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    @conishi524

    地雷がある方は閲覧しないでください。

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    イエスとピンクの花束を【全年齢版】現パロ
    地雷がある方は読まないでください。


    快晴と、白い砂浜から生まれたエメラルドグリーンの海。
    海って、水深と砂の色とで見える色が変わるらしい。浅ければその分砂の色の影響が強く、その上こんなふうにエメラルドグリーンになるんは真っ白な砂やないとアカンのやって。

    ココは某国リゾートアイランド。

    ウチのイエが経営するリゾートホテルの海外支部の中でも人気のある、水上コテージを併設した高所得層向けのラグジュアリーホテル。レストラン、バー、ラウンジはモチロン、エステ、ヘアサロン、サウナ、フィットネスジム、屋内外のプール、島内には専用ゴルフ場も。
    最高品質の教育を施したコンシェルジュが常在している上、万が一のトラブルに備え正社員から学生アルバイトまで、従業員には皆ホテル近郊に居を構えてさせている。

    ウチは今、そのラグジュアリーホテルで夏季休暇……と称した視察……と称した夏季休暇をマンキツしとるトコロ♡

    おべっか使いの役員連中や他の客に絡まれるンがダルいモンで、ハシッコにあって周りのコテージからキョリのあるイチバンの特等席を確保させた。
    日がな一日気ままに過ごし、カラダがナマらんよう走ったり泳いだり。
    モチロン仕事も適度にしとるよ。
    折角の休暇やのに、ネットとPCさえあればドコでも仕事が出来る言うんも考えモンやね。
    朝起きて着替えて、今日は何しよとメシ食いながら考えとったら社用の電話が鳴った。ココの支配人からやった。
    クロワッサンかじりながらシブシブ出たると、ドルフィンウォッチングを担当している現地従業員からトラブルが発生していて相談に乗ってほしいとのコト。

    「何でウチ?イルカなんて専門外やワ」
    『ナオヤサンの方から是非ウエに上げて欲しいんですよ~。まずは状況確認、して頂けませんか?』
    「ウチをパイプ役に使うなんて、アンタもズイブンエラなったねえ」

    ドルフィンウォッチング、イルカの繁殖期を利用して行ってるツアーらしいけど、何や今年は一匹のオスイルカにメスイルカ達が惚れ込んでまってて、メス同士の諍いが起きたり、パートナーの見つからん他のオス達がピリピリしてまってツアーにならんっちゅう話。
    生まれてこの方この島育ちのツアーコンダクターのオッサンが参った参ったと訛りのツヨイ英語で捲し立てる。
    そんなん知るかいな……。
    金でどーにもならんコトはどーにもならんのとちゃう?
    とりまウチはウェットスーツに着替え、プロのダイバーを伴い沖に出た。
    海中でダイバーがユビ指す方向を見ると、遠目でもわかるホドの数のイルカの群れ。
    確かにヤッとるイルカの周りに無数のメスイルカが群がって遊泳しており、行為が終わっても離れず付きまといケンカなっとる個体もおるようやった。
    群がられとるオスイルカはウチらニンゲンを気にも留めず、近寄ってきたメスイルカと次々ヤッとる。イルカは一夫多妻とはいえ限度があるというモノ。
    ようは、あのイロボケイルカからメス共を引き離せばイイワケか。
    陸に戻り、ホテルの裏に併設されとる自社オフィスビルの地下へ。
    昔、本社が現地でやらせてたイルカの生態研究チームがあった。パパの社内のオンナの趣味やったンけど、そのオンナがパパを捨てて若いオトコと起業したモンで解散させられたらしい。
    その研究資料が今でも保管されとったからソレに目を通す。
    遡ると、何年か前の資料にあのオスイルカらしき記述があった。

