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    46thRain

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    46thRain

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    付き合っていないロナドラのドラが、十数年の歳月をともに生きて髪を伸ばそうとする話。

    #ロナドラ
    Rona x Dra

     隣を歩く若造を見て――あれ、と思った。もしかして、もしかすると、一五年前の出逢ったばかりの頃と比べて、見た目が変化しているのでは? 二十代の頃の若造の膚はもっと瑞々しくて、髪も艶やかだった。けれど今は、昔ほどの輝きはない。もっともその美貌は衰えるどころか磨き込まれたような美しさがあるし、中身も多少堂々と格好つけられるようになったものの、セロリやら悪戯に対しては、相変わらず面白い反応を示す五歳児だ。
     けれど、隣の若造は冷静になって見れば、確かに昔とは違っていた。
     吸血鬼とて、姿を変えることはある。お父様も昔は艶やかな黒髪だったが、威厳を出すために白髪へと変化させた。それならロナルドくんも変身したのかしらん。一瞬だけ馬鹿げたことを考えて、すぐに違うと気付く。
     
     人間に変身能力はない――つまり彼は、年を取ったのだ。
     
     一人の変化に気付くと、街の面々もいつの間にか変わっていたことにようやく気付いた。むしろロナルドくんよりも、わかりやすいくらい変化している者も多い。ヌーヌル先生が教えてくれたもうすぐ四十歳を迎える男というのは、シワが増えたりハゲたり腹が出たりするものらしいが、その辺りの変化はロナルドくんにはなかったから。しいて言うなら、白髪はあった。銀色に紛れてよく見ないとわからないけれど、髪からきらめきが減ったように感じたのは、どうやら白髪が混ざったのも原因らしい。気付いてからロナ造の白髪の数を数えてみたら「視線が鬱陶しい」と殺された。理不尽である。
     しかしなるほど、これが年を取るということか。加齢なんて数字が増えていくだけの感覚しかなかったけれど、この時、私は初めて真実として老いるという現象を理解した。
     初めて何かを知ることは、いつだって面白いものだ。知識欲とでもいうのか、感性を刺激される。けれど、今回知ったそれは、なんだか全然面白くない。むしろ、知らないままでいればよかった、とさえ思った。
     別に年を取ってもロナルドくんはお馬鹿な五歳児だし、顔も無駄に美しいままだけれど、それでも、どうしてか面白くないのだ。
     だから、戻してやろうと思った。とはいえ、御真祖様やら吸血鬼の能力は、ロナルドくんも拒否するだろうし、何かしらの副作用がないとも言い切れない。
     ならば、膚や髪を磨くのはどうだろう。加齢はあれども、もっとケアをすれば多少は戻るはずだ。なにしろロナルドくんは自分の武器はクソほど丁寧に手入れするくせに、自分はおざなりな男である。改善の余地は充分すぎるくらいある。
     そう思って、ロナ造を風呂上がりに毎日構うようにした。ロナルドくんは最初こそいぶかしげな顔をしたものの、存外甘えたな男だから私が悪戯せずに手入れをしてやれば、身を委ねてくる。これまでも疲弊し切った時とか脱稿後とかは、手入れしてやった実績もあるだろうが、実にちょろい。
     そうして毎日せっせと私が手入れをすれば、張り艶を取り戻し少し若返ったように見えた。ついでに「禿げるぞ」と脅してシャンプーも私と同じ物を使わせるようにしたら、香りまでよくなった。悪くない結果だ。
     
