「それ、やめて」
冷たく言い放つ拒絶の言葉、……になるはずだったであろうただのワガママを、どの程度聞き入れるものか。最近少しだけ、その匙加減がわかってきたように思う。
「どうして、」
「嫌だからに決まってるでしょ」
もちろん外すこともあるが、どうやら今は大丈夫そうだ。間違えてはいないらしい。さっきまで爪を立てていたシーツを今はゆるく握ったまま、オーエンは俺の手から逃れようとはしないから。
「じゃあどうしたらいい? 何が嫌なのか教えてくれ」
「騎士様は、誰にでも親切にしようとするだろ。だからいや」
事後の疲労を纏う身体は深くベッドに沈んだきり、口調は常よりゆるゆるとぬるい。天邪鬼は変わらないけれど、隠された本音には僅かばかり近付きやすいから、怒らせないように静かに触れる。汗の滲む肌にも、言葉の奥深く、内側にも。
「誰にでも親切にするのは簡単じゃないさ。できている自信はないが、騎士として恥じない振る舞いはしないとな。でも、俺がオーエンには親切にできていないから気に入らないってことか?」
「ちがうよ、全然違う。その反対」
反対、なら、優しくできているだろうか。もちろんいつだってそうするよう心がけているつもりだが、なにぶん理性的とは言い難い行為、その余韻の残るこんなときに言い切るのは傲慢だ。
誰にでも親切に振る舞う俺が、オーエンに優しくすると気に障る。何を示されているのか意味までは理解できないが、尋ねればはぐらかさずに答えが返る。わかりにくいのは事実だが、きちんと話してくれるなら心配はいらない。
「騎士らしく振る舞う俺が嫌なのか?」
「へんなの、自分から、騎士じゃなくなる騎士様なんて。そうしたらお前は何者になるの、今のままじゃ誰でもないよ」
「うーん……じゃあ、優しくされたくない?」
「……ふふ、今日はいつもより少しだけ、聡いね」
猫みたいに目を細めて見上げてくる。目元にかかる髪を避けようとした指は絡め取られ、薄く笑む唇で挟まれて捕まった。爪の生え際を噛みながら、指の腹を舌が撫でる。
「ねえ、続きは? それともこのまま噛み千切られたい?」
「わかったから、それはやめてくれ」
「目の次は指もくれるの、優しい騎士様」
「欲しいのか?」
「いらないよ、今のままならね」
じゃあ、何が欲しい。いらないというのなら、求めているものがあるはずだ。皆に親切にするなら、オーエンにはそう接しちゃいけないなんて、そんなこと。厄介な存在であることに変わりはないが、排除だとか、拒絶や無関心、そんなふうに扱えるわけがない。
「俺は、お前に優しくしたいよ」
「どうして。僕はそんなの望んでないって言ってるのに」
「そりゃあ、好きな奴には優しくしたいからさ」
「ふぅん、じゃあ、僕のためじゃなくて自分のためなんだ」
「そうかもしれないが、好きな相手に優しくされたら嬉しいだろ」
「僕は嬉しくない」
「またそういうことを、」
「騎士様、僕に好かれてると思ってるの? 好きな相手じゃないんだから、優しいとか嬉しいとか、どうでもいいでしょ」
それきり、目を瞑ってしまったのは、微睡みが忍び寄ってきたからで。声をかけても小さく呟く音が唇から零れるばかりで、答えはこのままおあずけだ。
「また、俺を困らせたかっただけなのか?」
一人だけを特別贔屓にするにしては、この関係は歪すぎる。それにまさかオーエンに限って、そんなことを求めているなんてこと……。
辿り着かない正解に、一人で悩み続けるのは性分じゃない。朝、目覚めたら跡形もなく消えているかもしれない相手だ。
今のうちに、気が済むまで、優しくしてから隣で眠りたい。