Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    michiru_wr110

    @michiru_wr110

    男女CP中心 stmy/anzr/mhyk etc...

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🍳 🎤
    POIPOI 32

    michiru_wr110

    ☆quiet follow

    stmy 初出2023.2.
    #stmy元カノアンソロ 「甘い葡萄」にて寄稿させていただきました早乙女さん+名前有モブ♀の作品です。
    早乙女さんと中学の同級生だったモブ♀から見た過去と現在。
    郁玲前提・捏造多数

    アンソロ詳細はこちらからどうぞ
    https://twitter.com/hero_inhermind/status/1633456544955392000

    #郁玲
    yuLing
    #モブ♀視点

    写真を巡る想い出(郁玲+モブ♀)「……ポン」
     今でもふざけた名前が口をついて出ることに自分でも驚きを隠せない。中学時代の女友達二人と飲んだ帰り道、喧騒の止まないスクランブル交差点を渡り終えてすぐのことだった。急ぎ足の誰かが追い越しざまにぶつかってきて、よろめいたところを反対側にいた男性が受け止めてくれたのだ。訪れた再会は客観的に見ても唐突かつ運命的なシチュエーションだったと思う。
     謝罪とお礼を伝えようと咄嗟に顔を上げて、ぶつかる視線。さらさらな黒髪の隙間から見え隠れする切れ長の目には見覚えしかなく、開口一番に馴染みのある呼び名を叫んだ。
    「……」
     僅かに眉根を寄せた後に、彼は貼り付けたような愛想笑いを浮かべる。
    「大変ご無沙汰しております」
     ひどく他人行儀な物言いに少しムッとしながらも、一応無視されなかっただけましだったのかもしれないと思いなおすことにして表情を緩めてみた。
    「覚えていたっていう認識で良い?」
    「嬉々として風変わりな二つ名で呼ばわる女性には、そう心当たりなどありませんよ」
     硬さの残る声色のまま私の肩に触れ、体勢を整えるとすぐに離れる。
     面影を残しながらも見目麗しい方向性に成長したらしいかつての級友に感慨深さを覚える一方で、愛想笑いの奥底に滲んだ揺らぎも見逃さなかった。あれはきっと、過去の経緯による頑なさ。そして、対峙する私を値踏みしようとする警戒心の類に違いない。

     * * *

     ポンは転勤族で幼少期から各地を転々としていたらしい。中学二年の二学期からこの地に越してきた後、中学卒業まで同じクラスだった。今思えば、この辺りでの高校受験を視野に入れていたのかもしれない。都心から三十分前後に位置するこの地域は学生向けの寮が多かったのだ。
     時期外れの転校生はたどたどしく「さおとめ、です」と名乗り、急遽追加された窓側の一番後ろの席に座った。それまでは窓側の一番後ろの席はくじ運の良かった私の特等席だったというのに。唐突に現れた転校生のせいで、何とも落ち着かない気持ちになり複雑でしかない。別に居眠りしたり、こっそり教科書に落書きするような真似はしていなかった。けれど、たとえやましいことがなくてもどこか、そわそわと落ち着かない心地だったことも否定できない。

