闇を祓う光――マシュ、最近調子良さそうだね。
……そうかな? ありがとう。
近頃ママシュ・マシュの姿を見ていなかったヂュリ助だが、ママシュの持つ光の羽が妙に多いことに気がついた。前まではケープに印された星はたった四つか五つ程度だったと思うが、今は十を超えている。
――いつからそんなに光の羽を集められるようになったの?
……いつからって、最近だよ。ちょっと効率の良い方法を知っただけさ。
***
近頃、捨てられた地では光の羽を奪われた星の子が相次いで見つかっていた。初めは暗黒竜に襲われただけだと思われていたが、光の羽を奪われた星の子は暗黒竜のいないエリアでも見つかるようになった。
――ママシュ。最近光の羽を奪われた星の子が見つかっている話は知ってる?
……知ってるよ。でも、被害者はみんな違法なドリンクを扱っていたらしいじゃないか。
――ママシュはそんな事していないと思うけど、一応は気をつけるんだよ。
……うん、ありがとう。
この会話から一週間ほど前、初めて光の羽を奪われた星の子が見つかった日のこと。
ママシュは理由もなく捨てられた地を訪れていた。
どんよりとした分厚い雲が空を覆い、僅かに差し込む光だけが頼りだった。
いつも通り、散歩がてらに闇の花を焼いたり砂丘を滑ったりしていると、数人の見知らぬ星の子に声をかけられた。
“君、リサイズドリンク欲しくない?”
それは、違法なリサイズドリンクの取引だった。
ママシュはリサイズドリンクが好きだ。しかし、違法なものに手を出すほど愚かではない。
はじめは穏便に断った。
だが、向こうは折れてくれなかった。次第に乱暴なやり方でドリンクを売ろうとしてくる。
体躯の小さなママシュはうまく抵抗することもできず、ただいたぶられるのみだった。
……がぽ、ぷぁっ……!
闇の染み込んだ沼に、顔を押し付けられた。
助けを呼ぶために鳴こうと思っても、沼の闇が入り込んで上手く鳴くことができない。
苦しむママシュを、星の子達は笑いながら見ていた。
自分にヂュリ助のような力があればと、幾度となく思った。
ただただ光を奪われていく中で、ママシュは自分の弱さを呪い始めていた。
もっと自分に力があれば、こんな風に笑われることもなかったのに。
たかだか違法ドリンクでイキがっている星の子なんかに、屈しなくて済むのに。
その思いとは裏腹に、ママシュのケープからはみるみるうちに光が奪われていく。
ママシュの視界が闇に染まる。そしてついに、光は完全に失われた。
ママシュはぐったりとして、闇の沼に浮かんでいる。状況を理解した星の子達は、一目散に逃げ出そうとした。
逃げた星の子の一人が、闇の沼へ引き摺り込まれた。
沼の中に、ママシュの姿はない。
星の子はパニックになって必死に闇の沼から出ようとした。水面から顔を出そうとした瞬間、ぐいっと沼底に再び引き摺り込まれる。
沼底に沈んでいく星の子と入れ替わるようにして、闇の中から何かが立ち上がった。
全身を闇に包んだそれは、小柄で見覚えのあるフードをかぶっていた。顔には、見慣れない闇の力を秘めたマスクをつけている。
沈んだ星の子から光の羽を全て奪い取ると、闇に身を包んだそれはマスクを外した。
そこには、紛れもないママシュの姿があった。
***
ママシュの様子がおかしいことに気がついたヂュリ助は、十枚羽の真相を解き明かそうと、ママシュの後をつけた。
……これ以上ついてくるなら、キミも光の羽を失うことになるよ。
ママシュはヂュリ助に気づいていた。
――どうしてそんなことを言う?
……キミが余計な事をしようとしてるから。
――その羽は、あの星の子達から奪ったんだな。
……彼らは悪いことをしてたんだ、裁かれて当然さ。邪魔するなら、キミの羽も奪うよ。でも、ぼくはそんな事はしたくない。今すぐホームに帰るなら、見逃してあげる。
――どうかしてるよ、ママシュ。
……そうかな? ぼくはチカラを手に入れた。この地がぼくにくれた特別なチカラだ。それを正義のために使ってる。何が悪いんだい?
――ママシュ、ママシュのやっていることは正義なんかじゃない。間違ってる。
……間違ってなんか、ない。
いつの間にか身体を闇に染めたママシュの影が溶けて消えた。
同時に、ヂュリ助の身体が闇の沼へ引き摺り込まれる。ヂュリ助は自身を引っ張るママシュの襟首を捕まえて、強引に引き剥がした。驚いたママシュの胸ぐらを掴み、渾身の平手打ちをお見舞いする。
その衝撃で、ママシュのマスクは吹き飛んだ。それでも闇を纏ったママシュは抵抗を続けている。
ヂュリ助は得意の締め技でママシュを締め上げた。はじめはバタバタと暴れていたが、次第にそれは弱まり、最後にはぐったりとヂュリ助の腕にぶら下がっていた。
ママシュから完全に闇の力が消え去った事を確認したヂュリ助は、ママシュのつけていたマスクを踏み潰して闇の沼へ溶かした。
もう二度と、ママシュがこんな事をしない事を願って。
***
ママシュを連れてホームへ戻ったヂュリ助は、水場でママシュを洗濯するように洗い流した。洗い終えた後は、日当たりの良い草原で天日干しにした。
あらかた乾いたころ、ママシュは意識を取り戻した。日は、すっかり西に傾いていた。
……ぼく、キミになんて事を……。
――覚えてるの? だったら、綺麗さっぱり忘れてしまった方がいい。あんなのは悪い夢だよ。
……悪い夢、かぁ。
蒼く光る目を潤ませながら、ママシュは深く頭を下げた。
……ごめん。すごく恥ずかしいところを見せちゃった。それと、助けてくれて、ありがとう。
ヂュリ助は一瞬ぽかんとしたが、下げられたママシュの頭を撫でた。
――困ってる人がいたら助ける。当然のことだよ。
……そういうところ、まだまだキミには敵わないや。
ママシュは悔しそうに笑う。
ヂュリ助はそのままでいいのに、と思ったが口をつぐんだ。夕陽を映すママシュのガラス玉のような瞳に、強い後悔と自責の念が滲んでいた。その姿に思わずママシュを抱きしめ、優しく撫でた。
もう大丈夫、そう言いたげな仕草にママシュは涙した。
ひととおり泣き終えると、ママシュはフードといつもの白いマスクを被り、顔を隠した。
きっと恥ずかしいのだろう。
……じゃあ、またね。
――どうせなら、キャンドル回って行こう?
ヂュリ助が手を差し伸べる。
ママシュは慣れた手つきでヂュリ助の手を握り返すのだった。