パスタ パスタを巻く向きが逆だ、と言われて別れたことがある。
客観的に見て、酷く滑稽なやりとりだったと思う。だが、別れ話というものは得手して、馬鹿げたことをごく真剣にぶつけ合うものになりがちだ。そのときだって、俺は至極真面目にパスタを普段とは逆に巻いて見せようとしたし(まぁそれは見事に失敗して相手のスーツにソースを飛ばしてしまったのだが)、また相手も相手で、手首の返しがどうだとか、スプーン側の角度がダメだとか、そういうことを眉間に皺を寄せ少しも笑うことなく言っていた。
結局のところ、本当に言いたかったのは俺のパスタを巻く向きが逆だということではなく、そういう諸々の細かい違いが気になりだした、ということだ。なんということはない、盲目期が覚めただけのことである。ただ、相手がそのことに無自覚なままただ別れたい一心で口を開いたから、結果的に俺はパスタを巻く向きが逆だから振られたということになってしまった。甚だ滑稽な話だ。
こいつと別れるときにはそんなおかしなことにはならなさそうだな。
焦凍は目の前で綺麗にパスタを巻いていく、まだ付き合ってもいない男を見つめながら思った。
この爆豪勝己という人間は、その立ち居振る舞いからは想像できないほど冷静な男で、自分と他人の区別が非常にはっきりしている。自分が唯一無二であることに価値を置いていて、細かな違いに眉をひそめるどころかむしろ、俺と同じところを見つける度に顔をしかめるほどだ。
だからたぶん、この男となら上手く別れられるだろうと思う。ただ問題は、どうやったら付き合えるのかまるで分からないところだ。
「ンだよ、なんか言いてぇことあるならハッキリ言えや」
パスタを綺麗に飲み込んだ爆豪に正面から凄まれる。それはあれか? 目が合うだけでドキドキしちまう、とかそういう甘い言葉待ちか?
そんなわけないだろ、と脳内でセルフボケツッコミをして、別にないぞと口では返す。ああ、言いたいことならもうずっと前から分かっているのに、その一言を言うタイミングが全く掴めない。
怪訝な目をしながらも再びパスタに向かっていく金髪を見つめながら、焦凍もパスタをゆっくり巻いていく。逆だと言われた方向だが、これが食べやすいのだから仕方ない。