「妖怪パロディ」「酔っ払い」 ・始まり
チントンシャンと三味線の音。
向こうでは未だ、酒盛りの真っ最中で賑やかな声が聞こえている。そんな喧騒から早々に抜け出して、僕たちは静かに月を見ながら杯を傾けあっていた。
「三味線、気にならないんですか?」
と尋ねたら、別段なんて事無い風に、
「気にする程のものではない」
と返された。本人が気にしてないなら、まぁ、良いか。飲み干した杯を盆に置くと、相棒がトクトクとお酌をしてくれた。
「ありがとう」
『You're welcome』
お礼に懐から相棒の好きなダンゴムツをあげる。相棒は丸まったダンゴムツをコロコロ転がして遊びはじめた。
「ふふっ」
杯を飲み干す。今日はまた一段と良いお酒を振る舞ってもらったので、ふわふわとして気持ちいい。気分が良いまま、右隣に居る僕より少し背の高い体に身を寄せる。
腕を組んで胡座をかいたまま、僕が寄りかかっても微動だにしない癖に、二股に分かれた黒い毛並みが手首に絡んで頬を撫でた。
「擽ったい」
首を竦めて笑う。お返しに、こしょこしょと喉を撫でる。こしょこしょ。こしょこしょ。
顎が反らされ、ゴロゴロと喉が鳴って機嫌が良いみたいだ。楽しくなってきて、ぐいぐい体を押し付ける。
「酔っ払い」
呆れと笑いを含んだ声。頬を撫でていた毛並みが、不埒な動きで着物の合わせに侵入。思わせ振りに肌に触れる。
何だか良い感じになって、このまま致しちゃいそうな雰囲気だ。
相棒はどうしただろうと辺りを見回す。すると、察しの良い相棒はさっさと何処かへ行ってしまっていた。友達の一つ目くんの所かな。意識を向けていたら、チリンと鈴の音が聞こえて僕の体が押し倒された。
間近で僕を見下ろすこの人の顔は靄がかかって窺い知ることが出来ない。
月の下でゆらゆらと揺れる二股の毛並み。僕の声を聞き漏らさないようにと動く耳。これからの予感に、高まる心臓。
そして、僕たちは───。
・現状の説明
スマホのアラームが意識を覚醒させた。
またあの夢だ。小さい頃から度々見ていて、最近では何故かその頻度が多くなっている、あの夢。
始めのうちはただ酔っ払った夢を見ているのかと思っていた。けれど、歳を重ねる毎に夢を見る時間が長くなり段々と雲行きが怪しくなってきた。隣に居る相手が誰なのかは分からない。分からない筈なのに、体型や雰囲気で分かる。問題なのは、相手が男って事。
この夢を見て下着を汚した朝。絶望して泣いた。
僕は普通に、清楚で淫乱な巨乳が好きなんですけど?!
何の影響であんな夢を見るんだろう。夢の中の僕と夢を見ている僕の二人の感情が合わさってぐちゃぐちゃになる。夢の自分に引きずられて多幸感と寂しさが入り交じった複雑な思いが去来する。
しかし、現実で落ち込んでなんかいられない。今日の授業は一限からあるから、早く身支度しなくちゃだ。
夢を忘れようと、ベッドから勢い良く起きた。
学生マンションの塀の上で未だに惰眠を貪っている黒猫に声をかける。
「先輩、おはようございます」
『先輩』はこの辺りをナワバリにしている黒猫。何故、『先輩』と呼ばれているのかと言うと、大抵四年で出ていく学生マンションに五年以上前から見かけるようになったから『先輩』と呼ばれているらしい。
先輩は黒い尻尾でタシッと塀を叩き挨拶を返してくれた。
「おはようございます!! サギョウ先輩!!」
「耳がっ!!!!」
背後で聞こえた大音量の挨拶。
「本日も良い天気でありますな!! 晴れていると洗濯物の心配が無く」
「五月蝿いです。カンタロウさん」
耳を押さえたまま、ジト目で睨む。この人の声量、ホントどうなってんの。
「これは失礼いたしました!!」
「まだ五月蝿い!!」
彼は同じマンションに住んで違う大学に通っている年上の後輩。カンタロウさん。
何でも一年前に切り裂き魔に襲われ怪我をして学校を休学していたので、一つ年上だけれど同学年なのだそう。
そう言えば、カンタロウさんに教えてもらったんだっけ。この猫が『先輩』って呼ばれているって。
「いってきますね」
手を振って敷地を出た。
大学までの道を歩く。
「うげっ」
事故の多い十字路で、今朝見た夢と同じくらい。いや、それ以上の頻度で見かける『良くないモノ』を見てしまった。
『良くないモノ』はとにかく良くないモノで、黒い靄だったり黒いスライムみたいなモノだったり不定形な姿でその場に居る。認識してしまうと五感全てを不快にさせる。『良くないモノ』はそんなモノだった。
帰る頃には消えていると良いな。そう思いながら足を進めた。
※ ※ ※
