いちおう司彰です! ────だめだ。頭がぼーっとするな……。
オレはさっきから、なにも手についていない。ショーの案などを書き留めるノートは、ただただ目の前のテーブルに広げているだけだ。
……ああ、オレは……なにをしているのだろう。────彰人は、なにをしているのだろうか。
本当は今頃、久しぶりに彰人と二人きりで過ごす予定だった。
でも、咲希が、昨日の夜に熱を出した。今日は母さんも父さんも、どうしても外せない用事があった。……たまたま運が悪かったのだ。…………いや、こうしてオレは家に居られるのだから、運が良かった。体調を崩してしまった咲希を家で一人にするわけにはいかない。咲希は大丈夫だと言っていたが、一人の時になにかあったら大変だ。オレはお兄ちゃんなんだから、咲希の面倒を見なければ。オレのせいでなにかあったら…………オレが存在している意味は?
『……そうですか。お大事にしてください。』
────オレが昨日の夜遅くに、今日の予定を断るチャットを送って……。更に真夜中になってから、彰人が返してくれた言葉。
これはどういう意味なんだろうか。──落胆? 失望か?
彰人はきっと、本当は。……オレなんて居なくても、生きていける。でも、オレは…………。
……ああ、咲希──咲希さえ────。
《──咲希さえ、居なければ》
「──ちゃん、お兄ちゃんっ」
「──ッ!! …………あぁ、咲希か。もう身体は大丈夫なのか?」
「熱も下がったし、ずいぶん楽になったよ」
「そうか。なら良かった」
「うん……。……ねぇお兄ちゃん、大丈夫……?」
「何がだ?」
「…………ううん。なんでもない」
「そうか」
「……ごめんね、お兄ちゃん。今日、お兄ちゃんも予定があったのに……」
「ふははっ! 何を言う! オレは咲希が元気になってくれればそれでいいんだ。オレは咲希のお兄ちゃんだからな!」
「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」
「ああ! ……そうだ。今ココアを作ってきてやろう」
────ショーのことを考えていたというのに、いつの間にかぼーっとしていてしまったようだ。これではいかん。オレはあいつらの座長なのだから。来月の三連休には新しいショーをやらなければならない。まだ内容も大筋しか決まっていないのだ。一層気を引き締めなければ。
………………あれ? 他にも、なにか────。
──いや、思い出せないのだから、きっと大して重要ではないのだろう。きっとそうだ。
────ふと、真っ白いノートが目に入る。……これはおそらく、オレのものだろう。テーブルに置いてあって……そうだ。先程まで、次のショーについて考えていたんだった。
キッチンへと向かうが、オレはどうしてもさっきのノートが気になる。どうして真っ白なんだ。行き詰まっていたのか? はたまたぼーっとしていただけか。……スターたるもの、うかうか休んでいる暇なんてないではないか! しっかりするのだ、ペガサス!
粉末のココアをポットのお湯で溶かし、テーブルに座る咲希の元へと運んだ。
「──ほら、咲希。ココアだ。……熱いから気をつけるんだぞ?」
「はーい! ありがとう、お兄ちゃん!」
……咲希の笑顔を見ると安心するな。顔色も昨日と比べるとずいぶん良くなったようだ。
「……お兄ちゃん、もうアタシは大丈夫だから! ……えっと……部屋に戻って、少し休んで欲しいな」
「ん? 急にどうしたんだ? 咲希」
「うーん……えっとね、……アタシが熱出しちゃったから、昨日はお兄ちゃん、あんまり寝れてないんじゃないかな」
「……いや、そんなことは──。…………いや、咲希のせいではないが、少し疲れているのかもしれんな。では、少し休ませて貰うとしよう! ……だが、なにかあったらすぐに声をかけるのだぞ! お兄ちゃんとの約束だ」
「うん! 分かったよ。お兄ちゃん!」
…………咲希の言うとおり、オレは少し疲れているのかもしれない。そういえば最近は、少し忙しかっただろうか。
────ッ、……急に頭痛が……。
──────そうですか。
──っ! 彰人────ああ、彰人は今、なにをしているのだろうか。
本当だったら今頃は……。いや、仕方のないことだ。咲希はなにも悪くない。……咲希だって、一日中ベッドにいないで友だちと遊んだりもしたかっただろうに。
────あれ。オレは今、いったいなにを悩んでいるのだろうか。
†††
「……ん…………んん……?」
────今、何時だ?
……良かった、まだ16時だ。きっとそんなに時間は経っていないだろう。…………ん? なんでベッドに横になっていたのだろうか?
──あ。スマホにメッセージの通知が来ている。
『妹さんの体調は大丈夫っすか。』
……彰人からだ。あぁ……咲希は…………。下のリビングを見やるが、咲希の姿はない。
『今は多分寝ているが、大丈夫だろう。』
──ピコンッ。
『それなら良かったっすね。』
思いの外、すぐに返事が来た。
『ああ』
『今日は、すまなかった。』
──ピコンッ。
『仕方ないだろ』
ピコンッ。
『でも悪いと思ってるなら、今度なんかおごってくださいよ』
……はは。現金なやつだな。『分かった』……と──。
──プルルルル……。
着信音だ。
「……!」
彰人から。
「……もしもし、オレだ!」
「……あ、司センパイ、元気そうっすね」
「……ん……? 風邪をひいたのは咲希だぞ? オレは至って元気だ!」
「……そりゃあ良かった」
──なんだか納得していない声色だな?
「なんだ、やっぱり怒っているのか? 今度ちゃんとなにか──」
──おごるから、と続けようとしたのだが遮られた。
「いやいや、怒ってないですよ。マジで」
「……? そうか?」
「……ただ……。いや、今から会えます? 少しだけでいいんで」
「む。なんだ! さみしかったのか! いや〜、そうかそうか、愛されてるなっ、オレ!」
「はいはい……。で、どうなんすか」
「うむ……。もう少しで母さんが帰ってくると思うぞ。だからその後であれば、きっと大丈夫だろう!」
「分かりました。んじゃあ家出る前に教えてください。迎えに行くんで」
「………………。……わざわざこっちまで来てくれるのか?」
「あー……オレが早くアンタに会いたいんで」
「……む、そうか」
「そう。……んじゃ、またあとで」
「ああ! あとでな、彰人!」
†††
オレは向こうの様子が分からず、頃合いをみて司センパイにチャットを送る。その後はこまめにスマホをチェックして、ただひたすらに待った。センパイからの連絡は通知音も個別で設定しているが、念には念を、だ。
数時間後に返信が帰ってきて、チャットでの会話もそこそこに電話を掛ける。一見するとセンパイはいつも通りだろうが、やっぱりどうも様子がおかしい。……ただし、本人がそれに気づいているかは不明だ。少しだけだが外で会う約束を取りつけると、センパイの声色がわりあいいつも通りに戻って、ちょっとだけ安心する。
・
・
・