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    siguta_w

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    2022年#いい21歳の日

    炊き込みご飯の話 開発室の入り口にはセキュリティ上、エンジニアか正規隊員しか入れないよう認証システムがついている。
     ピッ、と音を立ててロックが解除される。
     すんなり横に開いていく扉を何ともなしに眺めながら、今日の昼飯は軽すぎたな。と関係のないことを考えていた。
     ラボの中を進むと奥に見慣れたシルエットが見つかり「よっ」と声をかけた。
    「あ、諏訪。トリガーの調整終わったよ」
     雷蔵がずるっと音を立てて麺のようなものを啜っている。辺りは食欲がそそられるスープの香りが漂っていた。
    「ん、サンキューな。しっかしお前、今夕方だぞ。変な時間に食ってんな。大丈夫か?」
    「ちょっと小腹空いたんだよね。でもほら、みてよ。室長の娘さんからだってさ」
     左手に持ったカップの印刷には大きく【春雨】と書いてある。確かに少しの空腹を満たすにはちょうどいいな、と諏訪は思った。
     スープの底をかき混ぜながら春雨を探しつつ雷蔵は話を続ける。
    「今度またガンナーの火力試験やりたいから手伝って欲しいんだよね。でも諏訪、最近レポートに追われてるんだっけ?」
    「いや、ちょうどさっき提出してきたから急ぎはねーよ」
     ここ数日、捗らなかったレポートをやっと終わらせたことで淡い解放感が心地よい。西洋文学系の教養科目だったが、まさかの手書き指定。内容を聞いた時には履修したことを激しく後悔した。そうは言っても、昼食後にうっかり爆睡していても怒られない緩めの授業だったので文句も言えない。今まで楽した分がツケとしてまわってきたのだろう。
     雷蔵は、別にいつでもいーよ。と言いながら残りのスープを啜った。
    「じゃあ、次の待機日とかに来るわ。今日は腹も減ってるし飲みてぇんだよな」
     昼に最後の追い込みをしていたせいで、昼食が疎かになった諏訪は目の前でちょうど食べ終わった空の容器を眺めていた。ガッツリしたものが食べたい気分だった。
    「なら今日飲みに行こうよ。二人にも声かけてさ」
    「おう、俺んちでもいいぜ。ちょっと散らかってっけど」
    「そんなのいつもじゃん」
    軽口を叩く雷蔵にうっせ、と返すと端末を取り出してメッセージアプリを開けた。目的のグループに打ち込みながら話を続ける。
    「なんか食いてぇもんとかあるか?」
    「うーん、そうだなぁ…」
    同じく端末をいじり出した雷蔵は、あ。と言って画面をこちらに向けてきた。
    「ほら。今安いんだよ。5ピース1000円だって」
    某フライドチキン専門店の広告を指して、ありじゃない?と言う。諏訪も、ありだな。と思った。
    「俺注文しとくから帰りに取ってくるよ」
    「そーか?悪りぃな。任せるわ」
     ピコンッと音を立てて通知が来る。木崎からだった。
    『講義が終わった。今日は夕食当番じゃないから大丈夫だ』
     もう一人捕まった。今日風間は日勤の防衛任務だ、もうすぐ交代時間だろう。何にしろ返信が来るまで時間もあるし、家に帰って散らかった資料を片さないといけない。
    「酒、何本か買っとくわ」
     りょ〜か〜いと気の抜けた返事と共に、雷蔵はコネクターからトリガーを引き抜いた。片手で引き出しを開けて、何やらガサガサと漁り、取り出した小袋をトリガーと一緒に渡してよこした。「なんだこれ?」と諏訪は訝しむ。

    「え?ちんすこう。」

     おやつに食べなよ、と言ってきた。通知がちらつく液晶には『16:32』と見えた。

    ーーーーーーーーーーーー

     諏訪が一人暮らしをするアパートは警戒区域に程近い、ボーダー借り上げの建物だ。
    築10年の1DK、南西向で夕陽の射し込みが眩しい分、日当たりに恵まれている。
     本部からの通り道にあるドラッグストアで片手に持てるだけの酒を入手した。金色のやつ、銀色のやつ、ハイボールと甘くないレモンサワー。どうせ後で来る奴等が追加で買ってくる。飲み始めの分があればいいのだ。
     一人暮らし用のコンパクトな冷蔵庫は、缶を並べてもまだ隙間がある。木崎に見られてはいつも怪訝な目をされる庫内は、ここ数日の慌ただしさを経てスカスカになっていた。ドアポケットに申し訳程度の調味料が寂しげに並んでいる。半分に減った烏龍茶のボトルを取り出して、あとは何も見なかったことにした。

     換気扇をつけて一服。
     居間に散らかった参考書、授業のレジュメはしばらく使わない。ローテーブルに置かれた半開きのノートPCは多分つけっぱなしで家を出た。更新してシャットダウンをしないといけない頃だ。のろのろと片付ける、窓の外はもう暗くなっていた。

