往く年来る年食べる年「大寿くんさァ、今年の大晦日って暇だよね?」
「腹立つから暇前提で聞くんじゃねェ。暇だが。」
「飯作って持ってくから、大寿くんの家行って年越し過ごしてもいい? 今年、お袋が珍しく大晦日休みだからルナマナ任せて良くてさ。」
「…家族と過ごさなくていいのか。」
「だってオレは○キ使観たいのに、アイツら紅白からのジャ○ーズカウントダウンで観せてくんねェんだもん。」
大寿くん家のでかいテレビでガ○使観ながら一緒に年越そうぜ。と笑う三ツ谷に
「テレビのチャンネル権は俺だぞ!」
と吠えた時点で、すでに三谷の思惑通りなのだろうと大寿は思った。
「飯何食いたい?」
「デリバリーでいいだろ。」
「えー、大寿くんオレの飯好きじゃん。」
「…お前、せっかくゆっくり過ごせる日なんだろうが。」
大寿の台詞に三ツ谷はぱちぱちといくつか瞬きをした後、ふわりと笑った。
「本当に不器用だよなァ、大寿くんは。」
「ぁ?!」
――
迎えた大晦日当日。テーブルの上にはデリバリーしたピザと、三ツ谷お手製の野菜中心のおかずが並んでいた。双方譲らなかったので、メインは大寿がピザを頼み、三ツ谷がおかずを何品か持っていくことで決着した。ところがピザを頼んだ超本人である大寿は、一切れ食べた後はずっと三ツ谷のおかずを摘んでいるのに自分で気づいていない。それが何とも可愛いと思ってしまったから、○キ使の面白さも相まって三ツ谷は楽しくてずっと笑っていた。
『○田、アウト~!』
「あっはっはっは! ひぃ、今のケツバット痛そ~。」
ゲラゲラ笑いすぎて泣く三ツ谷につられて、思わず大寿も口元が緩む。
「あ、大寿くん笑ってるアウト~! タイキックする?」
「されねェド突くぞ。」
大体テメェの方が馬鹿笑いしてるだろうが! という大寿のツッコミを、三ツ谷は華麗にスルーして時計を見る。短い針がそろそろ一一を指そうとしていた。
「やべ、年明けまであと一時間じゃん。年越し蕎麦茹でてくんね。」
そう言って三ツ谷がキッチンに向かおうとすると、親鳥の後を追う雛鳥のように大寿が付いてくる。
「手伝う。」
「え、良いよ。めんつゆあっためて蕎麦茹でるだけだし、台所寒いからテレビ観てなよ。」
「それはテメエも同じだろ。俺の分も茹でてんのに一人で観てられるか。」
大体、テメエの反応がないとテレビなんてつまんねェしな。
そうこともなげに言いのける大寿に三ツ谷は一瞬止まって、その後ふにゃりと笑う。
「じゃ、二人でちゃちゃっとやっちゃいますか。」
「おう、何すれば良い。」
「そしたらそのでっかい鍋に水いっぱい入れて、沸騰したら蕎麦茹でて。大寿くんどれくらい食べる?」
「最低二人前。」
「食べ盛りだなァ。一袋四人前だから、もう全部茹でちまうか。」
「そうだな。」
早速大寿が、深鍋に水を張ってコンロの上に置いた。カチカチという音に続いてボッとコンロの火がつく。リビングから微かに聞こえるテレビの音に重なって、三ツ谷が小ネギを刻むトントンという小気味良い音がキッチンに響いた。その音が心地良くて、大寿は目を瞑って聞き入る。
「今日は奮発してスーパーで海老天買ってきたんだ。大寿くん先乗せシミシミ派? 後乗せサクサク派?」
「後乗せサクサク派。」
「…んふ。おっけ、後乗せサクサク派ね。」
「おい今笑っただろ。」
「だって大寿くんが後乗せサクサクって言うの面白くて…ぶふっ…」
「テメェがその二択で聞いてきたんだろうが!」
