君との夏僕、神代類は社会不適合者だ。今も昔もそうだ。僕はただ、機械いじりが好きなだけ。好きな物に集中したら周りが少し見えなくなったりするけども…。ショーも好き。周りの人間に興味がないだけで…。そんな僕はまわりからみたら異質な存在なのだろう。無視をされた、意味がわからないものを作ってる、なにかする気だ、と何もしていないのに疑われた。噂の内容に尾がついてしまい、悪い噂が色んな人の耳に入る。そこから、教員から呼び出され、事情聴取。僕は何もしていない、と言っても信じて貰えず、呆れられた。仕舞いには暴言も吐かれたことがあった。そんな出来事が重なり、僕は人間不信になった。そんな噂のせいで前の学校には居れなくなった。僕は隣町の学校に逃げるように転校した。でも、逃げた先もあまり僕にとっては良くなかった。どうやら、その学校でも僕が前の学校で噂になったことが広まっていたようで、初日から腫れ物扱いをされた。別に不良生徒でもないのだけれど。そんな僕が初日から問題児になって、不登校児へと変わるのは当たり前の流れだった。学校なんて行かなくても別にいい。今の僕にはショーが見れて、機械いじりができる環境があればそれでいい。そう思って諦めかけていた。そんな中でも噂なんか気にせず、社会不適合者の僕と関わりをもとうとする変人がいたようで…。
それは4月の後半。インターホンの音ともに突如現れた。
カメラ越しでみた彼は、僕の隈ができた根暗な表情とは違く、太陽のような明るい表情で話をした。
「やあ、転校生。オレはお前のクラスの学級委員長。天翔るペガサスと書いて天馬。世界を司ると書いて司。天馬司だ。よろしく頼む!」
カメラ越しでもわかる。近所から苦情が入りそうな耳が痛くなるほどの大きな声と誇張された意味不明な自己紹介。僕が関わりたくない部類の人間。第一印象は最悪。僕はその時にもう来ないでくれ、迷惑だって話せばよかったなぁと後悔した。だって言わなかったせいで、彼が来るようになってしまったから。来ないでくれ、の一言が言えなかった。言おう、言おうと思っていても、彼の勢いに毎回負けてしまう。
彼は必ず家のインターホンを押して、玄関のフェンス越しに話しかけ、玄関先のポストにプリントを入れて帰る。
ほら、今日またインターホンが鳴った。僕はいつもカメラ越しで対応する。
「…また君かい…」
「やあ、転校生!今週のプリントだ!ポストに入れておくからな。」
別の日も
「…あの「転校生!今週のプリントだ!来週は健康診断もあるようだから、いつでもいいから学校に顔だせよ!ポストに入れておくぞ。」
また、別の日も
「…」
「転校生!今週のプリントだ!というか、先週学校に顔を出せと話したじゃないか!なんで来なかったんだ!」
「…別に健康そのものだし…」
「そんなの専門家に見てもらわないとわからないじゃないか!あとから通院するのも面倒だろうに。まったく、お前ってやつは…。今日もポストに入れておくからな。」
別の別の日だって天馬司は懲りずにやってきた。その都度僕はカメラ越しで対応する。不定期で来ていたし、彼は学級委員長だから、やりたくも無いことを押し付けられてるんだろうなと最初は感じていた。しかし、彼は来る度来る度、最近の流行り、自分の家族の話と別に聞いてもいない事をペラペラとインターホンのマイクに語りかけていた。聞いてるかどうかも分からないのに、こっちの表情は見えてないのに、よく話せるなぁと僕は苦笑して聞いていた。とある話の中で、ショーの話が出てきた時には驚いた。咄嗟に彼にショーは好きなのかと聞けば、好きだと画質が悪いカメラ越しでもわかるぐらいの飛びっきりの笑顔を僕に見せてくれた。”ショーが好き”そこだけ僕と似ていた。恐る恐る、自分もショーが好きだと伝えれば、彼は大袈裟に反応をし、身振り手振りをいれて、喜びを表現してくれた。その後はショーの話で持ち切りだった。気がついたら、彼のショーに対する熱量に負けじと応えそうになる自分がおり、周囲の目も気にせずに、インターホン越しで30分以上話し込んでることもあった。