     けれど――それでも、出逢ったばかりの頃とは、やっぱり違った。
     
     ロナルドくんのケアは続けるとしても、実に面白くない。どうにかならないのか。けれどそもそも、なんでこんなに面白くないのだろう。昔の若いロナルドくんの姿に執着していた? 多少、あるかもしれない。だって私の城に住まう彼は、ある種私の所有物みたいなものだし。誰だって自分が愛でる美術品が勝手に変化していたら、嫌だろう。
     でも、それは近いのだけれど、やはり違う気がして。なぜ面白くないのか、考えて考えて考えて――あ、と気付く。一緒に暮らしているのに、自分だけ仲間外れみたいな気がして面白くないのだ。
     気付いた時、一回羞恥で死んだ。幸いと言っていいのかロナルドくんとジョンはドーナツを買いに行っていて不在で、私は塵になったまましばらく動けなかった。
     だってあまりにも、恥ずかしい。実に子どもじみた考えだ。けれど、私が感じたのは確かに疎外感で、否定しようがない。だいたい己の本音を否定するのも、私らしくない。私は私が思うまま、快いままに生きるべきだ。
     だから、誰にも言わないけれど認めた。同時に、この不満を解消する手段も思い至る。
     疎外感を消すために、私が変わればいいのだ。とはいえ、膚の張りを失わせたり髪を傷める変身はできないし、そもそも変身を継続するなど、私には不可能。そこで思いついたのが、髪を伸ばすことだった。
     吸血鬼は成人したあとは血さえ飲んでいれば容姿を維持できるから、髪を切ったり伸ばしたりした経験は私にはない。だが、伸ばす方法もあったはずだ。能力とは異なるから、髭に教えられた覚えはないが、何か本で読んだ記憶がある。血を飲めば維持できるなら、断食ならぬ断血をすればいいのか? しかし、再生能力に支障が出るのも困る。
     父に相談してみると、むしろ血を飲む量を増やすことを進められた。そうすれば自分の望みに従って髪も成長していくだろう、とのことだった。
     翌日から試みることにした。すぐには変化はないが、毎日一滴でもいいから血を摂取して、髪の手入れをして――そうすれば人間よりも遅い速度ながら伸びていき、半年も経った頃には、うなじを隠す程度の長さになった。
    「お前、髪伸びたな」
     さすがのロナルドくんも気付いたらしく、風呂上がりの私をじっと見つめる。私は得意になって胸を張った。
    「似合うだろう? 私は可愛いからな」
     まあ十中八九拳が飛んできて「んなこと言ってねえわ!」とか言われるかと思ったが、ロナルドくんは殴らなかった。それどころか、穏やかにこう言った。
    「まあ、悪くないんじゃねえの」
     否定でも、肯定でもない。けれど素直ではない男なりの褒め言葉だと、賢い私は気付いた。途端に胸の内がじわっと温かくなった。手放しに褒められることに慣れた私にとっては物足りないくらいの言葉なのに、どうしてかロナルドくんのそんなちんけな言葉が、とても嬉しかったのだ。
     だから、それからもせっせと血を飲んで、手入れを頑張った。時々、伸びたうなじの髪にロナルドくんが触れた。さらさらと手触りを楽しむだけ楽しんで、何も言わない。その時間が、いつしか私の好きな時間にもなっていた。

