稀血が気になる義勇さん義勇さんが指を切った。ぷつりと浮き出た真っ赤な血に唇を寄せて吸い取る。ちゅぷりと音を立てて離れた唇に真っ赤な血が紅の様に色付いていた。
「稀血はどんな味がするんだろうな」
「ぇ?」
義勇さんはたまに変な疑問を口にする。こうなったら少々面倒で、まるで小さな子供の様に答が分かるまで永遠と繰り返すのだ。稀血だったこと無いので知りませんよと言うと、そうかと抑揚の無い返事が来る。納得してないと言うことは分かった。ぐっすりとお昼寝でもしてくれたなら自分の弟達の様に起きた頃にはすっかり忘れて大好きな鮭大根の事でも考えてくれるだろうか。
俺はこの後任務がある。
この現在進行系でぽやぽや中の兄弟子を置いて行くのは心配だが、任務へは何が何でも赴かなければならない。隣で未だ考え中の義勇さんが体育座りをする。膝に両手を添えその上に顎を乗せる仕草はやっぱりどこか幼い。この人は贖罪の様に鍛錬をしてきたから、強さと引き換えに心の成長が未成熟なのだ。
あと少ししたら、此処にとてつもなく荒々しい風が吹く。その頃には自分は此処に居ないだろうから気が気じゃない。このふわふわした純粋な心は風に吹かれて軽く飛ばされてしまいそうだから。何か重しが欲しかった。義勇さんの心の中を独占し続ける錆兎の様に、自分もこの人の心を留める事が出来る存在になりたい。
それが駄目なら稀血の事だけでも忘れてほしい。
長い黒髪を優しく揺らすそよ風に微かな血の匂いが交じる。嗅いだことの無い匂い。味なんか知りたくもないけど、俺からしたら少しだけ嫌な匂いはきっと鬼にはご馳走なんだろう。俺に出来ることと言ったら、彼がこの匂いに気付かないことを願うだけ。
出来れば貴方がこの血の香りに酔わされませんように。
義勇さんは人間だからきっと大丈夫。そう言い聞かせたけれど、俺の心臓は任務中にも関わらず絶えずギシギシと音を立てていた。