楽園に落ちた光照りつける日差しがエメラルドグリーンの海を輝かせる。ここは楽園の島々と呼ばれる場所だ。そのビーチを貸し切りにしているのは、大小の星の子達だった。
背の高い方が低い方に話しかける。
――ねえ、ずっと日向にいて平気なの?
……平気だよ。暑いところで育ったし、祖先が砂漠で暮らしてたんだ。
日陰で休む背の高い星の子はヂュリ助という。この名前は本人が名乗ったものではなく、周囲がこの星の子につけた名前だ。
白髪を風に靡かせるヂュリ助とは反対に、小さい方は黒いフードを被って日差しの中を駆け回っている。
――名前、なんてったっけ。
……ママシュ・マシュ。覚えやすいでしょ?
――変な名前。
最近までママシュは自分の名前さえ忘れていた。この地に降り立ったとき、その記憶の殆どを手放していたのだ。
初めは何も分からないママシュに手を焼いたヂュリ助だったが、星の子としての生き方を教える中で庇護欲のようなものを掻き立てられていた。
……思い出したんだ、どうしてここまで来たのか。
――へぇ?
興味深いと思った。
ママシュには星の子と違う点がいくつかあった。ママシュはこれまで知らない単語を口にしたり、一人で行動しようとしたりした事が幾度もあった。
その度にヂュリ助は正しい単語を教え、その手を引いてきた。
ママシュが不思議な行動をとる理由が、そこにはあるのだろうか。
ママシュをじっと見つめていると、突然フードを脱ぎ捨てて、マスクを外して素顔を見せた。
丸い輪郭に、尖った耳。髪はヂュリ助と同じ白髪だが、頬にはハートのペイントが施されていた。
左右で微妙に色の違う瞳には何故か瞳孔がなく、ガラス玉のように輝いていた。
変わった容姿だと思った。
今まで色々な星の子に出会ってきたが、こういった顔つきの子には出会ったことがない。
……あのね。信じて貰えないかも知れないけど、本当は何年も生きてるんだ。きっと、キミよりずっと長く。
――まさか。
……ここに来たのは最近だけど、その前にいたところがあるんだ。そこは――
居心地が悪くて。
そう言ったママシュは、困ったように笑って見せた。
それが、ヂュリ助には心苦しかった。理由は分からないが、ママシュがこんな表情をするのには耐えがたい。きっと、親心みたいなものだろうと思った。
そんなヂュリ助のことはお構いなしに、ママシュは続ける。
……前にいたところにはね、もっといろんな人がいて、種族があって、それぞれ交流しながら暮らしてた。
ぼく達の種族のルーツは砂漠にある……っていうのはさっき言ったよね。砂漠の民であるぼく達は、生き抜く為に交渉術と血族の結束力を手に入れたんだ。
時にはがめついとか、意地汚いなんて言う人もいるけど……。
とにかく、ぼくの周りには家族の結びつきが強い人たちが多かったんだ。
ぼくの家族はとりわけ魔法に適性が強くて、将来は魔道士か占い師なんかを期待されてた。
でも、ぼくは戦士になりたかった。
剣や槍や武器を使って、勇敢に戦うんだ。カッコいいよね。そんな姿に憧れた。
……当然だけど、家族には強く反対されてさ。毎日毎日、魔法の修行ばっかりやらされたんだ。
最初はよかったよ。でも魔法が上手くなっていくたびに、ぼくには戦うことはできないのかって気持ちが大きくなって、抑えられなくなって。
ある時耐えきれなくなって、魔法の修行中に家を飛び出しちゃった。
……その後は、新米の便利屋……えっと、冒険者って呼ばれるんだけど、そういう事をして過ごしてきた。辛かったけど、楽しかった……と思う。
家族のしがらみもなくて、好きにお金が使えて、種族の偏見よりも一人の冒険者として扱われて。色々な武器を試したよ。でもやっぱり、才能ってやつには逆らえないんだ。結局、仕事の途中で力尽きて……気がついた時にはここにいた。覚えてるのは、これくらい。
ヂュリ助の知らない世界の話だった。
もしかしたら、ママシュの作り話かも知れない。記憶がない部分を、夢か何かで補っているのだろう。
到底信じられる話ではない。
……ねえ、ぼくまだ戦士になれるかな?
――さあ。
……これ、さっき作ってみたんだ!
そう言ってママシュが取り出してきたのは、流木に石を取り付けた簡易な槍だった。
……これであの暗黒竜を倒す! どう?
ヂュリ助は一際大きなため息をついた。
話がてらに積み上げた蟹から視線をママシュにうつす。
……今から捨てられた地に行って、早速――
――こら、やめなさい。
ヂュリ助は襟首を掴んで引き留めたママシュから手製の槍を取り上げて、海に投げ込んだ。
……こんな鈍の槍じゃ一緒に弾かれておしまいだぞ。例えどんな名手でも、勝てっこない。
……ちぇー。キミも戦士になるのは反対なの?
――反対はしない。でも、やり方が違う。強い人っていうのは……
……っていうのは?
――困ってる人を助ける人の事だよ。
ヂュリ助は何処か懐かしそうに目を細めた。
……だったら得意さ。いっぱい人助けさせられた。死体運びとかね。
――なら、やってみればいい。おチビのしいたけにできるかな?
……今はもうしいたけじゃない!
ヂュリ助の腕にぶら下がりながら、ママシュはむくれて見せた。
そうだ、ママシュはこういう顔の方がいい。ヂュリ助は満足そうに笑った。
この日を境に、ヂュリ助は不思議な夢を見るようになった。
何処か知らない世界が滅びようとしたとき、光の中から戦士が現れて人々を助ける夢だ。ヂュリ助は起きる度に戦士たちの顔を思い出そうとするが、光の中の彼らの姿を見ることはできなかった。
ただ一つ分かるのは、ママシュによく似た背の小さい、ずんぐりとした尖った耳の戦士がいたということのみだった。
――まさかな。
ママシュの話は冗談半分に聞いていたはずだが、影響を受けすぎたらしい。
今日もヂュリ助は走り回るママシュの手を引き、光を集めて回るだろう。それが、ヂュリ助の日課だった。