    暖かく、浅瀬に生息しているイルカホド体は小さいのが基本らしいが、あのオスイルカ……観察チームは【104号】と呼んでいたようやが、一般的な個体よりカラダが二回りも大きく、体長での分類によるとヨユーでクジラとなるとのコト。どういうこっちゃ。
    クチバシのミギの付け根にキズがあり、ソレは幼体の頃他のオスイルカにつけられたモノ。五年も経つと周りのイルカの大きさを上回り、自分にキズをつけたそのオスイルカを殺して食ったそうや。
    非常に知能が高く当たり前やが力も強い。
    水上コテージ周辺にはイルカ避けの忌避装置が設置されておりイルカがコテージに近づいてイタズラ出来んようになっているが、104号は平気な顔で近づき、海面から尾を出して叩きつけ宿泊客をズブ濡れにしたり、食べ物を奪ったりしとる。
    イチバン被害がヒドかったトキはコテージ桟橋でバーベーキュー中の家族を水しぶきで追い払い、桟橋に上がりコンロの肉をたいらげ、従業員が駆け付けた瞬間身を翻して逃げたという。その時の飛び込みの飛沫で従業員も炭火のコンロも食材も海に落ち、104号はゆうゆうと肉だけ食べて去っていった。
    忌避装置の音波が効かないかと思えば、一方でフツウのイルカが聞こえない距離の音を聞き取ることも出来て、三百メートル離れた場所で鳴らした犬笛に反応しコチラへ寄ってくることもあった……。

    ウチはコレを利用して104号を忌避装置の範囲内におびき寄せ、エサで足どめをすることにした。

    サッソクダイバーに潜水させたが、104号の大きさにビビったカスはクソイルカに舐められエサの入った網を奪われオメオメと逃げ帰ってきおった。
    ウチはキレて、支配人に追加でエサを持ってこさせると使えんダイバーのケツを蹴っ飛ばして今度は自分で潜る。
    岩場を背にし向き合うと、104号はさっそくエサを奪おうと急進して来おったが、ウチは黙って正面から睨みきかせる。
    研究資料には104号が人間をケガさせた事例は載ってへんかった。このイルカは賢いからラインをわかっとるんや。ニンゲンをケガさせたら駆除される言うんが。
    逆にラインさえ超えなければ、愛くるしい隣人としてある程度は許容される。
    案の定、104号は直前で身を翻して尾の先さえもウチに触れさせん。
    とたんに距離をとってウチの周りをウロツキ出したので、網からトビウオをイッピキ取り出して手を離さずに前に突き出し、とりに来いと命じた。
    104号はユックリ近づき、ウチの手ェからキヨウにトビウオ受け取るとまた離れた。時間稼ぎのために間を置いて、でもコイツが焦れて立ち去らんようにエサを与える。
    とりあえず今日はエサをあげるまで。でもコイツは賢いそうだから、躾ければ今後悪さをしなくなるかも。
    手持ちのトビウオが無くなると、網を逆さにしてオシマイ、と伝える。104号はスグに理解して、スイッと巨体を翻し沖に帰っていった。
    海上に戻ると、ツアーコンダクターのオッサンが語りだす。
    104号は何年か前にツガイを得て、子供も生まれたが、すぐにそのツガイが病死してしまい子供を置いてどこかへ消えてしまったらしい。子供は群れが育て立派に独り立ち出来たが、ソレと入れ替えに104号が急に姿を見せたくさんのメスイノレカを侍らせるようになった。ツガイを失った心の穴を、たくさんのメスイルカで埋めているのかもとオッサンは言う。
    ふうん。畜生風情がそこまで考えてるとも思えんケド、104号は他のイルカより賢いから、そういうこともあるんかな、とウチは沖に沈んでいく太陽を見ながらボンヤリ思った。





    それから何日か、エサを囮に104号をおびき寄せ時間を稼いだ。
    104号が沖を離れる時間が増えるホドにメスもオスも関係性が正常化してきて、ツアーもぼちぼちうまくいってるようや。
    104号はあの日イッパツでウチを覚え、その後はイタズラに急進したりすることもなく素直にサカナを受け取る。手を伸ばすとクチバシを触れさせてくることもあった。
    今日は風が強くちょい波が高めだったケド、海の中では関係ないかと犬笛で104号を呼び出し潜る。
    いつもどおり岩場を背に104号にサカナを手渡ししていると、急な大波に圧されレギュレーターが外れてもうた。リカバリーしようとホースの根元を辿るも、背後の岩場に引っかかってしまっとって、更に追い上げるように波で海中が揺れ、ウチは岩場に強かに側頭部をぶつけてまう。
    視界が一瞬暗く濁った。どうやら血が出とるようやったが、それすらも波に揉まれて即座に霧散していく。
    少々アタマが眩んどるがケガの程度は問題ない。が、レギュレーターが外れた際にかなり空気を吐いてしまっとる。早よ水面に出な……。
    朦朧とする意識の中、岩場に引っかかったレギュレーターを外そうと試みたがナカナカ外れん。
    グッとクチビルを引き結んで耐えとったが、カラダの中からムネの真ん中がドン!ドン!と叩かれるような衝動が走り、手で押さえたが間に合わずクチを開いてまった。ガバッと海水がノドを塞ぎ、自分の立てた水泡でほんのわずか目の前のレギュレーターすら見えんくなる。自分で思っとるよりも動揺しとったようで、ボンベを捨てる選択肢が浮かばんかった。
    また大きく波が圧し寄せグンと強い力で後ろに引かれ、カラダが振り回される。