     ところがその後、思いがけないタイミングで彼の人となりを垣間見ることになる。
     数週間が経ち、連日のうだる暑さが少しずつ引いてくる頃。教科担任の急な休みだったかでその日の一時間目は自習になった。今の席は居心地は悪くなかったものの、いつもつるんでいる女友達は三人揃って廊下側の席。
     早めに終わらせたらあっちに突撃しようと決めると、はやる気持ちでプリントを受け取った。そして、受け取った二枚のうちの一枚を回すために後ろを振り返ったのだ。
    「……?」
     彼はプリントを差し出す私に見向きもしなかった。憂いを帯びた表情のまま、開いた真新しい生徒手帳を凝視していたからだった。正確には、生徒手帳に挟んでいた「何か」を食い入るように見つめている。
    「……ねえ」
     一分一秒も惜しいという抗議の意味を込めて、なるたけ低い声で呼ぶ。これでも反応しなければ無理やり机にねじ込んで戻るつもりだった。
    「ふぁっは」
     一連の仕草は、肉食動物に睨まれた小動物とでも言うべきか。悲鳴らしき声は大きくはなかったけれど、細身な身体をびくっと震わせた拍子に生徒手帳を取り落とした。
    「…………ポンコツ?」
    「いや、あの……えっと」
     率直な感想が漏れ出るのも無理はない。気が小さそうだとは思っていたけれど、そこまで動揺するほどだったろうか。あわあわと挙動不審になっているポンコツの机にプリントを滑り込ませてから立ち上がる。私の椅子の下に落下していた生徒手帳と、傍にある写真を拾った。生徒手帳は他に何も挟まっていなかったようで扇のように仰いで埃を払い、写真はセーラー服の袖でさっと拭う。拭った写真に写っていたのは大きなゾウの遊具を背景にした、幼い男女のツーショットだった。
     子どもの一人は小学校低学年くらいの女の子で、少し茶色がかった髪と天真爛漫な笑顔が印象的だ。隣に寄り添うのは、女の子よりも少し歳上らしい男の子。頬には大きな絆創膏をつけて活発そうではあるが、どこか恥ずかしそうにしている。目の前でポンコツを発動している男の面影がばっちり残っているので、どう考えても本人だろう。百歩譲って兄弟の誰かとも考えられるけれど、他人の写真を穴が開くほど見つめるのもそれはそれでどうかと思う。
    「はい」
    「…………ありがとう」
     私が差し出すとそいつはこわごわとこちらへ両手を伸ばした。受け取った後も壊れ物を扱うような仕草で写真を元のように挟みなおして懐へとしまう。
    「どういたしまして。ポンコツ発動しないでよ、もう」
    「…………」
     恩義は感じるけれど不服だ、とでも言いたげにこちらを見つめ返す視線。
    「何?」
     もしかしたら、いつもの女友達と喋るより楽しいかもしれない。予感を抱きつつ、私は男子学生の面を被ったポンコツ小動物をもう少しつついてみることにした。
    「めっちゃ怪我してんじゃん」
    「み……見た?」
    「写真なら見たけど」
    「…………」
     不満の色を強めて黙り込みながらも、切れ長の目が泳いでいる。動じず普通にしていればまあまあ格好良いのに、という感想は余計なお世話だろうから伏せておく。
    「…………轢かれそうになったから」
    「え、その子を?」
     物騒な発言に一瞬どきっとしたけれど、黙って頷いた頬に赤みが差したところを見るに命に別状はなさそうだ。
    「遊んでいたら自転車が突っ込んできて、手を引いたんだ。勢いがついたまま、いつの間にか手が離れていて」
    「え、まさか」
    「こけた」
     オチを話すそいつの顔が、ついには茹で蛸のごとく真っ赤になった。
     つまり、あれか。轢かれそうになって手をつないだまま遠心力で回転した。女の子がそのまま手を離した。結果こいつが代わりに、顔からこけた。
    「ぷ……っははははっ」
     盛大に吹き出すしかない。やっぱりこいつ、ポンコツだ。
    「ちょ、止めてよ……」
    「ひっ……ご、ごめ……はははっ」
     席の近い数人がこちらを見たけれど、その頃には気の緩み始めた他の子たちもおしゃべりに興じていたからもう気にならなかった。先生が怒鳴りこむと面倒なので声の大きさには気をつけたつもりだけれど、それでも不意を突かれた直後から盛大にやってきた笑いの波は収まりそうにない。
    「本っ当にポンコツだな!」
    「ポンコツは止めてよ……」
    「じゃあポンだわ」
    「大差ないよ」
     力なく突っ込みを入れるポンコツ男は、もはやツボに入った私の笑いを止めることを諦めたのだろう。気が抜けたように笑う表情からは少しだけ警戒心が消えていた。
    「ごめんごめん! 教えてくれてありがとう」
     軽くあしらいながら、いい加減取りかかろうと自習プリントに向き直る。シャープペンを持つと、くたびれ始めていた紺セーラーの袖が目についた。写真の砂を払った時についた汚れが目立つなと思いながら、払うのも勿体ないような。笑いを引き釣りながらむずむずするような心地を振り払おうと、私はペンを走らせる。
     そうして、やってきたばかりの季節外れの転校生は「ポン」になったのだ。

     *

     写真の逸話を聞いて以降も、席替えで程なくして離れてからも、ポンとは時々喋る仲ではいた。
     ポンは人見知りが激しく、中学卒業までクラス内では私以外の誰かと雑談するところを見たことがない。グループ実習や委員会などの時に必要に迫られて事務的な会話をすることはあったけれど、心を開いているようには見えない。
     一方で私は来るもの拒まずの精神で、話しかけてくれる人とは普通に喋る方だと思う。とはいえ、気を許した人にはだいぶ遠慮がなくなったり、口調が荒っぽくなる自覚はあった。仲の良かった子がいつの間にか他のグループの輪に入っていて、私の悪口を言っていたなんて経験もあって悲しかったけれど仕方がない。当時つるんでいた女友達二~三人は私の口の悪さを面白がってくれていたけれど、それでも離れていくことがあれば仕方がないと割り切ろうとしていた。

