秘書のかっこいいアクションシーンがある話キブツジムザンハアズカッタ
カエシテホシクバ3オクエンヨウイシロ
何とも言えない趣のあるレトロな脅迫状を見て、あの無惨が誘拐されるわけなんてないない! と普段なら皆で笑うところなのだが、目の前にはズタボロになったスーツ姿で童磨に手当されている黒死牟がいる。これはドッキリではない……と全員が真っ青な顔で脅迫状を見つめていた。
どうやら、車で移動中に横に並んだ車から出てきた目出し帽の男が襲撃。二人とも応戦するも黒死牟が負傷し、無惨は連れ攫われ、高級外車は大破……という悲惨な結果となった。
あの無惨が攫われ、あの黒死牟が傷を負う。そんな相手に敵うわけがないと全員が怯えている中で、黒死牟だけが悔しそうに唇を噛み締めている。
「……そんなに噛むと、傷がもうひとつ増えるよ」
童磨が優しく声をかけるが、黒死牟はギリと噛み、乾いた唇に血が滲んでいる。
「犯人に心当たりは?」
「ありすぎて解らん」
黒死牟は至って真面目に答えているのだが、その返答に全員が吹き出した。
「じゃあ、警察に連絡する?」
「しない」
唇に滲んだ血を手の甲で拭い、黒死牟はスマホを取り出した。
「もし殺す気なら、あの場で2人揃って殺されていた」
「だとすれば先生はご無事だと言うことだね?」
「恐らくは……まぁ、あの口の悪さで犯人を煽って逆上させていなければ、の話だが」
スマホを操作しながら黒死牟はニヤリと笑う。どうやら無惨の腕時計にGPSを仕込んでおり、居場所は常に把握出来るようにしているのだ。このことは無惨も知らない。
「浮気対策でしておいた細工が役に立った」
そう言いながら無惨の部屋へ入っていく。ボロボロになったスーツを脱いで新しいものに着替える。ピストルを数挺持って行くくらいでは足りない。そう思い、黒死牟は鍵付きの保管庫から日本刀を取り出した。刀身の手入れは怠っていない。切れ味は抜群だろう。
鯉口を切り、僅かに見える薄紫の刃を光らせ納刀した。
「スーツって動きにくくない?」
部屋から出てきた黒死牟を見て童磨は笑うが、黒死牟は「これが私の戦闘服だ」と刀を携えた姿で笑う。
「童磨、運転しろ」
「了解!」
童磨は細い指先でハイブランドのキーリングをくるくると回す。
「場所は××山中の廃倉庫。二時間経って戻らなかったら、後部座席のロケットランチャーで全て破壊しろ」
「えぇ!? 無惨様がいるかもしれないのに!?」
「二時間で助け出せなければ、私も無惨様も死んだと思え。遺体を敵に渡すような無様な真似はしたくない」
そう言い残して、黒死牟は走る車から飛び降りた。
「えぇぇぇぇぇ……そんな無茶しないでよー……」
車を運転しながら、あまり遠くないところに停めて、万世極楽教から援軍を呼ぼうと考える童磨だった。
衛星写真で確認したところ、倉庫の広さはそんなにない。どうせ、ここなら見つからないという浅はかな考えだろうと思い、黒死牟はひとつだけ持ってきた手榴弾のピンを噛んで抜き、そのまま倉庫に向かって投げた。凄まじい爆発音と地鳴り。倉庫の中からわらわらと人が出てきた。銃弾には限りがある。かといって雑魚相手に無惨が自分の為に誂えてくれた刀を使いたくない。
「無惨様はどこだ」
そう尋ねた瞬間、黒死牟目掛けて一斉に人が襲い掛かって来る。
これで戦う大義名分が出来た。
「雑魚に生まれたことを幸運に思え」
黒死牟は黒い革手袋をキュッと直し、飛び掛かってきた敵の首根っこを掴んで思い切りぶん投げた。雑魚を殺すのに刀などいらない、素手で十分だと言わんばかりに殴る、蹴ると文字通り蹴散らしていく。本当なら手足を捥いで東京湾に沈めたいのだが時間がない。一撃で急所を狙い、首をへし折っていく。
この感覚、いつぶりだろうかと高笑いしそうになるのを必死で堪えた。昔、戦場にいた時は、この高揚感が堪らなく好きで、屍の山を築くことが快感だった。
だが、今日は違う。意味のない殺しではない。自分から無惨を奪おうとする愚かな連中に対する制裁だ。無惨に傷でもつけようものなら、地獄の底まで追いかけて何度でも嬲り殺してやりたいと思っている。
使い道のない強さに意味をくれたのは無惨だ。しかも、その力を必要としてくれた。間違いだらけの自分の人生で唯一の正解が鬼舞辻無惨なのだ。
黒死牟は刀を抜き、反りの深い刀身を振るう。一瞬で人間がただの肉塊へと変わる。こうなると立ち向かってくる者はいない。銃を向けられても撃たれる前に腕を切り落とせば良い。そこには悲鳴しかなかった。
外が随分と賑やかだ。
黒死牟の仕業だと一瞬で解ったが、中に自分がいると解っていながら、あれほどまでに派手に立ち回るのは何かの嫌がらせかと思えてくる。
「早く来い、私の月」
小さく呟いて、敵の目を盗んで手首を縛る縄に少しずつ切り目を入れていた。