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    menhir_k

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    menhir_k

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    酔っ払い店長との帰り道

    #ムラアシュ

    もうシンプルに「道」とかでどうだ?(ゲシュ崩) なだらかな傾斜を降りていく。落下防止の柵の向こうは切り立った崖で、底が見えないほど深い。命を守るには心許ない劣化した柵を見るともなしに眺めやりながら、これでは足元の覚束ないうちの酔っ払いが転落死してしまう、とアッシュは思った。それから、肩越しに背後を見遣る。遅れてのろのろと歩いて来るムラビトの姿に、アッシュはソノーニ町を発ってからもう何度目になるか分からない溜め息を吐いた。
     町で一泊しよう。アッシュはソノーニ町で提案した。ムラビト一人では不測の事態に対応しきれないかも知れないが、アッシュが居れば半魔の身なりも上手いこと誤魔化してやれる。何より、こんな真夜中に慣れない酒で疲弊したムラビトを連れ帰るのは憚られた。だが、ムラビトは首を横に振った。マオも、魔物たちも心配している。早く帰って安心させてやりたい。そう主張して譲らなかった。変なところで頑固なこの子供が、一度こうと決めたら頑として譲らないことはアッシュ自身一番よく解っている。仕方なく折れて抱き上げようとしたらそれも断られたので、取り敢えず肩を貸して路地裏を出た。王都でムラビト達が借りたという小型通信水晶をアーサー名義で買い取れないか相談してみよう、とアッシュは思った。
     真夜中の町は昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。賑わっている居酒屋もあったが、それも疎らだ。だが、お陰で人目につくこともなく町の中を歩けた。フードを目深に被ったムラビトはただの酔っ払いにしか見えない。事実、酔っ払いに違いないしな。軽口を叩いたアッシュをムラビトが恨みがましい目で見上げてきた。
     町を出たところでアッシュはまた一つムラビトに提案した。騎乗に向く魔物に頼んで、ムラビトだけ一足先にサイショ村に帰るのはどうだろう、という提案だ。ムラビトのマオたちを心配させたままだという懸念事項が早くに解消される。何より、ムラビトも早く落ち着ける場所で休める。それでもムラビトは少し逡巡する様子を見せたあと、矢張り首を横に振った。魔物は新魔王であるムラビトのことはその背に乗せてくれるだろうが、アッシュはその限りではない。

    「アッシュさんを置いて一人で帰るなんて、嫌です」

     まだ酔いから覚めきっていないのか、またムラビトはめそめそと泣き始めた。泣き上戸なのかも知れない。一人でも歩けます、と貸していたアッシュの肩も返却してふらふらと歩き出す始末だ。可愛らしいが、困る。結局、魔物にはムラビトの安否だけ言伝を頼み、二人で歩いて帰ることになった。
     案の定、酔っ払いの足取りは重く、サイショ村までの道程は果てしなく遠い。途中何度も肩を貸そうと声をかけたが、ムラビトは頑として首を縦には振らなかった。

    「店長、このペースじゃ夜が明けちまうって」
    「……すみません、もうちょっと、急ぎます」
    「いや、そうじゃなくて……まぁいいや」

     このまま帰り着ければ上々、途中でムラビトが意識を失ってもそれはそれで大人しくなった荷物を抱えて帰れば良いだけの話だ。アッシュは諦めて酔っ払いの好きにさせることにした。
     遠く、崖下に何処か懐かしさを覚える村落を見留め、アッシュは目を細める。村の家々に灯る明かりはなく、昼間の長閑さは見る影もない。大人しい月のお陰で賑わう星々の下、サイショ村は夜の静けさに沈んでいた。崖を下り、足下の起伏がなだらかになっても暫くは畑が続く。まだまだすだち屋には辿り着けそうになかった。
     剥き出しの岩肌ばかりを目にする道程から、次第に足元に緑が増えてくる。傾斜は徐々に平坦になり、やがて馬車が通れるほどの広さの街道に行き当たった。月と星を背に行儀良く並んだ糸杉が尖塔のようにそびえ立っている。奇妙な既視感にアッシュは足を止めた。何処かでよく似た何かを見たことがあるような気がした。
     記憶の底を浚う。真っ先に候補に上がったのは王都で勇者アーサーが見てきた幾つもの絵画だ。だが、もっと親しみがある。アーサーの記憶ではない。だったらアッシュが今よりもっと幼い時分に手にした絵本の挿し絵はどうだろう。否、違う。もっと最近だ。記憶に新しい。サイショ村に来てからだ。そこまで思考を巡らせて、ならばムラビトも同じものを見ているかも知れないことに思い当たる。そびえ立つ糸杉と、煌々と輝く金色の――

    「……店長?」

     そうだ。ムラビトだ。ムラビトの右の額からすらりと伸びた、あの触り心地の良い異形の角だ。夕方、マオとも話題にしたので印象に残っていたらしい。
     喉に刺さった魚の小骨が取れたかのような晴れやかな心地で、アッシュは肩越しにムラビトを見遣る。

