明日の追壊「その戦士にお前が選ばれたって訳さ」
目の前のサイボーグはモニターに映る瞳をキラキラさせながら画面を眺めていた。
――旧友、カブラギ。
彼はかつて、トップランカーとして活躍していた。しかし、とあるトラブルが原因で彼は装甲修理人にその身を堕としていた。最近はめっきり覇気がなくなり、今にも消えてしまいそうなほどであった。
そんな中飛び込んできた、魅力的な誘い。
戦士として復帰ができる。
そんな期待のこもった目がこちらに向けられる。
「例のタンカーも今回の作戦には参加しない。安心して大人しくしていてくれよ」
例のタンカー。
確か名はナツメといったか。何故かカブラギはこの少女に陶酔していた。カブラギの無茶を想定し、今回の作戦に彼女を参加させなかった。我ながら名案だ。
……名案?
俺は何故、彼女がカブラギのお気に入りだと知っている?
俺は何故、会った事もないタンカーの名前を知っている?
この時に気がつくべきだったのだ。
こんなに綺麗すぎる世界はおかしいということに。
――過去シュミレーター起動完了。
程なくして、霧を発生させるガドルの討伐作戦が失敗に終わったという知らせが届いた。
……想定内の事だ。
ストーリー通り、ギアの大半は霧を発生させるガドル、ガドルαによって殺されていた。タンカーの部隊も多くの犠牲者を出し、文字通り移動要塞デカダンスは壊滅の危機に直面していた。
とはいえ、しばらくガドルが襲ってくる事はない。
多くのプレーヤーがイチから初める事になったのに、次々とガドルを連投されたら移動要塞デカダンスは本当に壊滅してしまう。
その点はシステムが把握しているはずだ。
次のガドルが放たれるまで、しばらく時間ができた。
無事戦士復帰を果たした友人を祝ってやるとしようか。
タンカー街にある簡素な一軒家。
俺は硬く閉ざされた扉を叩く。
しばらくして、素体にログインした友人が顔を出した。
「……ミナトか。上がっていけ」
言われるがまま、家の中へ入った。
「……で、司令官殿が俺になんの用事だ?」
「戦士復帰のお祝いというものをしようと思ってな」
「ほう……」
興味深そうに持ってきた土産物を覗き込む姿が少し子供らしくもあり、可笑しかった。
上等な酒や牛乳、干した肉などのタンカーが好みそうな嗜好品を取り揃えたつもりだ。
普段は簡素な栄養スティックばかり食べているカブラギには新鮮な味ではないだろうか。
……簡素な栄養スティックばかり食べている?
何故その情報を知っているのだろう。
カブラギは酒やタバコや牛乳もやらない。何故それを「知っている」のだろう。
「どれも上等な品ばかりだな」
嬉しそうな友人の声に思考が掻き消された。
大の大人2人では少々狭いソファに並んで座る。
「カブの戦士復帰に、乾杯」
「ありがとな。乾杯」
2人で酒を煽るなんて初めてだった。
アルコールが身体に沁みる。まるでオキソンを流し込んだ時のようだと思った。
カブラギはアルコールに強いのか、速いスピードでグラスを空にしていった。
一方、自分はあまり強い方ではないらしく、数杯飲んだところで強烈な眠気に襲われた。
「すまん……カブ……ちょっと寝かせてくれ」
「司令官殿がこんなに無防備でいいのか?ちょっとは加減しろ」
呆れた友人の言葉が心地よく響く。
そのままカブラギにもたれかかる形で眠ってしまった。
――過去シュミレーター起動中。幸福構築度20%
気がつくとカブラギの家のソファで眠っていた。
昨日2人で酒を飲み、うっかりそのまま寝てしまったのだ。ご丁寧に毛布までかけてある。
軋む頭を抱えながら、よろよろと立ち上がると、カブラギの姿を探して辺りを見回した。
どうやら不在のようだった。
仮にもデカダンスの最高司令官を自宅に残してどこかへ出かけるなど、一体どちらの方が無防備だろうか。
内心悪態をつきながら、おそらくあのタンカーのところへ行ったのだろうと予測する。
今日は休暇を取っていたため、やる事もなく再びソファに腰かけた。
……最近何かがおかしい。
知らないはずのタンカーとカブラギの関係を知っていたり、カブラギの普段の食事について熟知していたりと、説明のつかない事を無意識に行っていた。
まるで、一度体験してきたかのようだった。
奇妙な感覚に冷や汗をかいていると、顔に大きな腫れを作ったカブラギが帰ってきた。
「おかえりカブ。……ひどい顔だな」
「ああ。ナツメに一発食らってな。この前のイベントの件だ」
この前のイベント。
ガドルαの討伐イベントのことだ。
あれは元々クリア不能に設計されていたため、彼女を戦場から遠ざけた。きっとその事で喧嘩になったのだろう。
やっと憧れの“かの力”に入隊し、初めての任務だったのにも関わらず、自分だけ仲間外れにされてしまったのだ。怒るのも当然だろう。
「なぁ、カブ。俺もそのナツメというタンカーに合わせてくれないか」
「いきなりどうした。構わないが、今は相当ご機嫌ナナメだぞ」
「それでもいいんだ」
ナツメ。
カブラギが陶酔している少女。彼女に一体何があるのか、この目で確かめたかった。
実際に会って、この前の作戦から遠ざけた事も謝っておきたかったのだ。
狭いデカダンス内をしばらく歩くと、装甲修理人達の宿舎が見えてきた。
「ここがナツメの部屋だ」
カブラギはノックも無しにいきなりドアを開ける。
そこには意気消沈とした普通の少女がちょこんと座っていた。
「組長……あの、先程は殴っちゃって本当すみませんでした。頭に血がのぼっちゃって……」
「構わん。それより、お前に客人だ。」
「お客さん……?」
「初めまして、君がナツメだね。俺はミナトだ。カブラギの古い友人といったところかな」
「ミナト……さん。初めまして」
形式的な挨拶を交わすが、俺はナツメのことを既に知っている。
「この前の作戦だが……君を作戦から外したのは俺なんだ。まだ力不足だと判断した結果だ。次回からはしっかりと作戦に参加して貰いたいと思っている。今回は本当にすまなかった」
「……あなたがアタシを作戦から外したんですか?」
「そうだ。俺が判断した。」
「どうしてですか! ちゃんと訓練もしてこれが最後の闘いだったのに! 組長だけじゃなく貴方まで闘いはこれからも終わらないとか言うんですか!」
「……ああ」
「……ッ! どうしてみんなそんなこと言うんですか……どうして……」
「それがこの世界だ。次からは作戦に参加してもらう。カブも一緒だ。それまでに装備を整えておいて欲しい。よろしく頼む」
結局いつもの台詞を言って、足早にその場を立ち去った。