Sweetie 目が覚めると、海を越えた遠い地に住む恋人からの画像付きのメッセージが届いていた。まだベッドでゆっくりしていてもいいだろうと、仰向けのまま携帯端末を確認すると画面にはこんな文面が。
『ポッキーの日って知ってる?明日のおやつはこれにしようかな』
添えられていたのは、来日した際にスーパーで買っていたポッキーの小袋。アメリカでも売っている通常サイズのものとは異なり、やや短めながら少し太めのショコラビスキュイに果肉入りの苺チョコレートをたっぷりまとわせたその菓子のパッケージにアルバーンが目を輝かせていたのを覚えている。可愛かったな、頑張った時のご褒美にしようかなって嬉しそうにしちゃって。
けれど、そこまで思い出して記憶に残った姿だけでは物足りなさを感じてしまう。目の前にいたなら感情のままに抱きしめられるのに。勿論、それが無理なことは分かっている。そして、そうと分かっていてもそれが出来ないこの現実が恨めしい。
だから、その返信文を打ち込んだのは恋しさからだった。
『見せてくれるのはポッキーだけ?』
彼はなんと返してくるだろう。具体的な要求を書かなかったのは少し意地悪だったかもしれない。きっとどう返すのが一番いいか考えているだろうから。そうすることで困らせている自覚はあるが、その分俺のことを考えているのだと思うと悪くはない気分だ。
それからすぐには返事はなくて、転がったままで端末をいじっていれば目が覚めてから経った時間は優に30分。さすがにそろそろ起きるか。そう思い始めた頃にそれは届いた。
受信を知らせる通知をタップしてまず目に入ったのはメッセージ。
『明日食べようと思ってたのに…』
それだけではどういう意味か分からず、添付されている画像を確認するために画面をスクロールしていくと、そこに写っていたものに思わずびしりと固まる。
目に入ったのは、先程送ってきたパッケージのポッキーを咥えて、困ったようにこちらを見つめる恋人の顔。それだけでも十分過ぎるほど動揺を誘う効果があるというのに、羞恥からか頬がほんのりと染まっているのがまたタチが悪い。いや、確かに顔くらいは見せて欲しいと思ったが、ここまでするとはさすがに考えていなかった。
「―――くっそ…っ」
思わず顔をシーツに埋めて悪態を吐く。こんなの逆効果だ、会いたい気持ちが増しただけじゃないか。今すぐにでも抱きしめたい、触れたい。ああ本当にバカなことをした。
こんな気分では起きる気にもなれない。いっそ二度寝でも決め込んでやろうかと思っていると、まるでそれを察したかのようにメッセージが追加で届く。
『僕も見たい』
このたった5文字の要求に、感情は更にかき乱された。後から付け足すように送られてきたのが、飾り気のない言葉だということに堪らなく愛しさが込み上げる。
まったく、これから起きないといけないのに色々と消耗し過ぎだろ。今日はオフじゃないってのにこんなんでどうしろってんだ。とはいえ、あまり返事を遅らせて不安がらせたくもない。
重苦しい溜め息はシーツに吐き出し、ひとまずうつ伏せのままでカメラ機能を起動してパシャリと1枚。確認してみると、明らかに寝起きの男がなんともいえない目付きでこちらを見ていた。いいのかこれで。いやでも、今は何度撮り直しても同じような写りにしかならない気がする。無理だ、この感情はすぐにどうこうできるものじゃない。
とりあえずメッセージを打ち込んで、画像を添付して送信ボタンをタップしたらバタリと再びシーツに突っ伏す。握りしめたままの画面には送信完了の文字。
『俺も後で買いに行く』
返信したこの言葉通り、今日の仕事が終わったらスーパーに出かけて、買ってきたよって今度は俺からメッセージを送ろう。そうしたらきっと、向こうは起きた時に見ることになるだろうから状況も同じになる。画像をつけるかどうかはまあ、後でまた考えるとするか。
さあそろそろ起きて動き出さないと。今日の仕事は喉の調子も整えておかないといけないから、いつまでもベッドの上にはいられない。ちゃんと声を張れるように、朝飯もしっかり食わないと。
そう思いながらも指は画面上を素早く動き、先程送られてきた画像を表示させる。いや、これは今日を乗り切る為に必要なことだ。容易には会えない現実を突き付けられるのは苦しくもあるが、だからといって見ないという選択肢はない。だってこれは、俺の為に自分で考えて取った行動の結果なのだから。そう俺だけの為に。
だからあと少し、もう5分だけ、この余韻に浸らせてくれ。