ファム・ファタール/クル監⚗️🌸「随分と悩んでいるな。分からない時は?」
「先生に質問。でもこの課題は終わりました。確認お願いします」
「…………Good!よくできたな、解答とそれに対する理由も完璧だ。それで?何について悩んでいる」
少し間を置いて、切り出すのを躊躇うように口を開いた。
「先生はファム・ファタールって人知ってます?」
「……どこでその名を?」
いつものようにミドルスクールの学生が習うこの世界の常識的な知識についての放課後講義中であった仔犬の質問は、あまり想定していたものではなかった。
ファム・ファタール。
ファム・ファタル。
理想の、運命の人とされる女性を指す総称のようなものである。
美しく、妖艶で、その人の為ならすべてを投げ打ってしまいたくなる、愛おしい女性に向けられた最上級の褒め言葉だ。
仔犬は人名と勘違いしていたようだが。
「私の世界にもファム・ファタールと呼ばれる人はいたんです。でもこの世界でそう言われてる人と、人物像が少しだけ違って」
「ほう、続けて」
彼女の世界でのファム・ファタールとは男の運命を狂わせて破滅させるほどの魅力を持った女性を指すんだそうだ。どちらかと言えば悪として捉えられると。
だから、この世界でのファム・ファタールと呼ばれ女性へのイメージが私の世界とは違って、ポジティブでいいなぁって。
私も誰かのファム・ファタールになりたいなって思ったんです。元の世界だと悪女でしか無かった彼女が、何よりも愛おしい存在と思われる女性って思われてるの素敵だなって。
解釈の違いだけかもですけどと穏やかに笑う仔犬のその笑顔は男子校に放り出すには愛らしすぎる。
「ファム・ファタールと呼ばれる女性はどのような人だと思う?」
「そりゃやっぱり、スタイル抜群で色気があって、大人の女性!……って、そう感じじゃないんですか?」
俺の表情を見て少し不安そうな仔犬。
コロコロと表情を変えるところも本当に子犬のようで、………………恐ろしさすら感じる。
「そうだな、まずファム・ファタールは人名てはない。そしてそう呼ばれる女性は確かに一般的にはそう思われがちだ。だが実際は違う」
ファム・ファタールは、純粋無垢で、少し背伸びをして、何事にも前向きに全力で取り組み、人を思いやる気持ちのある、可憐な、仔犬のような女性にこそ当てはまる称号だ。
男は結局、お前のような優しさをもちあわせた少女のために何もかもを放り投げてしまう。
俺だって今まさに、担任だからとはいえやらなくてもいい、授業にも単位にも関係のない講義をこうして彼女のためだけに自ら持ちかけて行い、学園長の少なすぎる彼女への小遣いに俺の懐からも少しばかり追加し、彼女に邪な目線を向ける駄犬ども躾を行い、彼女が学園を卒業した暁には養父としてでも構わないからそばに置こうとまで考えている。
ある意味何よりも彼女を優先している俺こそファム・ファタールたるオンボロ寮の監督生に魅入られた男なのだと言えるだろう。
そんなこと、彼女の前で言う気はしないが。
「さてな。それこそ、お前自身が研究する必要があるんじゃないか?それよりもどうしてそんなことが気になる」
「あっそれ聞いちゃいます?実は気になる人がいるんですが、その人に面と向かって好きなタイプとか聞けないし、だからその人の運命の人ってどんな人なのかなって考えたら……」