「ルイー!」
息を上げながら駆け寄ってくるツカサくんに、「そんなに慌てると転んでしまうよ」と声を掛ける前に彼は見事に足を滑らせた。
持ち前の体幹の良さに加え、咄嗟に手を使って転ぶ事は回避したようだ。気にした様子もなく、こちらに近付いてくる。
「ケガはしてないかい?」
「手を少しだけ擦りむいたが、問題ないだろう!」
見せられた手のひらは血が僅かに滲んでいて、痛々しさはないけれどこのままにしておくことも出来ない。
「手を貸して」
「洗ってくるから、待ってろ」
治療をするためにツカサくんの手を取ろうとすると、その手はスルリと抜けていく。
彼は近くの水場へ行き、土を洗い流して戻ってきた。
「頼む」
「失礼するよ」
差し出された手を受け取って、舌で傷口を舐める。すると、あっという間に皮膚は治り痕すら残らない。
「いつも思うが、不思議な効果だよな」
「そうだね」
白百合と黒百合の体液が混じり合うと、怪我の再生を早める事が出来る。
なぜその様な作用が起こるのか、研究はされているみたいだけれど、解明されてはいない。
「さて、今日はこれだよ」
ツカサくんに作ってきた絡繰を見せると、その目はキラキラと輝き始める。
「おぉ!これはどんな風に動くんだ?」
「これはね」
二ヶ月前は自分以外に、絡繰を披露することなんて考えられなかった。
学校の裏庭でひっそりと手入れをしていた僕を、ツカサくんが見つけてくれたのが始まりだ。
最初は戸惑った。
けれど、同級生から一線を引かれていた僕が、流星のごとく目の前に現れた彼に惹かれるのは必然だったのかもしれない。
絡繰を人差し指でツンツンとつついていたツカサくんを微笑ましく見ていると、彼が視線を上げて僕に顔を近付けてきた。
「どうし……」
「ルイ!次の休みに一緒に出掛けないか?」
唐突な提案に呆気に取られていると、ツカサくんの肩が落ちる。
あ、これは誤解をされたと分かった。
「嫌とかじゃなくて!驚いたんだ」
自分の気持ちを伝えたくて必死に訴えていたら、いつの間にかツカサくんの腕を掴んでいた。
「嫌じゃないなら良かった」
ホッとした様子で柔らかく笑ったツカサくんの表情に、自分の体温が上がって頬が熱くなる。
「十一時に広場で待ち合わせでどうかな?」
「大丈夫だ!」
約束を取り付けると、休憩時間が終わるのを知らせる鐘が鳴った。
「じゃあ、また明日」
「うん、またね」
白百合であるツカサくんと黒百合である僕は、授業を受ける校舎が離れているのでそれぞれのクラスに戻る。
白百合と黒百合の関係に不和はないが、毒の性質が異なるために分けられているだけだ。
白百合は遅効性、黒百合は速効性の毒を持つ。
僕たちが住む百合の国は、独自の文化が栄えていた。
赤子の時から布団の下に毒草を敷いて慣れさせて、離乳の時期になれば毒の経口摂取を始め、年齢を重ねると共に毒の量を増やしていく。
そうして、七歳を迎える頃に体液は猛毒となるのだ。
毒の扱いにも長けていて、他の国からは薬として重宝されている。
もちろん、量を間違えれば死に至るので、調合には技術が必要だ。なので、就ける人は少なく憧れの職業と言われていた。
僕は特別とされる調合の職業に就くより、絡繰を作って弄るほうが性分に合っているので、興味は全くない。
「どこに行こうかな」
そんな事より、ツカサくんと出掛けるのが楽しみで授業内容は耳に入ってこなかった。
昼休みに裏庭で会って話をして、クラスに戻る。当たり前になってしまった日々を過ごしていると、約束の日曜日を迎えたのだった。