キリッと凛々しいままで、無惨様からめちゃくちゃかわいがられるシボ様。 このところ無惨の機嫌が非常に良い。周囲はその気味悪さから余計に静かになっているが、当の本人は周囲の冷ややかな視線に気付かないほど舞い上がっている。
その理由は、新しく採用した秘書のことだ。
継国巌勝、産屋敷の私兵集団「鬼殺隊」の最高位である柱を務めた優秀な男である。何故、その男が、とお思いだろうが、スパイとして潜入中に何と鬼舞辻陣営に寝返ったのだ。
普通は警戒するだろう。二重スパイの可能性を皆が疑っているが、無惨はそんなことお構いなしだ。
まず、べらぼうに顔が良い。柱の中でも一等美しいと噂されていた月柱である。はじめ鬼舞辻事務所に来た時は、無惨を含め全員が見惚れるほどの美形だった。
次に能力が高い。こちらに来て日が浅いというのに、無惨が思ったことを瞬時に察し「どうぞ」と先回りする気働きが出来る。
もう、その二点だけでも無惨にとってはSSRを引いたくらいの喜びようなのに、文武両道で所作が美しく、何をしても無惨の好みでしかないのだ。
それくらいの歓迎をしているのに、当の巌勝は非常に冷ややかで、どれだけ褒めても「恐れ入ります」の一言で流している。
「おい、聞いたか? あんなに品のある謙遜の仕方があるか? お前らも少しは見習ったらどうだ?」
謙遜というよりも「聞き飽きた」とあしらっているように見えるのだが、無惨にそんな現実は通用しない。何せ「人は皆、自分を好きになるはずだ。だって美形だもん」と本気で思い込んでいるおめでたい男なのだ。
「今日も良い働きをしてくれたな、継国」
「恐れ入ります」
手を握ってキラキラした表情で感謝の言葉を伝えるが、決まりきった言葉しか返ってこない。
日々、これを繰り返すと、鈍い無惨もちょっと様子がおかしいことに気付いたようだ。
「相手にされていないのか?」
ここに辿り着くまで半年掛かった。それまでに巌勝は完全に仕事をマスターし、無惨の右腕として立派に働いて「黒死牟」という新たな名まで与えられた。しかし、相変わらず無惨が輝き五割増で褒めても「恐れ入ります」の一言でスンッ……と流している。
「……一度抱けば落ちるか?」
セクハラどころか暴行罪で訴えられろ……と皆が思ったが、そんなバカな無惨を放置して、黒死牟は相変わらずのクールビューティーで静かに仕事している。
「はー、今日も顔がいいな」
「恐れ入ります」
「その上、仕事が出来る」
「恐れ入ります」
「こんな嫁がいてくれたら幸せだなぁ」
「恐れ入ります」
どれだけ褒めてもキリッと凛々しい表情で淡々と返してくる。完全に脈がないのだから諦めろと思うが、あからさまな忖度で拒絶してこない黒死牟にぐいぐい迫る。
「嫌なことは嫌って言った方が良いですよ。このままだと、どんどんエスカレートしますよ」
周囲が黒死牟に気を遣い、こっそりと忠告するが、それさえも気にする様子はない。
強ぇ……と皆が思っているが、当の無惨だけは「脈がある」と思い込んで、毎日毎日懲りずに口説きにかかっている。
「でもさ、無惨様に何の感情もなかったら、わざわざ寝返ってこっちに来たりしないよな」
と、とある一人が気付いた。それもそうだ、と全員が思うが、美しい顔に一切感情を出さない黒死牟の表情を見ていると、その真意すら解らないのだ。
「今日も素敵な時間を有難う」
無惨は黒死牟の手を両手で包み込むように握り、目を輝かせて笑う。その顔、有権者にしろよ……と皆が思うが、黒死牟は相変わらず「恐れ入ります」で会話を終わらせた。
恋をしているせいか、無惨は活き活きして輝いている。機嫌も良いし、黒死牟に良いところを見せようとして、いつもより頑張っているので周囲の人間は非常にやりやすいのだ。
はっと気づいて皆が黒死牟を見た。
その時、黒死牟は初めて微笑みを浮かべ、そっと唇の前で人差し指を立てた。
この一枚も二枚も上手な美人をどうやって口説き落とすのか、そして黒死牟フィーバーがいつまで続くのか、皆、日々のささやかな楽しみとして見守ることにした。