    「なぁ店長。あの杉、店長の――」

     角みたいだな。言おうとして、口を噤んだ。振り返ったそこに、しゃがみ込みうずくまった酔っ払いの姿があったからだ。
     渋面を作り、アッシュは踵を返した。
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    menhir_k

    REHABILI最終ターン!一応アシュクロアシュ最終ターン!!アシュトンのターンタターンッ!!!
    章を断ち君をとる ハーリーを発ったアシュトンは、南へ急いだ。途中、紋章術師の集落に補給に立ち寄る。緑の深い村はひっそりと静まり返り、余所者のアシュトンは龍を背負っていないにも関わらず白い目を向けられた。何処か村全体に緊張感のようなものが漂っているようにも感じられる。以前訪れたときも、先の記憶で龍に憑かれてから立ち寄ったときにも、ここまで排他的ではなった筈だ。アシュトンは首を傾げながらマーズ村を後にした。
     更に数日かけて南を目指す。川を横目に橋を渡り、クロス城の輪郭を遠目に捉えたところで不意に、マーズ村で起きた誘拐事件を思い出した。歩みが止まる。誘拐事件を解決したのはクロードたちだ。マーズ村の不穏な空気は、誘拐事件が起きている最中だったからだ。どうしよう。戻るべきだろうか。踵が彷徨う。来た道を振り返っても、マーズは見えない。もう随分と遠くまで来てしまった。今戻っても行き違いになるかも知れない。それに、ギョロとウルルンを放って置くことも出来ない。龍の噂はハーリーにまで広まっていた。アシュトン以外の誰かに討ち取られてしまうかも知れない。時間がない。
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    menhir_k

    TRAINING酔っ払い店長との帰り道
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    menhir_k

    TRAININGムラアシュ(希望的観測)
    タイトル適当にあとで考えるわ 滴り流れ落ちる水に歪む窓の外の光景を眺めやりながら、己の判断にそっと安堵の息を吐いた。店を早くに締めたのは正解だった。この様子だと、雨は夜通し激しく降り続くだろう。夜の優れた聴覚が雷の声を拾い、ムラビトはそのまま一秒、二秒、三秒、と窓の外に視線を向けたままカウントを始める。六秒目を舌の端に乗せるより僅かに速く、外が昼間の明るさを取り戻した。雷はまだ遠い。
     雨のにおいがする。嗅覚に長けた魔物がムラビトにそう告げたのは、店の裏に積み上げられた道具の在庫をアッシュと確認している最中だった。まず、空を見上げた。天頂を少し過ぎた太陽が燦々と輝き目が眩む。それから、西の空を見やった。青空の下、緑の山々が常と変わらず連なっている。目を凝らすと山頂に雲がかかっているように見えなくもないが、それだけだ。最後に、ムラビトは並び立つアッシュを見上げた。同じように西の空を眺めていたらしいアッシュは、ムラビトの視線に気が付くと小首を傾げ、小さく肩を竦めて笑った。それでも魔物からのサインが気になったムラビトは、早めに店を閉めることにした。店の二階に居住スペースを構えるムラビトやマオと違い、店員であるアッシュは村外れの家に帰さなければいけない。午後の疎らな客足が途絶えた頃を見計らって本格的に店仕舞いを始める。売り上げの集計はマオに任せて、ムラビトはアッシュと一緒に外に干したままの洗濯を取り込みに行った。その頃には、西の空は重暗く厚い雲に覆われていた。アッシュを見送り小一時間程が経った頃、とうとう空が泣き出した。
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    menhir_k

    MEMO
    宵っ張り勇者編 仄青く染まった空に疎らに浮かぶ雲は、逆光にその輪郭を滲ませていた。いつの間にか夜の名残を溶かしきって上った太陽が、麦の穂先の朝露にきらびやかな彩りを添える。舗装された砂利道と並行して連なった雑木林から聞こえる鳥の囀りが、朝の清浄な空気に響き渡った。隣を歩く子供であれば鳥の名前も知っているかも知れない。そう横目で様子を覗えば、すっかり蒸留酒のような平静の茶色を取り戻した双眸と視線がかち合う。奇妙な気まずさを感じて、アッシュは口の端に乗せかけた質問を飲み込んた。

    「もう完全に日が昇っちゃいましたね」

     小麦畑を背に受けて、アッシュを見上げる子供は言った。朝の光が乱反射して、一際眩しく見える。朝が似合うな、とアッシュは思った。岩の下から見上げたときも、かつての魔王城で勇姿を見せたときも、半魔の出で立ちは夜の気配を帯びているのに、それでも、この子供はアッシュにとって眩しい朝の子だった。数年ぶりの酒に頼らない深い眠りからの目覚めの朝、窓から差し込む朝日を背にして清らかに微笑む姿が目蓋の裏側に焼き付いて離れないからかも知れない。あの日、アッシュは世界にこんなにも美しい朝があることを初めて知った。
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