     だからこそ、ポンとの会話は気楽だったのかもしれない。連絡先の交換なんかしていなかったけれど、当たり障りのない距離感でくだらない話をする時間は思いの外楽しかった。
     ポンと話す内容は、難しくてわからない授業のことや先生たちの噂話・放送されているドラマや音楽の話なんかの無難な内容だ。傍から見れば仲は良さそうなのだろうが、毎日話すわけでもない。何だったら好き嫌いや学校の外での過ごし方などは見えそうで見えないままで、かなり謎に包まれていたように思う。
     けれど唯一、写真に写っていたあの女の子だけは別だ。あまり多くは語らずとも、名前や年齢・底抜けに明るくて可愛らしい人となりまでは把握するに至っている。今でも相当に大切にしているのだろう。女の子、もとい玲ちゃんは年相応に微笑ましいエピソードに事欠かない。流行曲の歌詞を間違えて覚えていたとか、鬼ごっこでタッチする時に転んで野球のスライディング状態になっていたとか、雨に降られそうなときに大きなゾウの遊具の中で雨宿りをしていたとか。あと、玲ちゃん絡みだと結構な頻度でポンが巻き込まれ悲惨な目に遭っているとか。不服なエピソードも混じっていただろうに、玲ちゃんの話をする時だけは警戒心がほどけた柔らかい表情を見せる。なので毎回ポンを揶揄う流れになるのだ。
    「そんなの絶対好きじゃん」
    「なんで?」
    「今話してる時の表情、鏡で見てみなよ。顔面電光掲示板って感じ」
    「好きとか、そういうのじゃないよ」
     幸せでいてほしいなってだけで。お決まりの台詞は何だか自分に言い聞かせているみたいで、何だかいらいらしてしまう。どこからどう見ても好きでしかないけれど、頑なに認めようとしないので「そういうところがポンなんだよ」と諭すこともあった。
     ポンは学校の勉強はできる方だし、勉強とか関係なしに話し方や受け答えは賢いと思うのだ。同じクラスの男子たちが馬鹿っぽい話し方をしたり、しょうもないことでケンカしたりするのを見ているから余計にそう感じるのかもしれないけれど。
     けれどポンはたまにポンコツにもなる。バスケの授業ではディフェンスで派手に転んだのにボールにちっとも触れていなかったし、中間テストでは問題の回答をひとつずつずらして書いたばかりに二十点ほどを損したらしい。けれど、ポンコツを発動する度に「再発防止のために」と対策を十以上は書き出して実行するので、同じ間違いは繰り返さない。ポンは有言実行の男であり、愛すべきポンコツだ。
     ところが、玲ちゃん絡みとなるとそうはいかないらしい。忘れた頃に玲ちゃんの話を振るだけで物を取り落としたり、シャープペンの芯をぼきぼき折ってしまったりと冷静さが彼方遠くへと消えてしまう。
    「玲ちゃん絡むと豆腐メンタルじゃん」
    「仕方ないだろ」
     頬杖をつきながら項垂れるポンの姿勢も表情も飽きるほど見てきた。
    「傾向と対策は?」
    「藍染さんしか知らないから必要ないよ」
    「まあそうかもしれないけれどさ」
     返答は分かりきっているのに、私は急かさずにはいられないのだ。きっとどこかで、玲ちゃんのことで動揺しなくなってほしいと、願っている自分がいたからかもしれない。
    「それに、玲ちゃんのことは傾向も対策もできないよ」
     私の中に芽生えているもやもやとした想いの正体には、気づかないふりをしていた。
     いつも同じ台詞で切り捨てられるとわかっていたからだ。
    「玲ちゃんのいた頃にはもう戻れないんだから」