    終わった。
    こないアホな死に方したなかった。

    海中の波が力強くカラダを揺らす。モノスゴイスピードで景色が動き、ウチはグッタリと手足のチカラを抜いた。

    「ッハア!?ガハッ、カハッ!」

    反射で目を開いたら鋭い光を直視してまい目の前が真っ白になる。
    息が……出来る!!
    まだ回復しとらん視界の中、激しく咳き込み水を吐きながら必死で目の前にあるモンにしがみ付いた。
    涙、鼻水、ヨダレ、顔から出せるモン汗以外全部出とる……。ようやっと吐き気が治まり、日除けに俯かせとった額をユックリ上げる。
    深い……ブルーグレー。

    「ハァッ……ハァッ……ハァッ………………104号……」

    ジッとその場に身を浮かせてウチをしがみつかせてくれとる。
    柔らかくて硬いゴムのような手触りにユビを沈めた。
    104号は大きな波が来るとカラダを揺らせて、ウチを引っ張り上げてくれてる。そうしてウチが落ち着いた頃合いを見て、コテージから伸びる桟橋へユックリ誘導した。精も根も尽きカラダを預けきるウチをほとんど背負うカタチで104号は泳ぐ。
    不思議と、104号が泳ぎだしてから波が治まったように感じたが、それはコイツが波の合間を縫って静かな場所を移動しているからやと気付く。
    それで少し冷静になって、自分の状態を確認した。レギュレーターのホースが途中で切れとる。104号が噛み千切ったんや。
    そんでウチを海中から引きずり出して、助けてくれた。

    「…………………………」










    ウチはあの後、異変に気付き慌てて駆け寄ってきた従業員に担がれてホテルの医務室に連れていかれた。
    少々寝てスッカリ回復し、夜には自分のコテージへ戻った。海はスッカリ日頃の穏やかさを取り戻しておって、昼間ウチにキバを剥いたんがウソのようやった。
    桟橋で犬笛を吹く。
    ややあって104号が近づいてきた。月明かりがチラチラと反射する水面からサンカクの背ビレがよお見える。
    ロープのかかっているボートに乗り水中に手を入れて振ると、104号はスグに気付いてツンとクチバシをテノヒラに触れさせる。
    引く手に合わせて海上に顔を出した104号にそっと両手を伸ばしてお礼を言いながら撫でる。甘んじて受け入れる104号。
    資料に合ったクチのミギハシのキズを撫でると、気持ちよさそうに口を開ける。
    ウチはコッソリ厨房から持ちだしてきていたツアー客のバーベキュー用の肉をクーラーボックスから取り出すと、104号のハナサキに差し出した。

    「今日だけ特別、内緒やで」

    肉を全部平らげた後も104号は離れて行かず、ウチのテノヒラをカラダのどこかへ触れさせながら、ボートのヨコに寄り添い揺蕩っていた。





    その日からウチは岩場を背に潜水してのエサやりをやめ、海上メインで時々素潜りしながら104号にエサをやるようになった。
    ウェットスーツもフィンもボンベも脱ぎ捨てタダの水着で海に飛び込むウチを、支配人はじめ従業員が遠回しにたしなめる。ウチはそんなんマルッとムシして冷凍倉庫からサカナを拝借した。

    「トージクンがおるからヘーキッ」

    犬笛を思いっきり吹いて、三角のビキニで桟橋を駆ける。

    「トージ・クン……?」

    従業員は聞き慣れん単語にクビを傾げる。
    水面を飛び出すサンカクの背ビレを見つけて、ウチは走る速度を上げた。ヒールサンダルをポイッと放って木板を蹴り上げ、海にダイブする。

