龍王の嫁取り「嫁入り……ですか?」
広大な蓮花塢の最奥、雲夢江氏の直系と宗主が許した者しか立ち入れない私邸の一室で、澄んだ鈴のような声が響く。思ったより高い声を出してしまった。気恥ずかしさと戸惑いに揺れるこころに感応したかのように、江澄の二又に割れた尾がぞわぞわと逆立つ。
「そうだ」
無慈悲な父の声が響く。常に穏やかな笑みを絶やさない江楓眠にしては珍しく、わずかに眉間に皺が寄っていた。なんで俺が。男なのに。なにより、雲夢江氏はどうなる。叫び出したい気持ちを抑えながら、そっと父の傍らを見遣る。こんなこと、母である虞紫鳶が許すはずがなかった。実際、その母は最大級に怒りをはらませた表情で紫電がばちばちと音を立てて煌めいていた。虞紫鳶が口を開こうとしたその刹那、傍らの男が立ち上がった。
「江澄が嫁に行くってどういうことだよ!大事な雲夢の跡取りだぞ!?どこのどいつがそんなことを……!」
魏無羨が憤懣やる方ないと言った表情で叫ぶ。あまりの大声を間近で拾った耳がキーンと鳴る。思わず、頭上でピンと張ったふさふさの耳を抑えた途端、さらに大きな怒号が重なる。
「そんなことお前に言われなくてもじゅうぶん分かっているわ!控えなさい、魏無羨」
指に嵌めた美しい銀蛇の指輪を撫でながら、苛立ちを抑えきれぬように虞紫鳶がたしなめる。魏無羨が口をつぐみ、室内に静寂が満ちた。江楓眠が静かに口を開く。
「姑蘇におわす龍王が、阿澄、お前を妃にと求めてきたんだ。ただし、三年という期限付きで」