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    ハッピーデンアキ

    #デンアキ
    denaki

     今日は、なんか起きた時からいける気がしてた。
     だって外は朝からスッゲー晴れてるし、空はめっちゃ青いし、パンの焼け目がちょ~キレイについてたし、俺の目玉焼きは双子ちゃんだった。
     それに今日はなんかアキの機嫌がいつもよりちょびっとだけいいし、パワーは昨日から血を抜かれに行ってていない。
     晩飯の買い物について行って、アキに渡された福引の券は三等のトイレットペーパーになった。俺の目の前でハッピを着たオッサンが手に持ってるベルをガランガランと鳴らしている。おめでとうございます。そう言われながら横でアキがトイレットペーパーを渡されている。ちょっと嬉しそうな気配。俺はガラポンを回した右手をぐっと握りしめた。アキが喜んでいる。もうなにもかもが上り調子ってやつだ。今日はマジでやれる気がする。
     俺の手柄だぜ早パイ。そう話しかけると、アキはやるじゃねえかと返した。オイ、俺褒められたんですけど! 思わず頭ン中で誰かに向かって報告する。今頃血ィ抜かれてるパワ子に届け。
     絶対やれる! 予感は確信に変わった。アキの左手からトイレットペーパーをぶんどり隣に並ぶ。こいつジャマ。スーパーから俺たちの家まではそんなに遠くない。歩きながら右肩をアキの左腕にぶつけると、なんだよ、とアキが横目で見てきた。思わず顔がにやける。
     言っちゃおうかな。まだ早いか? でも今言いたい。言っちゃえ。まだ言うな。頭の中で天使と悪魔が言い争いを始める。アレ? でも天使って天使の悪魔だから悪魔じゃね? そっちの悪魔はなんて言ってる? ――言っちゃえ。じゃあ言ってもいいよな?
    「アキぃ~……俺今日ならアキのことケツでイカせられる気がする」
    「は⁉」
     アキが右手に持ってるビニール袋がガサガサガサと音を立てた。やっぱ今じゃなかったかも。でももう止まれねえ。ブレーキついてねえ。
    「絶対今日! 今日がいい! 今日しかない! セックス!」
    「なにっ……こっ、こんなとこで何言ってんだテメエ‼ うるせえ‼ しね‼」
    「ひでぇ~」
     思わずといった感じで立ち止まったアキが俺の倍くらいの音量で怒鳴った。おめーのがうるせえ。多分俺にセックス持ちかけられたタイミングが予想外すぎて反射的に声がデカくなってる。ウララカな午後の買い物帰りだしな。すげえ険しい顔をしてるけど、顔が赤いので全然怖くない。むしろカワイイ。え⁉ マジだ、カワイイ!
     なんか言いたそうに口を開けたり閉じたりしているアキを観察しながらしばらく無言で向かい合って立っていると、俺たちの横を迷惑そうな感じでママチャリに乗ったママがすり抜けてった。シャーっと軽快な音が通りすぎたら、アキは急に冷静になって、わざわざビニール袋を左手に持ち替えてから無言で俺の肩に右ストレートをキメてきた。ビュッと空を切る音が鳴った気がした。
    「イッデエ!」
     そんで、そのままさっさと歩きだしてしまう。通り魔? アキは脚が長いので、ずんずん遠くなっていく。殴られた肩がジーンと痛い。
    「俺やっちゃった?」
     頭の中の天使に話しかけると、天使は空中にほおづえをついて早く追っかければ、と言った。俺に言っちゃえとそそのかしてきた悪魔のほうはもうとっくにどっか行ってた。てかアイツなんの悪魔なの?
    「待てよォ~」
     へろへろの声を出しながらアキを小走りで追いかける。脚に三等のトイレットペーパーがガンガン当たってジャマだ。こいつさっきからジャマしかしねえな。捨てるか……と思ったところで、あの一瞬でずいぶん遠くまで行っちまってたアキが立ち止まってこっちを見ていることに気づいた。サンサンなお日様のせいで顔がよく見えない。まぶしい。
    「……早く帰るぞ!」
     その言葉をバッチリ聞いたデンジくん、地面を蹴る足の裏にメチャクチャ力が入る。アキとの距離が秒で縮まっていく。
    「ィヤッタァアー‼」
    「やったーじゃねえ‼ うるせえ‼」
     俺に被せるようにしてアキが怒鳴った。やっぱアキのがうるさいけど、これはどう考えても完全に照れ隠しだ。カワイイ!
    「コンビニ……寄ってくるから。そこで待ってろ」
     俺はその言葉に首がもげるくらい縦に振った。押し付けられたビニール袋も喜んで抱えた。何を買ってくるかなんてもうヒオミルヨリアキラカってやつだ。
     まだまだ日は高いけど、俺たちの夜は約束された! 性交! 大成功(予定)!
     トイレットペーパーくん、捨てようかなとか思ってゴメンネ。お世話になりまァす!