    「名前!104号じゃ呼びづらいし!」

    104号改めトージクンとリゾ-トを満喫する。
    一緒に泳いだり、背中に乗ったり、夕陽を眺めたり。トージクンは一日の大半をウチと過ごすので狩りに出なくなった。たまに沖まで行ったときに魚の群れに飛び込んでつまみ食いすることはあるケド。
    だからウチがエサを貢ぐ。
    トージクンはカラダがデカイからエサの量もハンパない。ウチは大体二十キロくらいあげとるケド、コレッて水族館のイルカの倍量くらいなんやって。
    野生のんと違おて冷凍するとビタミンが壊れてまうから、飼育下のイルカにはビタミン剤をサカナ仕込んで与えるらしい。
    でもトージクンはそないことせんでも、ウチがビタミンの錠剤ポオンと放ればパクッとキャッチして食べてくれる。手間のかからんエエコや。
    水温が下がってきたので一旦海を上がり、シャワーを浴びて着替えてからまたサカナを持っていく。
    最近毎日サカナ触っとる。ウチ、かなりサカナ臭いンちゃうかな…………。

    「明日はウチもツアーボートに乗って沖に出るんよ…………フフ…………トージクンも来る?」

    暖かい風が髪を撫でる。微睡みながら海面に手を伸ばし話しかけると、トージクンはカカカと鳴いてウチのテノヒラを突っついた。





    次の日の朝、何やらオモテの様子がおかしく目が覚める。
    マドから覗くと、コテージの外を激しい水しぶきが舞って桟橋の木板を強かに打ち付ける大きな音が絶えず響いとった。
    慌てて様子を見に行くと、トージクンがブルーグレーのブアツイシッポで海面を狂ったように叩き回っとる。
    トージクンはウチに気付くと桟橋に体を乗り上げ、口をパクパク開閉させてギギギと聞いたことのない声で鳴いた。
    コテージに戻り持ち出していた研究資料を調べると、ギギギという鳴き声はバーク音いうて、興奮した時や威嚇の時に出す音のようや。

    何かを知らせたがっている?

    意思の疎通が図れれば…………トージクンは賢い。恐らくある程度ウチらニンゲンの言うとることも理解しとるようやし、ワンチャン文字がわかるかもしれん。
    タブレットやキーボード、じゃ流石に小さすぎるか。

    「…………せや!」

    従業員を呼び出し、子供用プールにあるアルファベットブロックを持ってこさせ桟橋に並べる。ブロックは子供が抱えられるくらいの大きさで硬いスポンジ製やから、コレやったらいけるんちゃうか。

    「トージクン!」

    野生のイルカに呼びかけるンを見て、従業員はウチがおかしくなったと思ってドン引きしとる。オマエらトージクンをタダのイルカ思て舐めンなよ!
    ウチの意図が伝わり、トージクンはアルファベットブロックをヒトツヒトツ見てから、その場で軽く跳躍してクチバシで突く。
    四ツ目で動きが止まった。

    ARAS?

    思い当たる英単語がない。ネイティブの従業員も一同不思議そうにしている。
    トージクンが続けてブロックを指す。
    さっきまでと同し、ARAS。
    検索でも出てこん。もしかして、トージクンが間違えとる?イヤ、トージクンに限ってソレはない。ウチはトージクンを信じる。ウチに一体何を伝えたいん?
    トージクンは繰り返しARASのブロックを突いて、ブロックの置かれた桟橋の前をウロウロと行ったり来たりしとるようやった。よく見ると、視線がブロックに向いとる。それから、ウチへ。
    倣ってウチもブロックイッコイッコに視線を滑らしてった。

    「………………オイゴラカス共ォッ!!」
    「エッ!?」
    「ABCもマトモに揃えられへんのか雑魚ッ!!」

    二十五。
    ブロックの数が、イッコ足りん!!
    目を滑らせる。足りてへんのは…………

    「I…………ARAS、I」

    あらし…………嵐。

    トージクン、日本語圏やったん!?

    ひとり驚愕しつつも、従業員に命じて沖に出てる船を急ぎ戻させる。ホテルの通常業務を最低限の人数でこなさせ、ツアー客への謝罪と補填に回らせた。
    そうこうしてるうちに沖にブアツくて黒い雲が現れ、ポツポツとした雨が振り始める。ハナサキに感じた雨粒は、そののち一瞬で機関銃のような強い雨に変わった。
    コテージの戸締りを確認して回らせる。風が強いので、飛来物防止にシャッターも下ろす。
    客のスケジュールを確認させ、コテージへの待機とケアに奔走する従業員。休みの従業員にヘルプを要請したので間もなく落ち着くやろ。
    シャッターの閉まった真っ暗な室内で激しい雨の音を聞きながら、ウチはトージクンのコトを考える。
    あの後、おざなりに礼を言って対応に回ってしまったから、トージクンがどうしたのかわからへん。

