ジョハリの箱庭・Ⅲ『秘密』
話題を変え、他愛ない近況と無駄話を交わしているうちに、とっくに陽は落ちていた。
炭治郎の部屋を出た民尾を、また白い廊下が出迎える。白熱灯が低い音を鳴らして、廊下を照らしている。窓から見える森の影は夜空に溶けて、平坦な黒い矩形へと変わり果てていた。目を凝らせば、枠内の上三分の一くらいにほんの薄明るい星が申し訳ばかりに鏤められているのが見えたが、それだけだ。
黒と白の濃淡だけを塗り込めた夜を、民尾は足早に過ぎていく。
これで今日の業務はあらかた終わった。あとは鬼舞辻所長と数人の同僚達に報告のメールを送れば、明日まですることは何もない。現在炭治郎ひとりしか患者のいないこの施設の資金源は、専ら外部での講演と製薬特許だった。よって院長並びにその全員が民尾より先輩に当たる同僚達は大体が外を飛び回るか、あるいは別フロアで研究に没頭している。調理や清掃のスタッフを除けば、患者のケアに当たる実働隊の医師は実質民尾一人だった。
11019