五月四日は僕の誕生日。と言ってもゴールデンウィーク前に大学の友人から夕飯をおごって貰ったくらいで、一人暮らしをしていて自分で自分を祝うのは何だか恥ずかしいので特別な事をするわけでもない。妹のアミが僕の誕生日なのに『オメデト』と言うメッセージと共にケーキを食べているNUINEを送って来やがった。
連休の中日。さて、今日は何をしよう。何処へ行っても混んでいるだろうし。
なんて思っていたら夕方になってしまった。気を抜くと時間が過ぎるのは早い。今日と言う日を自堕落に過ごしてしまい、じゃあもう、風呂に入って寝ようかと思ったけど、アミが食べていたケーキが気になった。否。別にケーキじゃなくて良いんだ。クリーム分。生クリーム分を摂取したいんだ、僕は。今日の締めに、有意義な事をしよう。いても立ってもいられなくなって、僕はコンビニへ向かった。
コンビニでシュークリームと炭酸飲料を買った。
「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」
「君の名前は、ゴボウのゴビー」
『ギィィー!!!!』
「気に入ってくれた?」
『ギィー!!』
円らな瞳が涙で潤んでいる。
「泣く程喜んでくれるの?」
こんなに感激してくれるなんて思ってもみなかったから、僕まで嬉しくなってしまう。
「」「」「」
『Your friend』
「英語?!」
「凄いね。英語まで理解出来るんだ」
『ギィー…』
僕はゴビーを誉めたつもりだったのに、悲しげに旗を下ろしてしまった。
・盛り上げ
流氷の天使とか言われているけど、これじゃ天使じゃなくて悪魔だ!! いや、実際クリオネも補食の時に頭部と思わしき場所が四方に割れてそこから獲物を食べるみたいだけど!!
「何で僕がこんな目に?!!」
『ギィィー!!』
普通の何処にでも居る大学生が普段に連休を楽しんでただけじゃないか!! 僕が何をしたって言うんだ!! この野郎!!
心の中で散々悪態を吐いても現状は何一つ変わることはない。むしろ走り疲れて体力が無くなってきて…。そうなったら僕は、一体どうなってしまうんだろう。最悪の予感が脳裏を過る。
「」「」「」「」
何かが並走している。また新しいクリオネ?!
「どうしようゴビー!! 何か増えた!!」
『ギィィー!!』
「『安心しろ』って?!」
「」「」「」
・危険
「サギョウ!! 俺を呼べ!!」
「」
「危ないよ、ゴビー!!」
『ギィィー!!』
『ミギィィ!!』
ゴビーが立ちはだかる。けれど、体格の差は歴然。大型犬と小型犬程の差がある。クリオネってゴボウを食べる?! クリオネの姿をしたクリオネじゃないナニかならゴボウのゴビーも食べられてしまうかもしれない。
「」「」
「助けて!! 『先輩』っ!!」
「俺を呼んだな! サギョウ!!」
木の上から塊が降ってきた。
「三千世界を敵に回しても、俺はお前を護ってやる!!」
着物に不釣り合いな銀色のマスク。
全然知らない人の筈なのに、この人が現れた瞬間もう大丈夫だ、と思った。だってこの人は何時だってそうやって僕の先を行き、道を開いてくれていたんだから。
「運が悪かったな。陸クリオネなどにサギョウは渡さん!!」
腰に指していた刀で一線。あれだけ僕を苦しめたクリオネは断末魔を上げて倒れた。
・クライマックス
「あの、ありがとうございました」
クリオネが塵になり風に飛ばされたのを見届けて、目の前の人物にお礼を言った。
「礼には及ばん。お前を助けるのは俺の役目だからな」
刀を鞘に納める姿が様になっている。
「ところで、貴方は?」
僕の事を知っているようだけど、僕はこの人を知らない。
「どうした、サギョウ。俺はお前の──」
聞こえない。
「んっ? んんっ?」
先輩は不思議そうに喉をおさえ発声練習したり、咳き込んでみたりした。
「ゴホン」
大きな咳を一つ。それから僕の目をはっきりと見つめて、
「サギョウは俺の──だからな!!」
「「………」」
やっぱりその言葉は聞こえなかった。
「はぁぁ?!! 何故だ!! 他の言葉は言えるのに、──は言えない?!!」
「あの、他の言葉に置き換えてみては?」
「成る程。流石、サギョウだ」
流石って言われる程の仲じゃない筈なのに、一連の流れを懐かしく感じる自分が居る。
「では改めて。サギョウは俺の─だ!!」
「「………」」
やっぱり言葉は聞こえなかった。
ショックを受けて白目になって立ち竦む先輩。がくりと膝から崩れて地面に突っ伏した。
「これがヤツのかけた呪だと言うのか…」
物騒な言葉が聞こえた。呪? 呪われてんの? 誰が? 僕?