    「イルカって嵐のときどこにおるん?大丈夫なん?」

    ウワの空で報告を聞くウチに、さあ、海に住んでるんだし、大丈夫じゃないんですか多分?と使えん支配人は言う。
    報告はメールでくれと支配人をコテージから追い出し、ベッドに飛び込んだ。
    激しく屋根を打つ雨、ゴウゴウと唸る風、海を穿つ雷……。
    ウトウトしながらも不安で眠れずにいたが、気が付くと意識を失っとって…………次に目を開けたとき、シャッターのスキマから白い光のスジが室内に走っているのを見た。

    朝や。

    「トオジクーーーン!!!!」

    跳び起きて、早朝の沖に向かって大声で名前を呼ぶ。
    犬笛、ベッドサイドや。
    取りに戻るんもモドカシク、陽光で泣けるホド眩しい地平線に向かってトージクンの名前を叫び続ける。
    沖で一頭、イルカが跳ねた。
    ウチは桟橋から服を着たまま飛び込む。寝間着とはいえ着衣のままだと思ったように泳げず、イラだって服を脱ぎ捨てる。
    ガムシャラに泳いでる内に、ごくごく近くで大きく水飛沫が立った。

    ブルーグレーのハダ。
    トージクンやった。

    「トージクン……ッ!!」

    必死で両腕をトージクンに伸ばす。
    テノヒラに硬いゴムみたいなクチバシが触れて、ウチはようやっと安心出来た。
    トージクンはいつもと変わらん様子で、クチバシに縋りつくウチをそのままに泳ぎ出し、桟橋に引きずっていく。
    桟橋についてもウチはトージクンから離れようとせず、ギューッと抱き締める。

    「大丈夫やった?どこもケガしてへん?」

    トージクンは不安そうにするウチにクチバシでキスして顔を上げさせる。ウチは自分からもクチビルを寄せてキスに応じた。

    「また助けてくれたんやね」

    朝の冷たい海水で体温が下がっても離れたがらないウチにボートに乗るよう促し、傍で浮かびながらフタリで微睡む。
    ゴムみたいなトージクンのハダを撫でてる内に眠気が訪れ、カンカンの朝陽を浴びて二人でそんまま二度寝した。









    ウチはマスマストージクンにのめり込み、仕事するンもメシ食べるンも桟橋に出てトージクンと一緒に過ごしながらするようなった。
    木板のハシッコにコシ掛けて、ブラつくアシをトージクンのヒンヤリとしたセナカに乗っけて涼む。トージクンは基本的にウチの好きにさせてくれとって、飽きるとイタズラにアシのウラをクチバシでくすぐった。

    「フ、フフ!アホ!こちょばいから止めんかい!」
    「カカカッ、カカカッ」
    「わかった、わかった!もお仕事オシマイ!一緒に泳ご?」

    ウチは薄手のワンピースをサッと脱ぎ捨てると、風で飛ばんようタブレットとPCを文鎮にしてから水着で海に飛び込んだ。
    スグにトージクンがウチの周りをグルグルと泳ぎ回る。加えて今日は、不思議ソーに前から後ろからウチを眺めてカオを傾げるような動作をした。

    「ぷはっ……!」

    ウチが水面にカオを出すとトージクンも着いてきて、そのツブラな、でもどこかネムソーなダークグリーンの目と見つめ合う。

    「チュッ」
    「カカカッ」
    「フフ、もしかして気付いた?」

    今日のビキニはニューフェイス。
    エメラルドグリーンのサンカクはこの海の色で、ヒモは砂浜のシロ。

    「昨日朝メシ食うた後抜けたやん?そんとき買うてきてん。似合うやろ?」

    そう言うと、トージクンは水中に潜って水着を検分するようにウチの周りをウロついた。ウチは水着がよお見えるように立ち泳ぎでクビから下を海につける。
    トージクンはコーキシン旺盛にビキニのサンカクを色んな角度から眺めて、クチバシでツン、ツンと突っつき始めた。







    「…………………………」

    ウチは今、イワユル“賢者タイム”に入っとった。

    確かにトージクンのコトは気に入っとるケド、イルカやん?ちょお入れ込みすぎやろ。シーシェパードに見つかったら睨まれるンちゃうか笑
    イルカ相手におニューの水着買うて承認欲求満たすって、ウチ、欲求不満なんかな。トージクンに会ってから他のオトコと遊んでへんし、その説が濃厚やね……。

