ魔法界への入り口に入りますよ。誠士郎様、お気をつけて」
     運転手兼、玲王の使用人のばぁやが二人に声をかけた。凪と玲王に用意されたノンアルコールシャンパンが入ったグラスは満を辞すように宙へと浮かび上がった。そうしないとグラスの液体は溢れてしまうからだ。
    「おわ……っ」
     ぐわっと宙に車が浮いて空を走り出す。初めて感じる浮遊感に凪は思わず声が出てしまった。リムジンが満月の下を走っていく。
    「すご……。これって他の人たちからは見えないの?」
    「ああ、人間マグルには見えないよう、透明ブースターが付いてるからヘーキ」
     玲王はずっと心底楽しそうな顔で凪の隣にいた。
    「さぁ、俺たちの始まりの瞬間だぞ[#「」は縦中横] 偉大な魔法使いの誕生に乾杯!」
     そう言ってふわふわと車が覚束ずに走るなか、グラスとグラスは勝手にカチンと乾杯をして二人の手元に引き寄せられる。しゅわしゅわした飲み物はスーッと喉元を過ぎて、これは現実なのだと思いしらされる。夢みたいなのに現実に起こっていることだった。
     凪は腕時計になった蛇を見る。玲王の言う『偉大な魔法使いの誕生』というのが自分のことで、自分に期待を寄せていること。
     今までも多分にそういうことはあった。優秀な凪に「凪はもっと上を目指せる」「こうするべきだ」と何度も期待を寄せられた。誰かが自分に期待するたびに、やめてくれと逃げてきた。凪は自分から何も望むことがなかった。一つあるとすれば、放っておいてほしいことだった。自分も何も望まないから、周りも自分に何も望んで欲しくなかった。
     何の因果か、神様の悪戯か。魔法を与えられ、それを玲王に見つけられてしまった。今でも玲王が目を輝かせて凪に言った「すげぇ!!」という顔を凪は一生忘れないだろうと思った。玲王の期待は、何故か嫌じゃなかった。
    「ねぇ、」
    「レオ! 俺のことはレオって呼べって言ったろ?」
    「……レオ」
    「なんだ、凪?」
     凪は初めて友達の名前を呼んだ。それまで名前で呼び合うような友達などいなかった。一生、ひとりで自分を少しでも楽にさせてくれる魔法の力をひっそり使って、特に何にも興味も持たず、一生ダラダラできそうな場所を探して生きていくのだと疑っていなかった。動植物園のガラス展示のような世界で十分だと思っていた。
    「レオと同じ学校に通うってことなんだよね」
    「ああ。ねじ込んでやるから安心しろ! 教科書も杖も箒も全部手配してやるから不自由はさせねーよ」
    「箒……?」
     マジで魔法使いってイマドキ箒で空を飛ぶんだ──と凪は心のなかで嘲笑した。玲王の家の凄さを凪は後々知ることになるが、凪は玲王を信じるしか道はなかった。何故玲王がこんなに自分に尽くしてくれるかも理解できない。ただ、一緒にいてもいいか、と思うくらいに、凪は玲王に惹かれてしまったのだ。
    「めんどくさそー……」
    「お世辞でも楽しいって顔しろよなー」
    「ねぇ、レオ。一個だけ約束ね」
    「なんだよ?」
     ──俺がこんなにあっさりレオに着いてきたのは、外の世界を知りたいなんて大きいものじゃなくて、レオと一緒にいてもいっかなって理由なんだけど……
    「最後まで一緒にいてよ」
     玲王はきょとんとした顔をして、すぐに「ああ、凪。約束だ」とグラスをカチンと鳴らした。あんまり分かってないだろうなぁと凪は思ったが口にはしなかった。
     玲王は魔法界の初歩的なあれこれを凪にとんと教え込んだ。空飛ぶリムジンのなかで、時に魔法で映像を見せたり、本を持ち出したり、あれやこれやと相棒ができた喜びを表現するかのように嬉しそうに話した。凪は夢中で話す玲王のキラキラした横顔をずっと見ていた。
     
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    Replies from the creator

    mugyu1219

    PROGRESS「言ってはいけないあの日」の話。
    エピ凪を読んで「玲王を救済しなければ!!」と魔法学校編に絡ませて勢いで書いてしまいました。
    この二人は一話目ですでに付き合っているのでどう足掻いても恋人なのですが、付き合ったの六年生なので、めんroのときは両片思いしてました。
    クディッチの話はここまで詳しく書く予定なかったけど二人の未来のためには書いて良かったかもしれないです。
    MAGIC is LIGHT 【救済編】 一度、玲王を酷く傷つけてしまったことがある。
     そのことを、悔やんでも悔やんでも、ずっと玲王の心には残ったままなのだろう。
     昔を知るチームメイトはことも無さげに言った。
    「お前たちって、一回大喧嘩したことなかった? 全然喋ってなかった時期あったろ」
     うん、とだけ言ってすぐに口を噤んだ。人から『喧嘩』と言われて、「ああ、ああいうのが喧嘩というのか」と思った。だって、生まれて初めての友達が玲王で、喧嘩したのも初めてだった。
     俺は今でも、それを悔やんでいる。
     
     ⌘
     
     今年の箒蹴球W杯で、在籍中から活躍する魔法学校生徒の中でも注目すべき選手がいる。まずは、魔法学校一年生から箒蹴球チームにスカウトされ入団している凪誠士郎選手と御影玲王選手だ。この二人の登場はまさに箒蹴球界に超新生ダブルエース現る!! という見出しで日刊予言者新聞を騒がせたことで覚えている読者も多いのではないだろうか。若干十二歳で彗星の如く現れた二人ですが、魔法学校一年生で箒蹴球チームに選ばれるのは数百年に一度逸材、それが一気に二人も!
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