きみに読む物語 こどもの声がする。
覚えのある少年の、夢うつつでオールマイトはそれを聞く。
「お母さんが缶詰とかいろいろ送ってくれたんだ」
ハァと気のない返事もまた、知った少年のものだった。
休憩室のソファにオールマイトは座っている。
すこし休むだけのつもりがどうやら眠ってしまっていたらしい、気づけばかたわらには少年がふたりいて、手持ち無沙汰げに雑談をしていた。
OFAの継承者とその幼なじみの少年だった。
ふたりはテーブルをはさんで向かいあっている。爆豪がこちらの前に、緑色の頭はとなりにあって視界の端をちらちらとする。
現状や今後の課題を確認するためにふたりを呼びだしたのは自分だったなと、まださめやらぬ頭で考えた。
いかんいかんと身を起こそうとした、そのときあのねとやわらかな声がした。
「家庭訪問のとき、おかあさんはオールマイトに立ち向かうっていうか、僕がヒーローになることについていろいろ、怒ったていうかなんかそんなで、結局寮には入れることになったんだけどだからまだちょっとお母さんとしては反対みたいになってるところがあって」
僕がちゃんとしてないせいなんだけどねと、そういう声には苦笑の響きがある。
「むかし、僕の個性がないって診断されたとき、お母さんは僕にごめんねって言った。……僕、大丈夫だよって言ってほしかった。出久なら個性がなくてもヒーローになれるよってお母さんに言ってほしかったんだ」
こどもだよねと笑い、緑谷は先を続ける。
「だからいまヒーローになれて、そういうのでね、でもやっぱり心配されてるのがまだまだ不甲斐なくて」
訥々としてかぼそい声は、けれどハア? という恫喝めいた響きにさえぎられてしまう。
自分語り興味ねェわ、と爆豪がばっさりと切るのに、そうだねごめんねと緑谷が謝る。目をやらずともソファにふんぞりかえる少年とそのまえでぺこぺこと頭をさげる少年の姿が見えるようで、どうしてきみたちはそうなんだいと言ってしまいたくなる衝動をオールマイトはどうにかおさえた。寝たふりをして聞き耳をたてているなどと知られた日には、ヒーローの権威が地に堕ちてしまう。
とはいえそろそろ起きていることをアピールしてもいいだろうかと身じろぎしかけたところで、けれども爆豪が舌打ちとともにあのよと言った。
「こどもに個性がないとかあってもしょぼくてヒーロー向いてねェとかべつにおまえだけじゃなくて世間にまあまあありがちな話だろ」
「あ、うん、そうだねごめんね」
緑谷の声がちいさくなるのに、さらに盛大な舌打ちの音がかぶさる。
「うるせェクソがまだ話は終わってねェ黙ってろ。だからよ、親だってべつに本人じゃねェんだからガキに個性がなくてヒーローになれねェなんて言われたところで、そんなん自分のせいじゃないとかおまえががんばらなかったからだとか自分のことを恨むんだろとか、めんどくさけりゃそういう責任転嫁と論点ずらしで本人に押しつけて終わりだろ。おまえんちの親がごめんねっつったの、おまえがしんどいのとか無個性とかそういうのぜんぶ自分が背負いこんでおまえの荷物軽くしてやろうって、それこそ個性なんて関係ねェヒーローっていうか、だいたいおまえんちの親むかしからずっとそんな感じだろうがよ」
いまさらオールマイトに勝ったって聞かされたって驚きゃしねぇわ、と爆豪は吐き捨てるように言った。ソファに背を投げ出しでもしたのか、ぼすんと景気のいい音がする。
しばらくの沈黙ののち、あの、とかすかな声がした。
「ちなみに勝ちゃんが個性なくて親御さんからヒーローにさせてあげられなくてごめんねって言われたら」
「黙れババアぶっ飛ばすぞっつってマジでぶっ飛ばして最短でヒーローになってオラなったろうがよって目にもの見せる」
もの言いははっきりとして迷いがない。そこにあるだろう少年の真摯なまなざしをオールマイトはおもい浮かべる。
ふたたびの沈黙、そうしてあははと笑う声がした。
「そうだよねえ、……そうなんだ。やっぱり勝ちゃんはすごいや」
「当然だクソナード、てめぇとは違う」
「うん、そうだね。違うよね」
「うるせえ黙れきもちわりィほいほい認めてんじゃねェ」
「どっちなんだよ」
わいわいと言いあうこどもたちはどのような顔をしているものか、声はどちらも明るかった。
もうすこしだけ眠ったふりをしていようと、オールマイトはほほえみながら目を閉じた。