    「ッシ。たまにはバーで酒でも引っかけながら物色するかア」

    トージクンには早目の夜メシをあげて、出かけてくるな、と伝えた。ツンッ、ツンッとテノヒラを啄ばむように突くクチバシに罪悪感が…………湧かんて!!イルカに操立てって!!
    コテージに戻り軽くシャワーを浴び、黒のドレスワンピに着替える。メイクをして、十八センチのヒールを履くとそこらのオトコじゃ横に並び立つんも烏滸がましいカンペキなオンナが出来上がる。
    ウォークインのミラーの前に立つ。

    ウン。
    やっぱウチの隣には二ツ足でハダがペールオレンジのオトコが相応しい。

    イチョウの葉みたいな尾ビレとブルーグレーのハダのコトは忘れよ。
    ホテルのラウンジに足を踏み入れると、途端に視線が集まる。連れ合いがいるオトコも、オンナですらも。
    支配人がスグサマ侍ってきて煩わしく追い払う。
    バーラウンジのカウンターに掛け、酒を飲む内に、幾人かのオトコに声を掛けられる。その中でマアマアのを選んで、オトコのエスコートで早々にバーを後にした。
    エレベーターのフロアボタンを押さずにオトコがウチにお伺いを立てる。

    「貴女の城に招かれたいな」
    「ハア?」
    「都合が悪い?」

    オトコは無理強いするつもりはないようで、自分の部屋のフロアボタンをアッサリ押した。

    都合が悪い?ンなワケあるか。

    アタマに過ったグレーのシルエットを掻き消し、オトコの行く手を塞ぐようにエレベーターのカベをヒールで蹴りつける。
    オトコは困ったように笑いトビラが閉まるのを待って一階のボタンを押した。
    コテージに着いてもオトコはがっつく様子もなく、ウィスキーをグラスに注いでソファでヒジをつくウチに手渡した。
    距離を詰めすぎず隣に座り、手を伸ばして髪を一房抄う。
    ジィと見つめて続きを促すとオトコはユックリ身を乗り出して……、

    ザバーーン!!バキバキ!!

    場にそぐわぬ桟橋のホーからエライ轟音が響いて、フタリして目を剥く。

    「ちょっと見てくる。ココにいて」
    「アッ、待ちや!」

    オトコは振り返らず桟橋へのトビラを開いた。

    「ワッ」

    そしてスグ閉じた。

    イヤ読めるワさすがに。
    止めるオトコをシカトしてドアを開けた。
    深夜であろうとも月と星とで穴だらけの空。完全な暗闇は生まれないこの島で、切り取ったように地平線が黒く塗り潰されとる。
    桟橋の上に何かがおった。

    「トージクン!」

    いつもウチがコシ掛けとる桟橋にその巨体を乗り上げて、シッポを上下に激しく揺らしとる。その重みを支え切れるワケもなく、いくつかの支柱が無惨にも折れて藻屑となり暗い海面を漂っとった。
    折れて剝き出しになった木片がトージクンのハダをキズつけて血がカラダを這うように流れとった。

    「ドアホ!!何やっとんねん!!早よ海戻り!!」

    駆け寄って巨体を押し促すと、しばらくウチを不満ソーに睨みつけた後、トージクンはゴロンと転がって海へ落ちた。

    「あっ、ちょっ待っ、」

    ドボーンと水柱が立ち、ザザザザと頭上から大量の海水が雨となって降り注ぐ。ウチはソレをモロに喰らい、巻いた髪も、キメた化粧も、シュッとしたドレスワンピもダイナシの、ビショビショの濡れ鼠になった。
    トージクンは海面からシッポを高く上げ海面に叩きつけ、ダメ押しに津波のよーな飛沫をウチにぶつける。

    「………………………………」
    「あーー………………大丈夫?」
    「こン……ッのクソイルカーー!!」

    ケンカなら買うたるとナカユビを立てると、ギュイギュイ鳴きながら沖へ向かって泳ぎ出す。

    「逃げンなや根性ナシがーーッ!!」

    海面を割く背ビレが月明かりを反射してキランキランと光り、ドンドンドンドン遠ざかる。しかしその光がクルリとミョーな動きを見せたと思ったら、今度はドンドンドンドン近付いてきて、イキオイつけて海面から飛び出し桟橋に再びその巨体を叩きつけた。
    桟橋はホボホボ破壊された。

    徹底抗戦や!!