「ようやく、ようやくサギョウと会えたと言うのにこんな事が起こって良いのか…」
ゴビーがヨシヨシと頭を撫でている。
「ええっと…。僕からも良いですか?」
「何だ」
「貴方と僕との関係は、先輩と後輩だって分かるんですけど…」
「ああ、そうだ。お前は何時だって俺の後を付いて回ってそれはもう可愛かった」
何それ。生まれたてのヒヨコ? 刷り込みされてんの?
「貴方の名前は何ですか?」
僕の発言に、ゴビーは細い根っこを逆立て、先輩はまた真っ白に燃え尽きた。
・オチ
結局、あれから分かった事は何も分からないと言うのが分かっただけだった。
先輩が名前を言おうとすると、僕と先輩の関係性と同じように言葉が言えないし聞こえない。地面に文字で書いても認識出来ない。
「そんなことがある筈がない。サギョウが俺を忘れるなど…。そんなこと…。そんなこと…」
こんな格好良い人? 妖怪? がこんなにも取り乱して落ち込む様子は可哀想で仕方ない。何か声をかけようとしたら、先輩は突然立ち上がり、
「決めた!! お前と一緒に住む!! そうして徐々に俺の事を思い出していけば良い!!」
さも名案みたいに言った。
「はぁぁ?!! ウチ、学生用マンションなんですけど!! 他の住居人なんて認められませんよ!!」
「ならばこうだ」
ポンと辺りが煙に包まれ、先輩が消えた。そして、煙が晴れたその後には黒い猫が鎮座していた。
「どうだ、これなら人ではないぞ!!」
それは見慣れた、黒猫姿の先輩。
艶々で真っ黒な胸毛を反らせて得意気に言うけど、そう言う問題でもないんだって!!
「ペットも不可です!!」
「ぐぬぅ…。あれも駄目これも駄目とは。やはりヤツの呪は強力だ」
悔しそうに溢す。
「現在の日本の住宅事情がそうさせるのであって、それは違う気もしますが…」
『ギィギィ』
「ん? 『零体化すれば大丈夫』、ってどう言う事?」
「成る程! 良い考えだ」
スッと先輩の体が透けて見えた。
「これならサギョウか、霊感の強いヤツにしか分からない」
「それで僕の家に住むんですか?」
「当たり前だ。お前は悪霊に狙われやすいのだぞ。俺が護ってやらなければな!!」
『ギィー!!』
ゴビーも一緒に胸を張る様な仕草をして見せた。
「えええ~…」
・エンディング
「」「」「」「」「」
「人の姿で居るの禁止です!!」
「何故だ?!」
「何でもです!!」
何でかだって? 言えるわけがない。
「助けて、ゴビー。先輩が僕の性癖をねじ曲げようとする~」
『ギッ?! ギィィー…?』
「性癖?! 何の話だ破廉恥な!!」
「」「」「」「」
「サギョウ先輩はお部屋に居ると随分と独り言が多いでありますね!!」
「五月蝿いってか? 五月蝿いって事か?!」
「」「」「」「」
・おわり
暗闇の中。辺りを照らすのは黄色い光。その光は、杖に付いた丸いガラスから放たれている。
ガラスの中には先輩とサギョウとゴビーの姿。今までの出来事が動画のように映っていた。
「嗚呼。楽しいねぇ」
それを見て、悪意の男は笑った。
「ゴビーは良くて俺は駄目なのか?!!」
「だって先輩は…。何か、何か違いますもん…。ゴビーと自分を比べないで下さいよ」
「ワヤワヤな理由で拒否された!!」
「」「」「」「」「」「」「」
+ + +
セラ.ムンとラブ.レスとWeb広告の妖の許嫁みたいのが混ざったお話でした。