    ーーーーーーーーーーー

     ピーンポーーン 

     間延びしたチャイムが鳴る。
     インターホンに出ることもなく、開いてんぞーとドアに向かって呼びかければ、開閉音と共に扉口すれすれの巨躯が姿を見せた。
    「鍵かけてないのか、不用心だな」
     左腕にエコバッグをぶら下げた木崎が入ってくる。袋の中は見えないが、側から見ても重そうだ。
    「なんだ?酒か?」
    「いや。お前のうちにはどうせ碌な食材がないだろうと買ってきた。台所借りるぞ」
     居間に入らずそのままキッキンに向かい、シンクで手を洗った木崎は冷蔵庫を開けて眉を顰めた。案の定、まともに食べ物が入っていない。冷やされたビールの奥から使いかけのキムチを出しておく。
     ヒョコヒョコとやってきた諏訪が何作んだ、と気になり始めたところでバックの中から小松菜、白菜、胡瓜、豚肉、それ以外にもどんどん出て来る。
    「野菜のつまみと常備菜をいくつか作っておく。残っていたキムチは豚キムチにしておくから明日の夕飯にでも食べろ。少し多めに出来そうだから、豆腐を入れて今週中にスープにでもするといい」
    「おー、助かるわ」
     折り目正しくエコバッグを畳んだ木崎は、斜めがけしていたボディバッグにしまってから、それごと諏訪に手渡した。部屋に置いておけ、ということだろう。
     どうせ他に買ったものも含めて、大体の金額で精算することになる。長い付き合いだ、いつもと変わらない。
     白菜の根元を洗っている木崎を眺めながら端末を触っていた諏訪は「もうすぐあいつら着くらしいぞ」と声をかけた。
    「たたき胡瓜と小松菜のニンニク炒めはもう出来る。先に食べていてもいいぞ」
    「…作ってるやつの横で。流石に悪りぃだろ」
    「今更気にすることもないだろう」
     器の中で塩昆布、胡麻油、おろしにんにくと和えた胡瓜を棚から取り出した小鉢に軽くよそって爪楊枝を刺した。諏訪に渡して「味見してみろ」と言った。
    「うめぇ、良いんじゃねぇの」
     2切れほど食べて渡そうとする諏訪に、全部食べていいぞ。と豚肉を炒めながら言った。
    「お前、今日は珍しく腹が減ってるみたいだったからな」
    少し口角を上げて、機嫌が良さそうに鍋へ白菜を入れる。

    なんだお前。俺のお袋か?

    ーーーーーーーーーーー

     チャイム音と同時に勢いよくドアが開いて、小柄な体躯が姿を現す。両手のビニール袋には見慣れたパッケージの箱がいくつか積み重なっていた。我が物顔で部屋に上がってきた風間に続いて、寺島がお疲れ〜と言った。
    「おめー…いくつ買ってきたんだ、これ」
     風間が腕ごと突き出してきた袋を受け取りながら、諏訪が中を覗く。持った瞬間にずっしりとした重みを感じた。
    「任務後だからな、普通に腹が減っている。残っても諏訪の朝飯になるからいいだろう」
    「俺は朝から揚げ物食えるほどタフじゃねぇんだよ」
    「そうか、脆弱な胃袋で残念だな」
     チキンはまだ温かく箱ごと卓上に並べた。何故か四箱、20ピースも購入しており、何考えてんだコイツら?と諏訪は心底頭を疑った。もう二つ箱があり、一つはポテト、もう一つはなんとパーティナゲットだったからだ。
    「わかんないんだけど、風間がやたら注文したがってさ。別に俺も食べるつもりだったし、まぁ良いかなって」
     雷蔵は追加で買ってきた飲料を冷蔵庫にしまいながら、あとそれ。と指差した。茶色の紙袋が置いてある。中を開けると、みっちりと黄色い粒の入った容器が出てきた。スイートコーンだ。
     呆然と眺めていた諏訪にフッ、と鼻で笑った風間は「箸休めにちょうどいいだろう」とか訳が分からんことを言い始めた。コーンで箸休めろってか、イカれてやがる。
     ちょうど、一通りの料理が終わった木崎は台所から出てきたところでぎょっとした。ローテーブルにぎっしり並んだ箱と野菜のつまみで取り皿を置くスペースもなかったからだ。ちょっとふざけて並べたところもある。

     なんかコイツ変だな…とは思っていたが、完全に判断力を失っていた風間は、どうやら顔に出さないだけで大分疲れていたらしい。そういえば、夜勤と日勤の間に大学の課題があるとゼミに篭っていたようだ。実はしばらくまともに寝ていなかったのか、小松菜とチキン2ピースを食べ、缶を2つ空けた頃には完全に落ちていた。
     一方、三人ともチキンはそこそこに、ポテトや木崎の作ったつまみをなんだかんだ食べ進め、思うままに酔っ払って気持ちよくなった諏訪も、そのまま意識を手放した。

     目を覚ますと、カーテンの隙間から淡い陽光が差し込んでいる。手探りで携帯を探し当てると、しぱしぱする目を瞬かせてから液晶を見た。『9:21』まぁまぁの時間だ。どのみち、今日が非番だと分かって家に呼んだのだから、昼まで寝ていようが自由だった。
     家主が床で雑魚寝だったのに対して、いつの間にかベッドを占領している雷蔵と毛布に包まって団子のようになっている風間を見つけた。木崎は見当たらないので、どうやら先に帰ったようだ。ローテーブルの上には、飲み散らかした空き缶などは散乱しているものの、傷みそうな食品は置いていなかった。どうやら軽く片してくれたらしい。
     重たい頭を抱えながら、台所に向かう。コップで水を一杯飲んだところで、置いてあるメモに気がついた。

    『残ったチキンは小分けにして冷凍庫に入るだけ入れてある。炊飯器に米を炊いてあるから昼飯にでも食べるように』
     
     一人暮らしで殆ど米は炊かないが、炊飯器は備え付けだったので別に使わなくても気にしていなかった。久しぶりに仕事を与えられた炊飯器は保温になっており、既に炊けてから三十分は経っているようだ。蓋を開けると予想外の中身で諏訪は「うわっ」と独りごちた。



    チキンとコーンの炊き込みご飯



    残りも美味しく、いただきました。
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