左千夫誕生日 2ー⑤END∞∞ nayuta side ∞∞
来てしまった。とうとう来てしまった。
マスターの誕生日が……!!
昔、安物のお菓子を買って渡した記憶はある。マスターはそんなものでも喜んでくれていたがあれから時は流れた。
マスターは喫茶【シロフクロウ】を経営し、お茶もお菓子も自らで揃え、しかも食も更に細くなって、もう思い付く限り渡せるものはない……ッ!
晴生に聞いたら「千星さんに祝われるだけで十分ッスよ!俺も物は用意しないッス!」って言われて、そんなもんかとも思ったが、誕生日会当日になった今日、剣成によると二人で喫茶【シロフクロウ】の新メニューのレシピを考案してそれを発表するらしい。と、なるとそれを作るのは巽である。……自動的に俺だけなにもしない事になる。
やっぱりせめてお菓子だけでも買って来ようと思ったときに宅配便が届いた。井上竜司 と言う名義で送られてきた箱はシロフクロウの1階を埋め尽くす程の量だった。
「あれ〜、いのっちからじゃん。ナニナニ〜、〝神功さんお誕生日おめでとうございます。食べきれない分はお客さんへのサービスに使ってください〟だって、流石ボクの部下だネ〜気が利いてる!」
九鬼オーナーが一緒に送られてきたメッセージカードを読み上げていた。井上さんは確かオーナーの世話係だった気がする。そして、送られてきた段ボール箱にはたくさんの花束と色々なメーカーのいろんな種類のお菓子が詰まっていた。もう俺がどのメーカーのお菓子を買ってこようがダブルし霞む。いや、誕生日は気持ちの問題である。金額や量ではない……!と、自分に言い聞かせてみるがやはり説得力が無い。
悩みながら誕生日パーティの飾り付けをしていたらあっという間に時間が過ぎてしまった。もう、残る手段はアレしかない。
井上さんから届けられた花束のおかげで、喫茶【シロフクロウ】の1階が更に豪華になった。そして誕生日会の開始10分前にまず九鬼オーナーが玄関に向かって、そしてそれにつられるように他のキャストが玄関に向かい始めて首を傾げたときオーナーから声がかかった。
「なゆゆ〜、ほらはやく!左千夫クン来るヨ!」
どうやら全員マスターの気配を感じて動き出したようで、そんなものがわからない俺は慌ててクラッカーを片手に玄関の扉の側に向かった。と、言ってもだ。俺は気配の消し方とか分かんないし、マスターの気配を感じれるって事はマスターも俺達の気配は感じる訳で……待ち構えている俺達を他所に中々扉は開かなかった。
「もうちょっとカナー…………あ、来るヨ、3…2……」
それでもジッと待っているとマスターの方が諦めたようで扉のノブが動くと同時に九鬼オーナーが号令をかける。一般人相手には無いよくわからない駆け引きに俺は従うしか無いわけで、グッと大きめのクラッカーの紐を握った。
「………1、……せーの!」
「左千夫クン、お誕生日オメデトウ!
マスター、お誕生日おめでとうございます!」
九鬼オーナーお手製のクラッカーは激しく音を立てると同時にカラーテープではなく花弁が舞った。マスターは少しだけ目を丸くしたけどその後はいつもよりゆったりと柔らかい笑みを唇へと浮かべていた。
「有難うございます」
マスターはいつも笑っているけど今日はいつもよりも嬉しそうに見えた。整った笑顔を見つめていると、バサバサと梟らしからぬ羽根音を立てて、白梟のアンドロイド、ラケダイモンが唄いながら飛んできてマスターの掲げた腕に乗った。そして頭に乗せていたロウソクを消せと言わんばかりにマスターに近づけるのでマスターはふぅ…と息を吹きかけて消していた。
〝ハッピバースデー、サチオ〜♪ハッピバースデー、サチオ〜♪〟
「ラケ……?歌えるようになったんですね」
「歌えるどころか、喫茶店業務もなゆゆよりも出来るヨ!」
「へ!?オーナー、それは言いすぎです!」
「え?でもほら、この前の左千夫くんが休んでた日テキパキ動いてたでショ?」
「休んでた日?……連絡グループには休むって入ってましたけどマスター居ましたよね……?」
「……いいえ?」
「はぁ!?居ただろ!千星さんに嘘吐くんじゃねぇよ!」
「あー……そういう事な。違和感は感じてたんだけどよ…」
「ラケちゃんが有能だから騙されてたね」
一日だけマスターが喫茶【シロフクロウ】を休むと連絡してきた事があった。だけど俺が行ったときにはマスターは普通に業務をしていたので来れるようになったと思い込んでいたが、マスターの話によればあれは白梟のラケダイモンが幻術により、マスターの姿に見えていただけだったようだ。マスター的には喫茶店業務までやらせようとした訳ではなく、マスコット的に不在をカモフラージュする予定だったようだがラケダイモンは接客も見事すぎて俺達が騙されるほどだった。ラケは相変わらず歌を歌いながらマスターの肩にとまっていたがそのマスターをオーナーが引っ張っていく。
「この色とりどりの花とお菓子はいのっちからネ〜、そんでもって〜」
「はんっ、仕方ねぇから夏の期間限定メニューはもう考えてやったぜ!テーマ〝海の青〟!千星さんのカラーだぜ!!」
そこはマスターのカラーで攻めるべきだろうっ!と内心つっこんだが晴生はそういう点においては言う事を聞かないので肩を落とした。マスターが連れて行かれたテーブルの上にはトルコ石の青色に近いカレーや麺類のスープが青いもの、青く透き通った紅茶、そして、宝石のような四角い形をした青いケーキが並んでいた。俺のカラーだと言うことを差し置いてもとても夏らしい凝ったメニューが並んでいた。マスターは品定めするように注意深く見つめた後、取皿に分けてから1品ずつ口にしていく。
