その肌に刻むは独占欲※監督生呼びです、
無口キャラでエースとデュースふたりを監督している設定のアイドルな為呼び名が[監督生]というご都合設定m(__)m
「まぁこのごろ流行りだし、来るとは思ってたよ」
マネージャーのジャミルから渡された仕事のリストを見ながら、エースが呑気な口調で言った。
「言ってる場合?」
「そうだぞ、エース。
監督生のことがバレたらどうするんだ」
デュースの言葉にちらっと視線を向けるも、澄ました顔で返す。
「んじゃ、断る?」
ぐっと、ふたりは言葉に詰まった。
話題になっているのは、深夜枠のドラマの主演のオファーだ。
彼らのような売り出し中のアイドルたちの、登竜門ともいえるドラマ枠で、友情から恋愛になるというBL寄りの青春ドラマの企画だ。
三人は、ネット配信者から有名になり売り出し中のパフォーマンスアイドルグループ[mabu(マブ)]
腐れ縁のエースとデュース、たまたまふたりがスーパーマーケットの店舗裏の壁をバックに使って動画を撮っている最中に、通りかかって助言と手伝いをしてから引っ張り込まれた監督生の三人で活動をしている。
彼女は、ふたりが撮影にを使っていたスーパーのバイトだったため身バレ防止に男装をして動画に出たら、バズってしまいそのまま加入した。
今もスーパーのバイトを辞めていないため、正体をバラすわけにはいかないのだ。
「てかさー、そろそろスーパー辞めたら?」
「ダメだよ、だって……」
収入面では、かなり潤っているはずだ。
なにしろ彼女が作った曲も何曲か使用しているので、それなりに印税だってある。
相当シフトは減らしたが、それでもまだあのスーパーに固執するのは何故だろうとふたりが首を傾げていると、彼女は口を開いた。
「だって、ふたりと違っていつまでも私が続けられるわけないもの」
「まーだそういうコト言ってるの?逃さないよ」
「そうだぞ、お前が居なかったら僕たちはこんなに売れる事はできなかった」
「いやいや、二人こそ何言ってるの?
いつまでもこのまま続けられるわけないよ。
二人と違ってイケメンじゃないし」
「お前がイケメンだったら、オレが困るわ」
「監督生は、誰よりも漢気があるぞ!」
整ったビジュアルのふたりに挟まれて、かねてより場違い感を感じている彼女は良いチャンスだと思って胸のうちを明かした。
「あのね、イケメンアイドルに女の陰があったらいけないのよ。
だからね、軌道に乗ったら音楽性のちがいとかで脱退するつもりだよ」
「バンドじゃねぇんだから……てかさぁ、別に男だって言ってないっしょ?
バレるもなにもないっつーの」
「そうだぞ
お前が居なくなって、僕がエースとふたりだけで上手く行くわけないだろ?」
妙に胸を張って言うデュースに、エースと彼女は微妙な視線を向ける。
(な?この暴走族上がりのお守りを、オレに押し付けるの?)
(でもなんだかんだで、ふたりは仲良しじゃない)
目線だけで話し合いをして、深く息を吐いて気を取り直して監督生は続ける。
「ふたりほど動けないし」
「僕たちには、監督生みたいな高い声は出せないぞ」
「そうそう、今いいバランスなんだよ。
それともオレたちに嫌気がさした?」
「そんなこと……ない」
俯き加減で言う彼女の様子に、エースは今度はデュースとアイコンタクトをとる。
デュースは心得たように頷いて、勢いよく立ち上がって言った。
「ぼ、僕は急に食堂の自販機にある【セブンティーンアイスクリームスペシャルセレクションレーズンバタークランチ】が欲しくなったから行って来る!」
ガタガタと不必要な音を立てて、騒騒しくデュースは控え室から出て行った。
バタンと扉が閉まり、エースは一瞬頭を抱えて呟いた。
「……ヘタクソ」
呆気にとられてデュースを見送った彼女の耳には、その呟きは届かない。
「ねぇ、お前があのスーパー辞めないのってあの先輩から離れたくないから?」
オレよりアイツ選ぶの?」
「エース?」
椅子ごとエースが彼女に近寄って、エースの膝が彼女の太腿に触れる。
息がかかりそうなぐらいに、近づくエースから逃れようと椅子を引こうとするも、エースの手がそれを阻む。
「ま、確かにそろそろお前が女の子なのは公表しても良いかもね」
「そんなのダメ、エースとデュースはアイドルなんだから女の子が近くに居るなんて知れたらファンががっかりする」
「ファンをごまかし続けるのは、オレ嫌だしさ」
「そうだよ。だから……」
「だから、監督生は女の子でオレの大事にしたい子ですって言う」
彼女はびっくりて息を飲んだ。
「監督生好きだよ。離れたくないし離したくない逃さないよ」
「そうやって引き留めようたって……」
「ね、オレ頑張ってるっしょ?