     そうしてさらに歳月を重ね、髪を伸ばして三年も経つ頃には、短い尻尾が作れるようになった。鼻歌を口ずさみながら洗面所で髪を結んでいると、リビングからロナルドくんが駆け込んできた。
    「ドラ公、仕事が入った。俺、もう出るから」
    「そう。じゃあ私も一緒に行くよ」
    「構わねえけど……ちょっと厄介な下等吸血鬼らしいから、邪魔になんねえところにいろよ」
    「なに、ドラちゃんの八面六臂の大活躍を見せてやろう」
    「邪魔すんなつってんだろうが雑魚!」
     ぎゃあぎゃあと言い合いながらも、脚は小走りで目的地の駅前へ。すると、いかれた魔都らしいとでも言えばいいのか、カマキリに似た下等吸血鬼――ただしサイズは象並にでかい――が駅前にはいた。ちょっと気持ち悪くて、私は見ただけで普通に死んだ。
     私が死んでいる間にもロナルドくんは、すでに退治にあたっている仲間に合流して、下等吸血鬼の討伐に加わった。しかし、虫ケラのくせになかなか厄介な相手らしく、苦戦している。見ていると鎌の斬撃が強烈で、アスファルトや建物の壁、標札や自販機といった硬い物まで切り刻む始末。そして外殻が硬く、刃や弾丸がなかなか通らないうえに、時々奴は飛ぶ。
    「うげぇ、飛び方気持ち悪。ジョン、私たちはあっちに隠れていようか」
    「ヌン」
     ジョンを抱いて、路地裏へと向かう。駅前にも関わらず人の姿は見当たらず、どうやら吸対も動いているらしい。それなら市民の避難を終えたあとは討伐に合流して、この吸血鬼もすぐに片付くだろう。路地裏に入ると顔だけ出して様子を窺っていた――その時だった。
    「ひっ……!」
     路地裏の奥から、引き攣った声が聞こえて振り返った。子どもが一人、へたり込んでいた。その目の前には――退治人たちが相手をしているのと同じ、カマキリの下等吸血鬼の姿。そのサイズはせいぜい中型犬くらいだが――子どもを害するには、充分な大きさだ。
     なんでこんなところに。一匹じゃなかったのか。ふと小型カマキリの後ろに何かの殻を見つけた。卵鞘――あのデカいのは親だったのか。
    「逃げろ!」
     叫んでも、子どもは腰が抜けているのか動かない。その間にもカマキリが迫ってくる。若造たちはまだ大型カマキリの相手をしている。ほとんど反射的に子どものほうへ走り出した。鎌が振り上げられる。子どもの腕を掴む。突き飛ばす時間はない。胸に抱えるようにして、下等吸血鬼へ背を向けた。
     ザシュッ! 斬撃の音が耳の後ろで聞こえるのと同時に、拳銃の放たれる音が響いた。予期した衝撃はない。きつくつむっていた目を開ければ、赤揃えの退治人が立っていた。
    「ドラ公、大丈夫か⁉︎」
     その姿と声に、ふっと躰から力が抜けていく。彼は私にとって今最も安心できる存在だと、薄々気付いていた。それでも声に出して認めるのはまだ癪で、何よりも先に伝えるべきことがある。
    「平気だけど、もしかしたら他にも――」
     小型カマキリがいるかも、そう伝えようとした時、背中から何かがこぼれていく。こぼれる? 私はまだ、死んでいないのに、なにが――振り返って、息を呑む。アスファルトに散らばっていたのは――私の黒髪だった。
     うなじに手を伸ばしても、短い尻尾はどこにもなかった。
    「お前、それ……」
     ロナルドくんも気付いたらしく、目を見張っている。何かを続けようとしたが、それより先にショットさんがやって来た。
    「ロナルド、そっちは平気か?」
    「あ、ああ。退治は終わったけど……」
    「じゃあ残党がいないか確認するぞ」
     ロナルドくんの気遣わしげな視線がなんだか不愉快だったから「さっさと行け、ゴリラ」と手のひらで追い払うようにした。そうすればロナルドくんは何度も振り返りながらも、仕事に戻った。
     その後、子どもを吸対に保護してもらってから、私はジョンと一緒に帰路をたどった。暗闇で、私の髪のことに気付いた人は、ロナルドくんとジョン以外いない。ジョンは私の腕の中で心配そうにしている。大丈夫だと言ってあげたいのに、言えなかった。なんだかとても――虚しくて。
     死んでいれば、髪を失わなかっただろう。でも子どもの盾になるには、ある程度身体を保っておく必要があった。そもそも今さら悔やんだところで、何も変わらない。切られた髪は戻ってなどこないのだから。
     夜空を見上げた。新月の夜は星が冴え冴えと輝いている。私を包む夜風は少し湿りけを帯びていて、それが心地よい――はずなのに、今はどうしてか、ただ虚しい。
     ジョンがきゅっと私のクラバットを掴んだ。その額にキスを落とす。少しだけ、鬱屈とした気持ちが晴れる気がした。でも、離れるとまた、暗鬱な影が覆う。なんだか、胸が空っぽだ。伸び始めた髪に執着をしていたのだろうか。いや、もっと違う。この感情は――。
     事務所へたどり着いた。けれど家事をする気にも、ざんばらな髪を整える気にもなれず、そのままジョンとともに棺で眠った。
     しかし瞼を閉ざしても、私に眠りはなかなかやって来なかった。どうしても、虚しさが拭えない。胸にぽっかりと穴が空いたみたいな、この気持ちは――ああ、これは、喪失感か。
     衣服を失くした時にも似ていて、比べ物にならないほど強烈な、それ。あまりにも強いがために、苦しむことさえ忘れ、ただ茫然と虚しさを抱えることしかできない。
     たかが数年、伸ばしただけの髪だ。お母様に頼めば変身で補うこともできるだろう。御真祖様も生やしてくれるかもしれない――でも、それはいずれも、私がロナルドくんと一緒の時間を刻んだ髪ではないのだ。
     所詮、人間の真似事。その事実を冷たく突きつけられているようで、空っぽの胸が軋んだ。髪のなくなったうなじが、やけに寒い。
    「……髪なんて、伸ばさなければよかったな」
     馬鹿げたことをした。所詮、違う生き物と暮らしているのだと、ただ認めればよかったのに。疎外感を素直に受け入れていれば、きっと今日も私は笑って愉快に過ごせた。それなのにどうして、ともに生きたいなどと望んで――コンコンコン。控えめなノックの音に瞼を持ち上げた。
     最初に思い浮かんだのは、ジョンだった。けれどジョンは今、私の枕元で穏やかな寝息を立てて眠っている。そうすると、ノックの主はもう一人しかいない。
    「……ドラ公、寝てんのか」
     夜にとけそうな小声。彼らしくもない静かなノックが、なんだか今は妙に腹が立つ。けれど無視をしてまた棺を叩かれたら、ジョンが起きてしまうかもしれない。渋々と蓋を持ち上げた。
     電気も点けていない暗い部屋だが、事務所側の扉が薄く開いており、光がかすかに差し込んでいる。ロナルドくんは棺の脇に膝をついて、こちらを見ていた。
    「……なんだね。疲れたから、今日はもう寝たいんだけど」
     不機嫌を隠さずに睨みつければ、居心地悪そうに肩を縮こめる。何かを切り出そうとして、迷っている。そんな様子。一五年以上ともに暮らしていれば、若造が何を気にしているかくらいは察しがつく。だから先に口を開いた。
    「言っておくが、もしも俺のせいだなんてしみったれた謝罪をしてみろ。毎食セロリにするからな」
    「ミッ! セロリはやめろ!」
    「大声出すな。ジョンが起きるだろう」
    「っ……悪い。けど、そうじゃなくて」
     深く長く息を吐いて、ロナルドくんは再び顔を上げた。
    「これ、やる」
     そう言って差し出されたのは、ラッピングされた小箱。反射的に受け取ったものの、意味がわからない。
    「……何これ」
    「開けてみろよ」
     いらないと突き返したりもう一度聞き返したりするのも今は億劫で、釈然としない気持ちを抱えながらも、淡々とラッピングをといた。詫びかなにかのつもりだろうか。別になくなったのはロナルドくんのせいではない。そもそも、私が伸ばさなければよかっただけの――箱を開けて、私は思わず息を呑んだ。
     中に入っていたのは、 ヴェルヴェットの上品な、真紅のリボン。それは髪を結うためのものだった。
    「髪、また伸ばせよ……似合ってたから」
     しどろもどろと、顔を赤らめながらもロナルドくんは、私から目を逸らさない。そうしてリボンを握る私の手を、上から包んで。
    「その……今度はちゃんと、お前の髪も守るから……だから、伸ばして、ほしい」
     真っ赤な顔で、声も小さい。それなのにどうしてか、彼の言葉はきらめいて聞こえた。一瞬にして私の憂いは簡単に吹き飛ばされてしまった。心を覆っていた濃い影も消え去り、胸が熱くて仕方ない。
     でも、そんなに簡単に慰められてしまったのが恥ずかしいから、今は素直に礼は言えない。それでも邪険にもしたくないから、少し俯いて軽口で誤魔化す。
    「五歳児にしてはいいセンスじゃないか」
    「てめぇ、馬鹿にすんなら返せ!」
     ロナルドくんが奪おうとしてくるけれど、するりとかわして、両手で包んだリボンに口づけを落とす。そうして声高らかに言い返した。
    「嫌だよ、もう私のものだからね!」
     くふくふと喉を鳴らして笑う。ロナルドくんは目を丸くして私を見つめた。それから頭を掻いて、どこか呆れたように、けれどとても優しい顔で笑った。