     *

     事件が起きたのは、卒業を間近に控えた頃だった。
     ポンとはつかず離れず、たまに話す関係が続いていた。冬休み明けで高校受験も間近。成績差によって卒業後に疎遠になることが確定してから何ヶ月も経っている。
     その時の私は廊下側の一番後ろの席で、ひとつ前がポンの席。進路のことで呼び出しを受けていたらしく、ポンは昼休みが終わる五分前に戻ってきた。私も女友達の席でご飯を食べたりおしゃべりしたりして、ポンよりは先に戻った。
     この時点で気がつけば何かが変わっていたのかもしれない。
    「……っ」
     相変わらずのポンコツを発動させて、ポンは生徒手帳を取り落とした。手帳は勢い余って私の机の下を抜けて後ろへと滑ってしまったので、当然のように私が拾う。
    「ポン、またなの? はい」
    「あ……」
     おかしい。一目見て気がついた。ポンは血の気が引いている。いつもなら拾って渡すたびに「ありがとう」とお礼を言ってくれるのに、この時ばかりはその余裕もなかったみたいだ。
    「え……どうした?」
    「……ないんだ」
    「ないって?」
    「…………」
     ポンは手帳を受け取れないまま手を震わせている。
    「……写真が」
    「えっ」
     短い言葉だけで全てを悟った。ポンは心底大事にしている、玲ちゃんとの幼き想い出の写真を失くしてしまったのだと。私もつられて背筋が冷たくなったのを覚えている。
    「最後に見たのはいつ?」
    「四限の後はあったはずだ」
    「じゃあ、昼休み中に?」
    「多分……」
     ポン曰く、昼休みにご飯を食べた後に生徒手帳を持って職員室へ行った。受験の手続きに学校側の小さなミスがあったとか、再申請の関係だったか、とにかく急ぎで生徒手帳が必要だったらしい。恥ずかしかったので慌てて写真を机の中に入れてから向かったのだと。
    「その時は、ポンの席しっかり見ていなかったな……どこかに落ちたのかもしれない」
    「う、ん……」
     呆然とするポンをよそに私は屈んで膝をつき、四つん這いのまま周辺を探る。周りの子たちには怪訝な顔をされたけれど「ちょっと落とし物ー」と軽くあしらった。近くに落ちていないかだけでも確認したかったけれど、見つからないまま無情にも昼休み終了のチャイムが鳴る。
    「授業終わったらまた探さないと」
    「いや、良いよ……藍染さんごめん」
     肩を落とすポンはそのまま振り向かず席に着いた。でも、ポンがあれだけ大切にしていた写真なのだ、諦めるわけにはいかない。
     ひとまず他になくなりそうな場所は。ポンが落とした場所は。あるいは、考えたくないけれど。
    (誰かが盗んだ……?)
     ポンはそこそこお人好しで、気が弱い。写真の存在を知った誰かが面白半分に持ち出した線も考えられる。私はポンの写真や玲ちゃんのことを言いふらしたことはなかったけれど、教室内で話題に出している以上誰が知っていてもおかしくはないはずだ。ポンを悪質な方向性で揶揄いそうな人、成績の良さで逆恨みしそうな人、様々なクラスメイト達の顔が浮かんでは消えていく。
    (あー考えてもきりがないな)
     ひとまず授業だ。五限を受けてから対策を考えないと。それだけを考えながら机の中に手を突っ込んだものだから、油断した。
     教科書とノートを出すと同時に、一枚の紙が滑り落ちる。あっと思うと同時に写真は前にいるポンの足元に落ちた。
     反射で勢いよく立ち上がり、手を伸ばす。でも、遅かった。

    「……これって」

     タッチの差で早く拾ったポンが、茫然と呟く。
     探していたポンと玲ちゃんの写真は、私の机の中から零れ落ちたのだ。
     
     * * *

     ポンと交わした他愛のない会話が、当時抱いたもやもやとした行き場のない想いが、浮かんでは消える。一目見ただけで鮮やかに蘇ってしまうほど、私の人生において印象的な男だったことには違いない。動揺を悟られないように、私は都会の喧騒に混じって声を張り上げた。
    「……まあ、元気そうで良かったよ!」
    「そうですね、お互いに」
     次の言葉が浮かばないまま、スクランブル交差点の横断歩道の手前に立ち尽くす。忙しなく行き交う人々の群れは怪訝そうに一瞥しては離れていき、また一瞥して通り過ぎていく。
    「どこかでお茶でもしますか?」
     渋々といった様相でポンが声をかけたけれど、申し出は遠慮した。今更どこかで改まって、とは到底なれなさそうだ。
    「とりあえず駅まで、一緒に行かない?」
     気まずさは残るけれど、それでも言い残したことがないわけでもない。無言を肯定と受け取った私は意を決して、ポンの隣へと歩き出す。