     アキは全然してほしいことを言わない。
     そりゃ今まで一緒に暮らしてて、皿洗うの手伝えとか風呂掃除しろとか野菜切っとけとか、そういうことは死ぬほど言われてきた。けど、それってなんつーか、「アキが」してほしいことじゃない。アキがラクしたいから俺に頼んでんじゃなくて、俺が家ンことできるようになったほうがいいからだ。つまり結局は俺らのためってこと。
     俺とアキがチューしたり、これからそれ以上のことをしようとしたりしてんのも、全部俺がやりたいって言ったからだ。アキは俺とそういうことしなくても全く平気そうな顔してるし、多分実際平気だし。そりゃまあ、んなこたぁしなくたって生きていけるよ? 俺もアキも男だし。意味ねーし。でも俺たちさァ、そういうのどうでもよくなるくらい好き同士ってやつじゃあないんですか? マキマさんの理論が本当なんだったら、俺たちゃセックスしたらスッゲー気持ちよくなれるはずだ。で、マキマさんの言うことは絶対本当だからもうこれはカクテイジコウ。
     アキは俺と違っていろんなことを考えてる。そんで、それを俺に言わない。パワ子にも言わない。ニャーコにも……多分言ってない。ずっとひとりで考えてる。
     そーやって小難しいこと考えていつまでもシレッとしてるアキが面白くないので、初めて裸で抱き合った日に俺はひとつ誓いを立てた。オレンジ色の小さいあかりがついてる、アキのベッドの上だった。
    「アキがケツでイケるようになるまでちんちんいれねえことにした!」
    「あァ?」
     俺の渾身の宣言を聞いたアキは、変な声を出しながら俺のゴイリョクじゃ表現するのが難しい顔をした。向かい合って座ってる俺の目を見て、目線がスターターを通ってヘソを通ってデンジくんのデンジくんで止まった。もうメチャクチャ今すぐヤリたがってるデンジくん。まさに分身。
    「それ……そんなにしといてか」
     ビミョーな顔のままそう言いながら、指をさしてきたアキの細長い人さし指が竿をかすってヒュオだかヒョエだかよくわかんねえ声が出た。童貞のちんちんはビンカンなんだから気をつけてほしいよな。
    「こんなんなってるけどよぉ」
     少しだけ身を乗り出してアキに近づく。アキが息を飲んだ。さらさらと動いてほっぺたにかかった長い髪が、妙にエロく見えた。
    「ヤったってアキがきもちくなかったら意味ねーじゃん」
    「は……」
    「マキマさんが言ってたことはマジだと思うけどよぉ」
    「なんの話だ……」
    「物理的にはさすがに準備ってやつが必要だと思うわけだ」
    「お、おぉ」
     アキが意外そうに目を見開いた。近くで見ると青いのがよくわかってキレイ。つーかそんなに意外か?
     アキよぉ、まだ俺がただセックスしたいだけだと思ってんだろ。違うぜ。それも証明できてイッセキニチョーじゃね⁉
    「だから今日は寝る」
    「はぁ⁉」
     俺の言葉にアキは口をわなわなさせていた。俺とふたりで裸になってなにもなし。これにはアキもびっくり。セックスはおあずけだけど、気分は実に爽快。
     勢いよくシーツの上に横になった。アキを見てると一生おさまらない気がするのでアキに背を向けて、デンジくんのデンジくんを根性でしずめることにする。こういう時は素数を数えるといいって聞いたけど素数がなんなのかわかんねーから、風呂掃除大会を頭の中で開催することにした。参加者は俺だけ。自分との戦い。風呂桶を磨き始めてしばらくは背中にアキからの視線を感じてたけど、すぐにでっけえ溜息が聞こえてアキも横になったのが分かった。
     俺の覚悟ってやつをアキにわからせ……いや違う、わかっていただく。わかっていただいたうえでヤらせていただく。天才じゃねえか……⁉ パワ子のアイキューを軽く倍は超えた。
     そうやって、脳内で風呂場をピッカピカに磨き上げたその夜に俺の挑戦は始まったのだった。


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