    「何のツモリや!!こない悪さして、タダで済む思てへんやろなッ」
    「…………………………」
    「何やのその反抗的な目ェ。言いたいコトあるんなら言うたら」

    トージクンはクチバシをそうっとウチのコシに寄り添わせ、

    思っくそアタマを振りウチを海にフッ飛ばした。

    ザバー!!とアタマから海面に突っ込み、怒りでコメカミの血管をブチブチ言わしながら沈む。海中で反転して水面に出ると、トージクンはスデに桟橋にはおらず、今度こそ沖へ逃げて行ったようやった。

    「Fuckin' hog!!!!」

    揺れる水面を拳で叩き付けても、あない水柱は立たん。

    ホンマ、とんでもないヤツ。

    自力で桟橋によじ登ると、オトコがウイスキーグラス片手に手を振る。窓の桟に置いたもうヒトツのグラスをウチへ手渡す。

    「アンタまだ居ったん」
    「風邪引くよ」
    「……………………」
    「とんでもないボディーガードだね笑だから部屋に呼びたくなかった?」

    ウチはグラスを煽り、ボトルから並々ウイスキーを注ぎ、ソレを目の前の二ツ足のペールオレンジにブッかけた。

    「…………………………」
    「ウチがタバコに火ィ点ける前に消えや」

    オトコは物分りよく、肩を竦めてコテージを去った。
    マアマアのオトコやと、そう思って連れてきたのに、もおカオも思い出せへん。

    ウチのアタマにあるんは、イチョウの葉みたいな尾ビレと、ブルーグレーのハダだけ。














    サマーバカンスは永遠やない。

    夏季休暇……と称した視察……と称した夏季休暇は、明日で終わる。今日の夜の飛行機で、ウチは本社のある日本に帰らなアカン。
    豚野郎とトージクンを罵った夜、ウチは自分のココロに気付かされ、次の日の朝は早起きしてトージクンと仲直りをした。
    犬笛を吹いてトージクンのサンカクの背ビレが海面から姿を見せたとき、どれホド安心したか。

    トージクンは野生のイルカや。

    休暇中ずっと一緒に居れたんは、トージクンのキマグレにすぎん。
    ソレに思い至ってからはずうっと怖かった。不安そうなウチにトージクンは寄り添い、まるで慰めるようにいつも通りエサを強請る。イヤ、コレはただただ卑しいだけかもしらん。
    一日、一日と帰国日が近づくにつれ、より長い時間をトージクンと過ごすようになった。
    どんなけこの日が来て欲しなかったコトか。
    でもトージクンにちゃんと話せなアカン。
    ウチはギリ東京のハシッコにあるしょぼくれた水族館を買い取り改装し、トージクンを船で移送する手配をしていた。

    そう。
    密輸や。

    船員は信用のおけるルートで用意した船旅と海洋生物のエキスパートで固め、税関に賄賂を払い、日本についてからの運搬ルートも確保した。
    ただたったヒトツの問題は、トージクンがどう思うてるかやった。
    ソレがわからないから、帰国前日の今日この日まで、トージクンに話を出来んかった。
    改装した水族館はイルカの飼育に十分対応しとる。規格外のバカデカイ水槽も用意できた。
    ケド水はエメラルドグリーンやないし白い砂浜もない。風も、波も、雨も、何にもない。この島の海に敵うトコロなんて何もないねん。

    トージクンにはこの海のホーが似合うとる。

    今日は、お別れを言うコトになるかもせん。
    トボトボ桟橋を歩く。
    犬笛で呼ばんでも、ウチのアシオト聞いてトージクンはスグに海面にカオを出した。
    ツルツルの長いクチバシ。ダークグリーンのちょっと眠そうな目。セナカのサンカク。イチョウのシッポ。ブルーグレーのハダ。
    目に見える何もかもが愛しくて泣けてくる。

    「トージクン、ウチ」
    「……………………」
    「日本に帰んねん。明日、ココを発つ」

    ウチの様子から何や感じ取ったンか、トージクンは大人しくコチラを仰ぎ見る。見つめ返して、シッカリトージクンをこの目に灼き付けたい。そう思っとるのに、思えば思うホド、トージクンを見つめれば見つめるホド、目の奥から涙が溢れてきて煩わしい。

    「トージクン」
    「……………………」
    「ウチと一緒ンなってくれる?」

    静かや……。
    波も立っとる。風も吹いとる。何やよお知らん鳥も鳴いとって、遠くからは観光客のハシャグコエが聞こえて、ドッチも喧しい。
    それなのに、世界の終りの日ィみたいに静寂を感じる。世界の終りの日って静かなんかな。知らんケド、ウチにとっては今日がその日や。
    トージクンはボロボロ泣いとるウチを不思議そうに眺め、クビ(クビなんてないが)を左右に何度か傾げ………………意味わかんねって感じに沖に向かって泳ぎ出した。

    ウチ………………………………………………フラれた?

