貴方の唯一になりたくて(アルテミス(とオリオン)) 目を開けて、閉じる。瞼の裏に広がる宇宙は、今過ごしているこの場所よりよく見知った場所だった。私を象徴する月が静かにこちらを見ている気がして首を傾げる。だってこれは、私が私を見ているようなものだ。サーヴァントだからあり得るのかしら。それにしたって神たる私を複数用意するなんて、不敬だと思うのだけれど。
辺りに視線を走らせれば他の星々も確認できたわ。太陽も、金星に木星も、目を凝らせば海王星だって見えた。だけど私のように人間を模した体は見当たらない。まあ、もともとこの体だって必要に駆られたから作り出したものだものね。誰もいなければ不必要だわ。──不必要、なのに。
胸の奥にもやもやしたものが広がっていく。ここには何か入れていたかしら。姿を人間に似せただけで中身はよく理解していなかったから、何か不具合でも起こっているのかしら。もしそうなら面倒なものを作ってしまったものね。いっそ壊して、もっと機能性を追求した方がいいのかも。エラーやバグの類であると片付けてしまえば、頭は納得しても、もやもやはその強度を高めたようだった。
思考。そもそもこの体は何のために作ったんだったかしら。何かを、見ていた気がする。それに近付きたくて、私を見てほしくて、姿を作った気がする。大事なことのはずなのに思い出せないのはどうしてかしら。知りたいところだけ霞みがかったように見えなくて、浮いた状態で足を抱えた。
端的に言ってしまえば、神である私達に人間を模した体は必要ない。人間が私達を信仰するときに勝手に作った形だから、それに従う必要はないの。それでもこれを使っているということは、その方が都合がよかったのだと思う。
抱えた膝に頭をつける。大事なものが欠けている感覚、だなんて。私達は完全で完璧だからこそ、成長も不足もないはずなのに。現状が自分の根本から逸脱していてため息をついた。
無音の世界で誰かに呼ばれた気がして顔を上げる。耳によく馴染んだ声は誰のものだったかしら。その疑問と視界に蒼い星が入ってくるのは、同時だったように思う。
あれは、地球ね。人間たちが暮らす星。人間のことは覚えているのに、どうして忘れていたのかしら。ため息が出るほどの美しさを閉じた瞳で眺めていると、何の前触れもなく涙が溢れ出した。確かに機能の一つとして備えては痛けれど、実際に私が泣くなんて。でもどうしてかしら。もやもやが痛みに変わって、なんだかとても、寂しい、ような。
暗いこの宇宙で一際輝く地球から目が離せない。涙は止まることを知らないようで、そのうち拭うことも諦めてしまった。行先を失った手は自然と前へ、地球へと伸びて──空を掴む、はずだった。
自分のそれより倍ほどはありそうな手に包まれる。いや、感覚があるだけで姿は見えない。でも確信できたのは、温かささえ感じ取れるからだった。驚いて強張る手を強く握りしめられる。ああ、私、この手が欲しかったんだわ。寂しさはいつの間にか消え、強い安心に包まれていた。
「あ、起きた」
すっと瞼を開けると、そこはカルデアだった。最低限の装飾が施された壁から声の方へと視線を移すと、熊の姿をしたダーリンがこちらを見上げている。私、眠っていたの? サーヴァントで神である私が? 回転の鈍い頭は答えを出せず、ぼうっと彼を眺めている。ダーリンは怪訝そうに私を呼ぶと、食べていたパフェを放り出してよじ登ってきた。
「もしかしてお前、体調悪い?」
「ううん」
「いや絶対おかしいだろ。マスターはついさっきレイシフトに行ったし、どうしたもんかな……」
頭まで登ったダーリンは額に腕を伸ばして体温を測っている。おかしいな。いつもならダーリンが触ってくれたり心配してくれると嬉しくってたまらないのに、胸が締め付けられて苦しいの。感情のコントロールが利かなくて、静かに息をつきながら目を閉じる。
宇宙に浮かぶ、蒼い星。そうだ。さっきまでこの世界にいたんだった。手に感じた感触は消えていて、まじまじと手を眺めてしまう。
多分。いいえ、確実に。あれは貴方だったのね。どうして忘れていたのか、今の私では分からないけれど。それでも貴方は私を見つけて手を引いてくれるから。満たされた心で目を開くと、二人に増えたダーリンと目が合った。
「アルテミス?」
「……ううん。ダーリンから離れられないなって、思ってただけ」
「ええ……」
ぶつぶつ言いながら私を心配してくれる優しい狩人に、さっきは気付かなかった鼓動を感じる。ああ、私、彼が好きだわ。独りぼっちだった私も救ってくれた、かけがえのない貴方。
だから月は、地球から離れることはないの。