Parallel Blue Chronicleそろそろと前を歩いていた銀色が、不意に道を踏み外し、そのまま地上へと落下していった。本日五度目である。
下を覗き込むわけにもいかず、ジュンは引き続き倒木でできた長い道を恐る恐る進んでいく。先ほどから、二股に分かれている箇所が鬼門なのだ。右に進んでも左に進んでも、どうしてか行き過ぎて、そのまま足を踏み外してしまう。右に進もうが左に進もうが、ゴールは同じであると言うのに。
三度目の正直、左を選んだ。
「あ」
敢え無く足を踏み外し、三メートルほどの高さから落下する。
のん気に待ち構えていたナツキの視線が、落下から着地までを律儀に見届けた。
「……ダメだ」
「どうしてだろうね……?」
ため息を吐くと、さすがのナツキもうんざりしたようにつぶやく。
今後の動向について話し合おうと思ったが、敵の気配がしたため一旦取りやめ、それぞれに武器を構えた。倒しても倒しても、黄色の鶏冠と白い羽毛を持つ二首の駝鳥もといダブルクレストは、無限に湧き出て、大木の橋からこぼれ落ちる冒険者に襲い掛かってくるのだ。
ナツキは大盾の先を地面に突き立て、セットされている短い槍を抜き放った。長い脚でまたたく間に近付いてくるダブルクレストへ、まずは初撃。ここで立往生して早三十分経過しているため、一発で致命傷のダメージを与える。
「テンペスト」
ダメ押しの最下級魔法で、一羽目のダブルクレストをいなし、ジュンは左に視線を向けた。二羽目のモンスターが、ナツキの大盾に向かって鋭いくちばしを振り下ろしてくる。
この動きも、予想通りだ。防御姿勢を取ったナツキに代わり、斜め後ろから、ジュンは白いタクトを突き出した。
「火花」
先端から炎が吹き出し、二首まとめてこんがり焼いて、三羽目。
「……ん?」
ナツキの槍のクリティカルヒットではじけ飛んだ三羽目の向こう、三首の駝鳥を見つけて、ジュンはしばし沈黙する。
「あれって、レアモンスターかな?」
「……そう、かも?」
ハヤトかシキがいれば、もう少し派手なリアクションをしたのだろう。ナツキは首を傾げただけで、盾の構えを解いてしまう。とは言えジュンも、魔力が底をつきかけていた。
「まあ、いいや。野営地に戻ろう」
「うん……」
三十分と少し前に立ち寄った野営地では、通りかかる冒険者や旅商人に宿を提供している。ナツキが負ったかすり傷や空っぽ寸前のジュンの魔力も回復できるだろう、宿代は有り余るほどある。
野営地に向かって走りながら、周囲の景色をぐるりと見渡した。右の肩越しに振り仰ぐ
と、空に向かって光の柱が立ち昇っていた。光の下には未到達の街がある。ジュンとナツキが目指していた街で、大樹の橋を渡り切れば程なく着く、はずであった。
「ハヤトは……、行ったこと、あるんだよね……?」
「ハヤトがいるときに乗り物で運んでもらうしかないな」
隣を、走るよりは大股で歩いているナツキから、小さな笑い声が聞こえた。
「……何だよ」
「悔しそう……だな、って……」
「ナツキだって渡れなかっただろ」
「もっと練習すれば……、行けるかも……?」
「練習の問題なのかな」
テントが見えてきたところで歩を緩め、それでもチョコチョコと早足のジュンと、のんびりとした足取りのナツキ、並んで野営地の入口を目指した。
「気付いたこととか、あるし……」
簡易な柵の切れ目に立つ見張り番に話しかけ、野営地の中へと通される。もうすぐ夕暮れ時だが、冒険者や旅商人の姿は少ない。これなら宿泊も問題なくできるだろう。
「気付いたことって?」
野営地の中央で絶えず焚かれている営火を回り込んで、宿泊用のテントに向かいながら、尋ねた。ナツキは足を止めたが、それが質問に答えるためなのか、テントの入り口に先客がいたためかはわからない。
「えっと……」
こちらを見下ろして、ナツキはわずかに頭を傾けた。まばゆい銀髪が、炎の光を跳ね返して赤く輝く。
「……ローブの下……、ズボン履いてるんだな、とか……」
髙い位置から落ちてくる視線の終着点あたり、膝の上から濃紺のローブを抑えて、ジュンは半歩、ナツキから遠ざかった。
「それは」
そういえば、最後に大木から落ちたときは、ナツキが先に地面にいた。後から落ちてきたジュンを下から見上げることは、容易にできただろう。
「のぞき」
「ぁ……、え……、そうじゃなくて、着地したときに、裾がふわって、なって」
ナツキにしては比較的早口で、弁明の意図が読み取れる。
「変態っぽい」
率直な感想には、ショックを受けたようだ。
しょんぼりと肩を落とす白銀の騎士をひとまず置き去りに、宿泊用テントの入り口に走り、受付に人数を告げる。案の定、部屋には余裕があるようで、少し割高だが一人一部屋でも泊れると提案された。すごすごと近付いてきたナツキを振り仰ぐと、すがるような視線が返される。
「……二人一部屋で」
そこまで本格的な休養が必要なほど、傷ついているわけでもないのだし。
スペースいっぱいが寝床のような、狭い部屋に押し込められて、ナツキはいそいそと防具を外していく。そういえば、明らかにリラックスには邪魔な装備のハヤトやシキ、ナツキと違って、ローブ一着のジュンとゆったりした道着のハルナは、互いの前で装備を解いていなかったなと、ジュンはぼんやり思い出した。
「……ナツキ」
寝台に座り、くるりと振り向き乗り上げるナツキに、神妙な表情を作って向かい合う。
「女性のローブの中とか、のぞき込まないように注意しろよ」
「しないよ」
心外だと言わんばかりの声音に、もちろんわかっているけれど念のためだと、伝えるように肩を叩いた。すると、すらりと長い指、白皙の肌に覆われた手が、ジュンの小さな手を包み込む。
「ジュンだけだよ……」
「やっぱりあの時のぞいたんじゃないか!」