    「ウゥウウウ゛ンッ!!!!」

    ヒザから頽れて、桟橋を思ックソブン殴る。
    クソッたれ!!クソッたれ!!ウチはバカなオンナや!!
    トージクンのためとか何とか言うて、本心では有無を言わさずトージクンを連れて行きたくてシャーナイクセに!!お伺い何ぞ立てずに、トージクンを輸送船に勝手に乗せて日本に連れて帰れば良かったやん!!今までずうっとそうしてきたやろ!?
    やりたいコト、欲しいモノ、ガマンなんてせん。ソレで離れていくモノなんて所詮、ハナからウチには必要なかったってコト。
    トージクンだって同し。

    「ンなワケあるかァッ…………!!」

    ガマンするから。
    ホンマはトーキョーに連れて帰って、ずうっと一緒に居りたいケド、ガマンするから。
    水族館、改装して自宅にしたんよ。でもソコにトージクンが居らんでもエエから。
    休みのたんびに会いに来てもエエ?フユとナツ。あと有給も全部使って会いに来る。
    一日たりとも離れたくナイケド、ガマンする。全部トージクンの自由にしていいから…………

    「ウチのコト、好きでいてくれる…………?」

    波も立っとる。風も吹いとる。何やよお知らん鳥も鳴いとって、遠くからは観光客のハシャグコエが聞こえて、ドッチも喧しい。
    それなのに、世界の終りの日ィみたいに静寂を感じる。世界の終りの日って静かなんかな。

    ウチにとっては、今日がその日や。










    バシャーン!!

    聞きなれた音。容赦ない大量の海水がバケツ引っくり返したみたいに振ってきて、アタマッからスブ濡れンなる。
    カオを上げると、目の前には大きく振りかぶられたイチョウの葉みたいな尾ビレ…………、

    バシャーーーン!!

    シッポが海面に叩きつけられ、ウチは再び大波を喰らい引っくり返る。ウシロに転がったヒョーシにエルメスの十六万のサンダルがカタッポ脱げて飛んだ。

    「ゲーッゴホゴホッ!!何゛してくとんッ!!」

    ゼエハア言わしながら上体を起こし、ブジだったサンダル八万円分を投げつける。ヒョイと躱されて水底へ沈んだ。
    トージクンはその場で立ち泳ぎして見せ、珍しくクチバシを閉じたまんまカカカッと鳴いてウチを呼ぶ。

    「何なん今サラ……ウチ今傷心中やねんケド」

    とは言え三度大波を喰らうのはごめんやと、ヨツンバイでダラダラ近づく。
    桟橋から覗き込むようにしてトージクンと目を合わせると、グンとイキオイをつけてカラダを持ち上げ、ウチのカオの高さでクチバシをパカッと開いた。

    「トージクン…………」
    「キィ、キィ」

    ニンゲンのアタマがスッポリ入りそうなホド大きなクチの真ン中に、鮮やかなサンゴのデッカイ塊。
    手を伸ばして受け取ると、スライムみたいなヨダレも一緒についてきてビヨビヨ弾んだ。ヨダレのでんでん太鼓や。
    サンゴを持ったままボーゼンとしとると、トージクンはまたカラダ持ち上げてキヨーにウチにキスをする。

    「トージクン………………ト、ジク゛、ゥ、」
    「カカカカカッ」
    「サ゛コ゛礁゛破゛壊゛し゛た゛カ゛…………ッッ!!!!」

    トージクンは身を反らして飛び付いたウチを抱き留めてくれた。そんままグルングルン立ち泳ぎのまま回転する。だんだんテンション上がってまったんかスピードがエゲツないなって、桟橋に下ろされた瞬間にまたしても引っくり返った。
    トージクンはウチのサンダルを十六万円分拾って不思議そうにウチを見ていた。










    その後ウチらは、トージクンを日本にブジ密輸し、改装した特別製の水槽でたま~にショーをやったりして幸せに暮らした。専属トレーナーのウチがヒマやないから、ホンマにたま~に。
    ショーの内容は、丁半博打でトージクンがボロ負けしてシブシブワッカくぐりをさせられたりするやつです。



















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