あはははは、と耐えきれなくなった三ツ谷の笑い声でキッチンは一気に賑わいが増す。
「ごめんって。海老天、魚焼きグリルで軽くあっためてもっとサクサクにしよ。」
大寿は舌打ちをしながら、魚焼きグリルにも火をつけた。
「うし、完成! じゃ、大寿くん自分の持ってってくれる?」
「おう。七味いるか。」
「あんの? 欲しいワ。」
大寿は冷蔵庫から七味を取り出して、蕎麦の器と一緒にリビングへ待っていく。じっと蕎麦の上の海老天を見ているので、早くサクサクを頬張りたいんだろう。食べ物に関して、大寿は存外分かりやすい。
(来年は天麩羅も作ってやろう。)
直感的にそう思った後に、来年の年越しも大寿と過ごすつもりでいる自分に三ツ谷は驚く。東卍の皆の雑煮を作ったり、初日の出を見に行った三ツ谷にとってかけがえのない時間の中に、すでに大寿と過ごす年越しも加わっていた。
「いただきます。」
リビングに戻って二人で蕎麦を啜る。大寿が海老天を頬張った瞬間にザクッという音が聞こえて、三ツ谷は笑って大寿に話かけた。
「年越し蕎麦ってさ。縁が長ーく続きますようにって由来らしいよ。」
「ほう。」
「オレ達のこの不思議な縁も、これからも続いてくんかな。」
何気なく呟いた自分の言葉にハッとする。
(さっきあんなこと考えたからだ…。)
テレビの音で聞こえてませんようにと願いながら、恐る恐る大寿の方を見る。当の大寿は大きな口で蕎麦を啜ろうとしていた。
「は、二人前の蕎麦食っちまってるしな。続いてくんだろ。」
「…そっか。」
大寿の言葉を聞いて自分の胸が熱い何かで満たされたいくのを感じて、三ツ谷は徐に自分の海老天にかぶり付く。グリルのおかげでサクサクだけれど、揚げたてはもっと美味いだろう。
「大寿くん、来年は天麩羅も揚げよっか。」
「そうだな。」
無心で蕎麦を啜っていると、あと二〇分ほどで年が明ける時間になっていた。いつの間にかテレビは消えている。
「食べたら初詣行こうよ。あ、キリスト教徒の人が神社行ったらまずい?」
「基本祈る相手は神のみだから行かねェな。そもそも寒いから嫌だ。」
「そっかー…。よし、良いこと思いついた。インパルス乗って初日の出を見に海行こう。」
「どこが良いことなんだよ悪化してんだろうが。」
「…最初はグー! ジャンケンホイッ!」
「ッ!!」
「はーい大寿くんの負け! 蕎麦食ったら出るからあったかい格好してね。」
「不意打ちは卑怯だろ! いやそもそも寒いから行かねェぞ!」
「あーほらもう後乗せサクサク派だろ! 早く食べないと天麩羅がシミシミになっちゃうよ!」
「三ツ谷テメェ…。」
しかし天麩羅がシミシミになるのは本意ではないので、舌打ちをひとつした後に大寿は目の前の蕎麦に集中する。
「…ね、本当に嫌だ?」
「…。」
(あそこで押し切れば良いものを、こいつは最後は他人の気持ちを優先しちまうんだ。)
シミシミになる前に天麩羅を腹に収めて、蕎麦も最後の一口を啜り終えてから、大寿は三ツ谷を見つめた。
「…事故ったらド突くからな。」
「ッ! あは、オレ何年乗ってると思ってんだよ。」
「普通は何年も乗ってねェんだよ馬鹿が。」
「痛ェッ」
長い前髪がかかった額に軽くデコピンをする。
「同じ不良の大寿くんには言われたくねェワ。」
三ツ谷は嬉しそうに笑っていた。その笑顔を見ながら、大寿は手持ちの上着の中で一番暖かい物はどれだったか思い出す。そのことがすでに自分も楽しみにしている証拠だということには、まだ気づかない振りをした。