     * * *

     結局、ポンとはそれ以降まともに話ができないまま中学を卒業した。
     写真がどうして私の机の中にあったのかは最後まで分からずじまいだ。あの状況では私がポンの写真を盗んだと思われてもおかしくないだろう。けれどポンは、五限が終わった後も私を責めることなどなかった。
     誤解されるのはつらいけれど、それでも構わないと思った。ポンの大切にしている写真の話が大っぴらに、面白おかしく広まることを望まなかったから。あの後に受けた五限の授業は全く頭に入らなかったのは言うまでもない。先生に何度か体調を気遣う言葉をかけられたらしく、まるで気の抜けた声で「大丈夫です」と返していたそうだ。つるんでいた女友達の二人が代わる代わる教えてくれて、もう一人はもの言いたげにこちらを見つめていた。
     五限を受けるポンの後姿からは何の感情も読めなくて、それが却って恐怖心を煽るようだったことだけは辛うじて記憶している。

     授業後にポンは振り返り、あの大切な写真を私に差し出した。
    「藍染さんが捨ててくれないかな」
    「……どうして?」
    「僕はきっと、捨てられないから」
     ポンは口元を引き結んでいた。何かを決意したのだろう。私はこれを受け取ったら最後、もうこれまでの日々に戻れなくなることを理解していたつもりだった。
    「傾向と、対策。手放したら、ポンコツからも卒業できる気がするんだ」
     けれど言われてしまってはもう、駄目だった。受け取らないまま、無下にはできないと。込み上げていた涙をぎりぎりのところで零さないように、しかめっ面のまま写真に手を伸ばす。
     ポンは写真を渡すと前に向き直り、二度とこちらを向くことはなかった。もう二度と見られないからと私は嗚咽をかみ殺して、すっかりくたびれたセーラー服の袖で零しそびれた涙を拭う。

     私の中学校の生活はこうして、幕を下ろした。

     * * *

    「え、玲ちゃんと」
     ポンからの近況報告に、私は前のめりに尋ねる。
    「まあ、不本意ではありますが」
    「すごいじゃん!」
     駅までの道中を、はしゃいだ声を上げながら進む。どんなに通る声も喧噪で掻き消されるのは、都心を歩く上での数少ないメリットかもしれない。断片的な話を聞く限り、ポンは写真に写っていた玲ちゃんと見事再会したらしい。玲ちゃんの話をするポンの表情からはすっかり憂いが消えていて、その分柔らかい笑みを浮かべていた。この様子だときっと、良い関係を築き始めているのだろう。素直に喜ばしいことだ。
     私も当たり障りない近況を話してから息を整え、思い切って切り出してみることにする。
    「あれから、ポンはポンコツ卒業した?」
    「当たり前じゃないですか」
     もう子どもではない、とばかりに胸を張るポンの仕草が何だか可笑しい。そんなことを言っていると改札に辿り着いた。ポンはJRで、私は分かれて地下鉄へと降りる。こんな奇跡みたいな巡り合わせなど二度と起こらないだろうから、これが本当のさよならだ。

     ポンが元気だったと知れただけで充分すぎるほどだと思う。悔いはない。

    「それと、時効だと思うのでお伝えしますが」
    「何よ」
     ふと振り返り、ポンはいたずらっ子みたいな笑みを浮かべる。
    「知っていましたよ。写真を盗んだのは、藍染さんではないと」
    「…………え?」
     我ながら間の抜けた声だったと思う。けれど、聞き間違いでなければ。
    「あんなに必死で、鬼の形相で写真を探した人が、盗むわけないんですよ」
     一層晴れやかな表情で笑いかけたポンはどこか吹っ切れた表情のまま背を向ける。改札を抜けた後も目立つ精悍な後ろ姿には確かに、あの時おどおどしていた「ポン」の面影はない。
    (ずるいだろ、そんなの)
     別れ際にまで嫌というほど実感させられた。ポンはつくづく有言実行の男だと思う。


     家に帰ってから、しまい込んでいた中学の卒業アルバムを開いた。アルバムからは一枚の写真がはらりと、部屋のカーペット上に落ちる。
     拾い上げてから意味もなく、写真の表面を服の袖で拭ってみた。手の中には色褪せたままの二人が変わらず目を細めている。無垢な眼差しは温かいままで、それなのにどこか痛いまま胸の奥深くに突き刺さる。
     この先もきっとやりきれない想いは私の胸中に棲み続けるのだろう。けれど、結果的に早乙女郁人という男が幸せになるならば、私としてはそれも本望かもしれない。
    (……好きだったな)
     寂しさはあるけれど、この先の未来で彼と玲ちゃんが自分らしく進んでくれたら良い。十数年の時を経た私は、受け取った想い出だらけの写真をアルバムに挟みなおした。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💝
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works