それはいつもと同じ、特別な日 時刻の表示がゼロで並び、日が変わった瞬間にその通知は届いた。メッセージの差出人は【アルバーン・ノックス】。その名を目にした瞬間に、表情が自然と和らいでいくのが自分でも分かる。
『今ちょっと話せたりする?』
勿論、と端的な返事をしてコール音が鳴るまで僅か数秒。繋がってすぐに聞こえてきたHappyBirthdayの言葉は彼の口から発せられたというだけで特別な響きを持っていた。
『ごめんね、もう寝る時間かと思ったんだけどやっぱり直接言いたくて』
「もう少し起きてるつもりだったから大丈夫だよ」
謝るようなことじゃないと言葉をかけると、安堵と共に嬉しそうに笑んだ気配が伝わってくる。配信中ではお馴染みの、けらけらと楽しそうに笑っている時とは異なる反応。それは表情までも容易に想像できるもので、時折見せてくれるそんな一面が愛しくて堪らない。
『それと……その、これ良かったら後で聞いて』
誰にも見られていないのをいいことについつい緩みがちな表情のまま聞こえてくる声を堪能していると、少しばかり言い淀むような言葉共に何かを受信した通知音がサニーの耳に届いた。いったいなんだろうかと確認してみると、そこにあったのは音声データファイル。今日のこのタイミングでということは誕生日のプレゼントして用意されたものだろうということは容易に察しが付く。
そうと分かれば後回しになんてしていられない。
「今聞きたい」
『え……このまま?』
困ったように聞き返してくる声は想定内。むしろ、どう返ってくるか分かっていて言い出したことであるし、そこを譲歩する気はサニーには元よりない。
「そう、だめ?」
だから、最終決定権をアルバーンに委ねたのだってわざとだ。彼がそれを断ることはないと分かっている、それが今日と言う日ならなおのこと。
『う~……ぃ…、いいよ』
僅かな躊躇の後に得た答えに口角が上がる。そして許可は取ったとアルバーンにも聞こえるように音声データを再生すると、少し高めのキーで祝福の言葉を唄う声が流れ出した。
どこか和風のテイストを感じさせる楽器の音色が特徴的なメロディは初めて聞くものだったが、のびのびと歌っている様が目に浮かぶような歌声はサニーの心を幸福感で満たしていく。可愛らしい高音も、素の声に近い低音も、どれも違った魅力があり、どれも同じように愛おしい。何より、歌詞の中でとはいえこれからも共にと歌いあげてくれているのだ。これほど幸せなことはない。
曲が終わると同時にサニーは余韻に浸りながら口を開く。
「ありがとう、まさか歌ってくれるとは思わなかった」
以前に頼んで歌ってもらったことはあるものの、彼が自ら、それもプレゼントとして歌ってくれるとは思いもしなかった。それは嬉しいサプライズであったし、自分のためだけに歌われた曲をひとり占めできるという事実はサニーの優越感を刺激する。それを知ってか知らずか、それまで黙っていたアルバーンは緊張から解き放たれたように喋り始めた。
「良かった…、プレゼント用意したかったんだけど何がいいか思いつかなくてさ」
彼から貰えるものならばなんだって嬉しいのだが、それをここで口にするのは野暮というもの。それに、何を贈ったらいいかと頭を悩ませていた時間があるということ自体が嬉しくもある。
「最高のプレゼントだよ、これで可愛い歌をいつでも聞ける」
「…そんな大袈裟な」
サニーからすれば心からの言葉だったが、返ってきたのは照れ隠しとも取れる謙遜。どこか嬉しそうな響きも感じ取れるから本気で言っているのではないだろうが、それでも気恥ずかしさが勝ってしまうようだ。この恥じらうような反応がたまらない。普段ならばほどほどのところで引くのだが、アルバーンがあんまりにも喜ばせるようなことばかりしてくれるものだから少しばかり欲が出た。
「可愛いよ、俺のために歌ってくれたんでしょ?こんな楽しそうに」
「それはそうだけど…、でも言い過ぎ!」
喜んでもらえて嬉しいけど恥ずかしい。そんな心境を感じさせる声音で言われては、とてもではないが止める気になれない。もっと聞かせてくれとサニーは更に言葉を重ねていく。
「ははっ、ほんと……すっげぇ可愛い」
抑えるつもりがないだけで、口にしたのは全て本心。そこには偽りも誇張もない。だからこそ羞恥心も煽られるようで、アルバーンの声に懇願するような響きが混ざりだした。
「ね…もう……、それあんまり言わないで」
恥ずかしくてたまらないという訴えも、そんな声で口にしたところで逆効果。サニーはどのワードに対してアルバーンが言っているかを分かったうえで問いかける。
「可愛いって?」
「〜〜…、だからっ…!」
そんなこと言われ慣れているだろうに、意図していない時に言われると過剰なほどに恥ずかしがるものだからどうにも歯止めがきかない。どんな表情をしているか容易く想像できてしまうほどの余裕のない制止の声に、いったいどれほどの効力があるというのだろう。
「無理だよ、こんな可愛いのに」
だからもう少しだけ。そう続ける前に聞こえてきた泣き出してしまいそうな声に、サニーは思わず息を呑んだ。
「やめ……もっ…、みみ…おかしくなり…そ…っ」
「っ…」
内からこみ上げてくる感覚にこれはまずいと自覚しながらも、ごくりと唾を飲み込んでしまう。言葉が出てこない。そもそもここで何が言える、何を言ったらいい。その一瞬の沈黙をアルバーンは聞き逃さなかった。
「あのっ…僕、まだやることあるから切るね!おやすみサニー、ちゃんと寝てね!」
それだけ言うと返事も待たずにぷつりと通話は切れてしまう。まあ、やめてと言ってもやめてくれないのだから当然といえば当然の結果。そう思いはしても中途半端に切り上げられてしまった感は否めない。
「逃げられた…、ん?」
だが、落胆気味にそう呟いたところで再び何かを受信した通知音がサニーの耳に届いた。表示されたのはメッセージ、ではなくメッセージカードの画像。そのカードに書かれた直筆のメッセージを目にしたサニーは思わず目を見開く。
《I’ll be thinking about you all day today… just like every other day.》
なんて言葉を残していくんだ。口元を手で覆い、こみあげる愛しさに思わず目を瞑ると恥ずかしそうにしながらも微笑むアルバーンの姿が脳裏に蘇る。これだけ貰ってもまだ足りない。
「…ずりぃよアルバン……、なんで近くにいねぇんだよ」
手を伸ばして触れられるなら、今すぐ抱きしめて離さないのに。画面に映しだされたままのメッセージを指でなぞると、サニーは遠く海の向こうにいる愛しい存在を想って大きく溜め息を吐くのだった。