「カレーは見た目のインパクトはありますが味にあまり深みがありませんね、改良が必要かと。このラーメンはいいですね、トッピングをもう少し考え直せば夏のメニューにこのまま出せますね…後、こっちの───」
晴生も晴生だけど、マスターもマスターだ。誕生日プレゼントと称されて渡されたメニューをきっちり評価して、誕生日会が一気に品評会になってしまった。ダメ出しされた部分に関しては晴生は図星だったのか反論せずに怒りに震えてるし、その横で剣成も分かっていた様子で頬を指先で掻いていた。作った巽の表情は変わらないので何を思っているかは分からない。
そしてご飯系を食べたあと、最後に残ったスクエア型の青い宝石のようなケーキを一口食べた。
「───!これは、完璧ですね……。美味しいです。青はどうしても食欲を減退させますがこれだけ美味しければ問題無いと思います。このままいきましょう」
吐息を零すように美味しいと告げて微笑む様は映画のワンシーンを見ているようだった。俺まで息を溢してしまうほどマスターは柔らかく笑んで俺達を見つめていた。そしてそのまま皆で食べて、ああでもない、こうでもないと、誕生日会では無く、喫茶【シロフクロウ】の新メニュー開発会議になってしまったのは言うまでもない。
机の上の料理が全て無くなった頃、他のキャストは片付けやら、レシピの記載をしている中、マスターは少し離れたところで井上竜司 さんから届いた花やお菓子を見ていたので俺はそっと近付いた。近づいて行くにつれて気付いたことだけど、なんかマスターが若返った気がする。いつも肌はキレイなんだけど、今日は髪の先から足の先まで更に洗練されている気がしてボーッと見つめてしまう。そうするとマスターの方が視線に敏感なので困ったように俺を見詰めてきた。
「何か変な所がありますか?」
「い、いえ……!な、なんか、なんて言うか、マスターが若返ったような?……歳を取っているとかそういう訳じゃないんですが…ッ!」
「嗚呼……九鬼のせい、……いえ、おかげですかね」
俺が両手を出して目の前で横に振っている姿を見つめてから、マスターは自分の三つ編みを触り毛先を見詰めていた。
てか、九鬼オーナーにも中国から帰って来てすぐに何あげるか聞いたときは「今年はなにも貰ってくれそうにないカナ」とか言ってて元気も無かったので喧嘩でもしたのかと心配したんだけど杞憂に終わったようだ。絶っったいお高い化粧品とか渡したやつだ。
毎度財力の違いを見せつけられて肩を落としたが本題はそこではない。俺が視線を逸らさないのでマスターは俺を見詰めたままなので更に一歩近寄るとマスターに封筒を差し出した。
「え……と、マスターに何渡していいかわかないまま誕生日会が来たので、その、あの……!!つまらないものですがどうぞ……ッ!」
「……開けていいですか?」
「え、あ、はい!」
何となくこの場で開けられるのは気乗りしなかったが帰ってから一人で楽しめるような大層なものでもないので頷くしかなかった。色気のない茶色の封筒から少し分厚めの紙をマスターは取り出した。そこには〝お手伝い券〟と書かれた紙が綴られているわけで。小学生が親にやるような誕生日プレゼントなんだけど、こんなもの何でも出来るマスターが必要な筈ないのもわかっているのだが身を削る以外のプレゼントが思い浮かばなかった。
「……那由多くん有難うございます」
「い、いえ、なんか、こっちこそ、すいません。必要ないですよね……」
「いえ、大切に使わせて貰いますね。僕は君の字が好きなのでかなり得点の高いプレゼントですよ」
そう言って笑ったマスターの笑顔はとても静かだった。気を使って笑ってくれたのかとも思ったけど想像以上に自然に嬉しそうに笑っていて渡してよかったんだとホッと胸を撫で下ろした。するとどこからかひょっこりと現れたオーナーがマスターから封筒を取り上げた。
「え?ナニナニ〜お手伝い券?なゆゆ、小学生じゃないんだからどうせ作るならもっと豪勢なので作りなよ!下僕になりますよ券とか、パトロン券とか♪」
「オーナーは見ないでください……ッ!」
「え〜ケチ!ボクも左千夫クンから一枚貰ってなゆゆこきつかおうかナ〜」
「絶っったい嫌ですからね!オーナーの手伝いはしません……ッ!」
「九鬼、此れは僕のものですからあげませんよ。それに、僕は人目を惹きながらや全く誰にも知られずの潜入は得意ですが中々那由多くんのように紛れる潜入は難しいんですよね」
九鬼オーナーが来て話がややこしくなったが更にマスターがややこしい事を言い始めた。俺的には喫茶【シロフクロウ】についての手伝いをするはずだったんだけど。
オーナーが取り上げた〝お手伝い券〟をマスターが奪い返して顎に手を起きながらなにか思案していた。
「忙しくなりそうですね。次はおとり捜査にしましょうかね?」
そう言って綺麗にマスターは笑っていたけど俺は嫌な予感しかしなかった。頭に巡るのは地下闘技場での乱交と性感マッサージ店への潜入捜査だった。もしかして、とんでもないものを渡してしまったかもしれないと思ったが既に後の祭りだ。喫茶【シロフクロウ】は夏の準備に向けて忙しく動き始めた。
END
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