     私の髪に真紅が飾られ、ロナルドくんのポケットから黒髪の御守りが見つかるのは、もう少し未来の話。 
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    46thRain

    DONE退治人を引退し転化予定の八月六日のロナドラSS①です。
    ソファ棺開催、そしてロナくんお誕生日おめでとうございます!
    ②(https://poipiku.com/5554068/9163556.html)
    転化前50代の8月6日「――君を転化する日だが、明後日の八日でもいいかね」
    デザートのプリンを食べ始めたところで唐突に言われたものだから、ロナルドは危うくプリンをテーブルにこぼすところだった。スプーンから落ちかけたそれを慌てて口に運んで味わう。いつも通りうまい。ごくりと飲み込んでから、八日ねぇ、と頭の中で呟く。
    転化自体は異論ない。むしろ結婚してから二十年がかりでやっっとドラルクを説得したのはロナルドのほうだ。
    つい先月退治人も円満に引退したし、そろそろ本格的に決行日を定める必要もあると思っていた。ただ気になったのは、ドラルクがわざわざ八日を指定したことだ。
    「構わねぇけど……なんで誕生日に?」
    明後日の八日はロナルドの誕生日だった。独りだった頃はただ事実として歳を重ねる日に過ぎず、忘れていることも多々あったがドラルクが来てからは違う。毎年あれこれと計画して祝ってくれるものだから、いつの間にかその日が近付くとそわそわと楽しみになっていた。それこそもう還暦を迎える今なお。
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