何度か直接話したいと彼に言われたが、僕は踏ん切りがつかなかった。なんせ、数ヶ月外出してないし、身だしなみもボロボロ、髪はボサボサ。誰がどうみたって僕の姿はきっと廃人だ。彼にこんな姿見せられない。彼はそんな僕の気持ちを見透かしたのか、それともただ、彼が我慢できなかったのかは分からないけど、「お前はいつになったら顔を見せてくれるんだ!オレは、お前と直接顔を見て話をしたいんだが!?出てこないのであれば、ショーの話はもうしない!」と、拗ねて、僕に脅しをかけた。数分悩んだ結果、僕の方が負けた。身だしなみを最低限整えて、玄関のドアを何ヶ月かぶりに開けた。開けてしまったのだ。
彼は、僕を見てこう言った。
「ようやくはじめまして、だな!神代類!」 と。
彼はカメラ越しよりずっと明るくてずっと綺麗で、今まで暗かった僕の気持ちを照らす太陽の様な人だった。
「……はじめまして。天馬司くん。」
僕は久しぶりの自己紹介をした。
そして、初めての友人ができた。
それから、彼と僕はインターホン越しの会話を辞めることにした。彼が来た時は身なりを整え、玄関先まで出て、玄関で話をすることにしたのだ。直接人と話すのってこんなに楽しいんだった、と、幼少期から忘れていた気持ちを、司くんは思い出させてくれた。司くんが僕の友人第1号だと話すと、とても嬉しそうな顔をして、「オレも類がショー好きの友人第1号だぞ!」と返してくれた。“ショー好きの”友人かぁ…と寂しい気持ちになりつつ、彼にとっての何かの1号になれたことは嬉しかった。彼と直接、顔を見ながら話すようになってから色々とわかることがあった。カメラ越しでは分からなかったこと。
彼は声が普段から大きいこと、歌が上手いこと、表情がコロコロ変わること。虫が苦手で、インターホンを押す時に近くに蜘蛛の巣があったことがあり、押すのに躊躇して玄関前で10分以上格闘したことがあること。
あとは、綺麗な髪の色をしていて、サラサラなこと。まつ毛が長いこと。指先が綺麗なこと。身長は僕より小さいこと。カバンにはいつも星のストラップが着いていて、それは妹から貰った大事なものだということ。
そして、自分の感情にも変化があった。最初はそうでもなかったが、彼と会う回数が増え、彼と話すことの楽しさを味わっているとき、彼の胸元が目に入ったことがあった。ちょっと筋肉質だけど胸板は薄い感じがする、と思った瞬間、どうした?と声をかけられ少し焦った。なんで焦ったかは分からない。でも、彼の胸元を見ていたことはバレないようにしたいと、その時、思ったのだ。それからというもの、ふとした彼の仕草に胸あたりがザワつく感覚があった。
(こんな感情、知らないなぁ…。)
僕は胸がざわつく理由を考えないことにした。答えを出してしまったら危ない気がして、というより、考える時間がもったいないな、と思った。今はそんなことより、彼と過ごしている時間を大切にしたいと思った。
5月、ふと、彼と話している時に気になる行動をしていた。彼はお腹や腰をさすることが増えた。どうしたの?と聞けば、「な、なんでもないぞ!」と困ったように笑った。その時、あ、なにか隠してる。と思ったが、それを話してくれない彼に、悲しくなった。彼との壁を初めて感じた。それと同時に苛立ちもあった。彼は僕が作った壁を難なく、というか、断りもなしに超えてきたくせに、僕が歩み寄ろうとすれば、壁を作るのか、と。でも、僕のそんな身勝手な怒りで彼との関係を壊したくなかった。だから、僕は彼に事情を聞くことは無かった。
「そう…」僕は返事をして流すだけに徹底した。
その時、聞けばよかった。
さする手を掴んで、さすっている場所を無理矢理にでも服をめくってみればよかった。翌日怖くても学校に行けばよかった。そしたら彼を守れたかもしれないのに。
彼が作った壁を超えなかったことに僕は後悔する事になる。
6月下旬。
僕は彼がプリントを届けに来て、今日はどんな話をしようかと、今か今かと待っていた。突然の豪雨が多い季節、その日も強い雨が降っていた。地面をうちつける雨の音を聞いて、心地いいと思いながら、彼が雨に濡れてないかと心配していた。
