拘束プレイな夜 誘拐されるのは、いつぶりだろうか。
御存知の通り、代々政治家を輩出する名門の生まれであり、清濁一気呑みするようなご先祖たちが雪達磨のように莫大な財を築き続けたので、自分の代ともなると幼少期から「歩く身代金」状態である。富や名誉があるということは良いことばかりではなく、幾度となく危険な目に遭わされた。その上、類い稀な美貌を持っているが為に何回かに1回は猥褻目的での誘拐もあり、自分の身を守れるのは自分しかいないと武術を習得し、何度誘拐されても、すべて無傷で帰ってきていた。
そんな無惨の健気な努力のおかげで鬼舞辻家の警備体制がザル過ぎても改善されることはなく、誘拐は無惨が自分で何とかすると危機感のない環境で育ってしまった。
しかし、それも黒死牟が来てからはなくなった。油断していたと無惨自身も反省していたが、それ以上に悔やんでいるのは黒死牟だろう。
外で繰り広げられる黒死牟とのバトルに全員が気を取られているうちに、来る途中で拾った硝子の破片を使って縄に切り目を入れていた。
車の中で麻袋を被されていたので、道程が全く解らないのだが、移動時間としては恐らく関東圏内の山中だろう。気温がやや都市部より低いことと、割れた窓ガラスから見える景色が手入れされていない山中であるということで、ざっくりと予想を立てていた。
もう日が暮れ始め、夜になり更に気温が下がっている。春とはいえ、日が暮れると一気に肌寒くなるので、出来れば早く帰って黒死牟と一緒に風呂に入り、ベッドで互いの体を温め合いたいものだ。
まぁ、それも、日付が変わる前に叶うだろうと無惨は踏んでいた。黒死牟がそこまで来ているのだから、もう心配ない。では次の問題は縄の痕を残したくないということだけだ。
相手を縛ることはしても、こうして縛られ、身体を拘束されることには慣れていない。下手な縛られ方をしているので痕が残ったらどうしてくれるのだ、と無惨の怒りの矛先はそちらに向かっている。
裸にひん剥かれて縛られなかった分、マシかと思う部分もあった。幼少期に誘拐された時はまず服を脱がそうとしてくる連中との戦いであったので、大人になると明らかに金銭目的や政治犯の割合の方が増えるので変質者の相手をせずに済み助かっている。その分、明らかに命を取りに来ているので、文字通り命懸けの戦いとなるのだが。
そんな切迫した状況だが、無惨が頭で思い浮かべているのは、縄を使った黒死牟との情事の思い出である。時々、黒死牟を裸にして目隠ししてから縛ってみると、いつもより興奮しているのが緩く開かれた口許から伝わってくる。
口角を上げ、乱れた呼吸で媚びるように唇を舐める。
「いやらしい犬め」
なんて、それっぽい台詞を言いながら強めの音を鳴らして尻など叩いてやると大喜びするので、あぁ、こいつ、本当にドMなのか……としみじみ思う時がある。だが、そんなドMの黒死牟は敵に対しては容赦無い残忍さを発揮するので、絶対に嫌われないように努力しようと密かに思っていた。
そう、様々な顔を持つ男だ。
あのように暴力的で残酷な部分もあれば、普段は冷静沈着で淡々としている。所作に品があり、無駄のない動きに惚れ惚れするが、かと思えばベッドの上では淫靡で、どんな女よりもいやらしく媚びてくるのに、冷たい態度でこちらを翻弄する時もある。
「私の月」
正に月そのものだ。常に表情を変え、こちらを退屈させない。
そう思うと、本当に心を縛られているのは自分の方かもしれない、と笑いそうになるが、監視役がうろうろしているので、無惨は俯いて怯えているふりをしていた。
しかし、そんな無惨の元に監視役が近付いて来る。
「何の御用で?」
無惨がふざけて尋ねると、男は低い声で言った。
「アオイヒガンバナハドコダ?」