アイツより大事にするからさ、付き合おうよ」
「私は、別に先輩とはそんなんじゃない」
「なら、なおさらいいじゃん」
エースが言う先輩は、彼女がバイトを始めたばかりの新人だったときに教育係についた準社員だ。
彼は[先輩]と彼女の距離が近いのがたまらなく嫌だった。
彼女と親しげに話している姿を見るたびに、信頼されているあの人物から、なんとかして彼女を引き剥がしたいと考えていた。
「ね、スーパー辞めなよ
変装やめたら居らんないでしょ」
唇が耳に触れそうなぐらい距離を詰め、あたかも睦言でも話すような低い溜息混じりの声が、落とされる。
「ぴっ!?!?」
バランスを崩して、椅子から転げ落ちそうな彼女をエースが抱き止める。
「おっと、あっぶねぇなぁ」
見た目よりもずっと逞しいエースの腕に、彼女は体温が上がった。
腰を支える彼の手がゴツゴツと大きくて、やはり自分とは異なるのだと思い知らされる。
「オレ、本気だよ
お前の事離したくないんだ」
彼女は、顔を真っ赤にさせて金魚のように口をぱくぱくさせるしか出来なかった。
そんな彼女から、目を逸らす事なくエースが真っ直ぐに見据える。
「ねぇ、オレふざけてないよ」
その時、扉がノックされて遠慮がちにデュースが顔を覗かせる。
「2人とも、リハーサルがはじまるそうだ」
弾かれたように監督生が、部屋から走って出て行く。
「おい、監督生!?」
デュースがそのまま追いかけてしまい、生真面目に買って来たアイスクリームを、スタジオまで持って行って、焦ってポケットに入れてリハーサルにのぞんで、溶けたアイスで衣装をダメにしてマネージャーのジャミルから大目玉を食らったのは、このあと事あるごとに語られるデュースの天然エピソードである。
※
時は流れて、彼らの姿を見ない日はないと言うぐらいになった。
あの日に話の発端となったドラマは、三人をスターダムにのし上げる事になった。
当初は、エースとデュースが結ばれる脚本だったのだが、いざ撮り始めてみれば演技の素人である彼らには繊細な心情の演技が難しく途中で変更されて監督生とエースが最後結ばれる話になった。
一部の人間以外には、性別不詳として売り出して居た監督生は謎の存在として、エーデュースふたりともに焦りを与える役柄だったので、種族を越えたエースは現実から姿を消してしまうと言うホラーともファンタジーとも言える話となり、コミカライズもされた。
隠しきれない二人の眼差しの熱をそのまま活かす事となり、信憑性が増したのだと演出家は語る。
普段から、明るく何処か軽薄な印象を与えるエースがふと浮かべる真摯な表情に、お茶の間は沸いた。
そのあと、エースがそのときの演技力を買われて単身で恋愛ドラマ枠への出演を果たしたものの、その時のような眼差しを浮かべる事が出来ずに苦戦。
カメラの後ろにたまたま見学に来ていた、デュースと監督生の姿を見て、ようやく[あの表情]を浮かべる事ができた。
そのあともそのような事が重なって[mabu]の三人はバラ売りは今はしないほうが良いというのが、業界内で浸透した。
相変わらず彼女の性別はあやふやなままで通しているが、エースと監督生がただならぬ仲である事は、業界のみならずファンの間でも暗黙の了解となっている。
「てかさー、小エビちゃんはまだこのままで売ってくの?ウミヘビくん」
スタイリストのフロイドは、シャッター音が鳴り響くスタジオの片隅でチーフマネージャーのジャミルに尋ねる。
「オレぇ、小エビちゃんにはもっとヒラヒラしたネオンテトラとかエンゼルフィッシュとかぁ、ハナゴイみたいなの着せて見たいんだよね」
「オレは構わない。エースに言ってくれ」
「あは、やぁだ。
めんどくさいから、ウミヘビくん説得してよ」
「オレだってお断りだ」
ファッション誌でグラビアが掲載されるまでになっても、彼女はスーパーに籍を置いている。
ほとんどシフトに入れないにも関わらずなので、半ば意地になっているのだろう。
忙しくなればなるほど、彼女を側に置いておけるとあってサボり癖のあるエースが文句も言わずに仕事をするため、ジャミルは彼女を離すつもりは無かったし、彼女無くては彼らはただの顔の良いアイドル止まりだった可能性も否めないため、脱退を認めるつもりはない。
「しかし、うっかり妊娠でもしたら騒ぎになるから、早いうちにケジメはつけさせるさ」
澄ました表情で、ジャミルはごちる。
「そうだねぇ、胸元空いてる衣装着せないためにカニちゃん必死でウケる〜」
フロイドの無責任な言葉に、ジャミルはため息をついた。
監督生に肌の露出のある衣装を着せようとすると、エースが悪さをするため早急に対策が必要だと、ジャミルは思案した。
終わり