――ピンポーン…
いつものように玄関先のベルが鳴る。ようやく来た、と思った僕は直ぐに玄関の扉を開けた。
そこにはびしょびしょに濡れた彼が立っていた。いつもと違うのは、カバンも何も持っていなかったこと。少し、震えているように見えたこと。
「……どうしたの?傘でも忘れたの?」
君らしくもない。そんな姿。
と、口を開こうとしたその時だった。
彼は今までに聞いたことがないくらい静かな震えた声で
「今日、人を殺した」
と、話した。
なにかの冗談だろうと思い、手を伸ばそうとしたが、彼が一歩引下がり、僕の手も止まる。彼に、これ以上近づくな、と言われている気がした。
言葉を失った。なんて言えばいいんだろう、詳細を聞いていいものか、と慌てている僕を待たず、彼は話を続けた。
「殺した相手は、って言ったって…。お前は知らないか。階段の踊り場でな。言い争いになった。ついカッとなって、オレは、相手を突き飛ばしたんだ。そしたら、階段をやつは転げ落ちていって。怖くなって逃げて……。気がついたらここにいたんだ。」
彼はずっと俯いている。話す声も早口で、なにかに脅えているようで。自分を強く抱きしめるように、両腕を抱える。
僕は何も言えなかった。
何を言うべきか分からなかった。
そんな僕の反応を知ってか、彼は僕の方を見ようともせず、鼻で笑った。
「……突然こんなこと言われても迷惑だったな。すまない。結局、お前は学校に来なかったな…。人を殺してしまうし、学級委員年とても、人としても失格だ…。とりあえず、世話になった。」
世話になった?世話になったって…。
僕は震える声で、彼に問いかけた。
「……どこに行くんだい...?」
目の前にいる彼は俯いたまま答えた。
「…死んでくる。」 と。
唖然とした。そこまでの罪を彼はしたのか、本当にその相手が死んだかどうかなんてわからないのに。
待ってと声をかける前に彼は僕の目の前から消えようと踵を返す。
――彼が行ってしまう。
そう思った時にはもう僕の体は動いていて、まだ強い雨が降る中、僕は彼の手首を掴んでいた。僕は言った。言ってしまったんだ。
「僕も連れて行って」と。
彼の手の震えが止まった。
――――――――――――――――――
ガタンゴトンと雨とは違う電車の心地いいリズムに耳を預けながら彼の手を握る。後ろにある車窓を見れば雨は止んだようで、厚い灰色の雲の隙間から夕焼けが見えた。
乗客は誰もいない。僕たち2人しかいなかった。
彼と荷造りをして出てきたが、行く宛てもなく、取り敢えず近場の駅から1番遠くに行ける列車に2人分の切符を購入して乗り込んだ。隣にいる彼はずっと黙り込んでいる。僕にされるがままだ。
彼と出会ってから、僕はやってしまった、言ってしまった、と思うことが増えた。でも、不思議と後悔した、と思っていない。今回のことだってそう。むしろ、あの雨の中から彼と一緒にいく選択を出来て良かったと思っている。
「……なぁ。」
ずっと無言だった彼がようやく口を開いた。
「…なんだい?」
「お前は、これでいいのか…?」
握っている彼の手が僕の手を強く握った。爪がくい込みそうなほど強く、彼の怒りや悲しみといった複雑な感情が窺えた。……彼は未だに僕に顔を見せようとしない。罪悪感、だろうか。
「別に、いいよ。」
散々人に振り回された。周りの大人も、同級生も信じられない。ようやく信じられる人が現れたのに、友人になれたに、彼は1つの過ちで、死ぬって言った。きっとそこまで彼は追い詰められていたんだろうし、理由はまだ分からないけど、でも、きっと君は悪くない。だから、だからさ。
「僕も一緒に死ぬよ」
君の罪、僕にも背負わせてよ。友達なんでしょ?
彼は顔を上げ、僕の顔を見た。ようやくだった。
彼の瞳には光が戻っていたように見えた。
彼は泣きそうな顔で笑った。
「……馬鹿だな、お前…。」
「……そうかもね。」
握っていた手がまた強く握られた。