これが僕らの四月馬鹿(五い)「兵助ー」
ガラリと自室の扉を開くと目に飛び込んでくる、机に向かう同室の後ろ姿。チラッとこちらを見てどうしたんだ?と訪ねる兵助の顔を見てニヤリと笑う。
「今度の実習、俺たちの潜入先豆腐が有名な茶屋だってさ!」
よかったなと言って相手の反応を待つ。
無類の豆腐好きの同室のことだからきっと何かしら食いついてくれる、そう思ったが反応は「そう」とむしろ淡白なもので、逆に勘右衛門の方が慌ててしまった。
「……?勘右衛門?」
何、この手。と兵助は作業をしていた手を止めて見上げる。らしからぬ反応を受けた勘右衛門は思わず額に手を置き、熱がないかの確認をとってしまっていた。
「いや、兵助が豆腐に反応しないなんて、熱でもあるんじゃないかと思って」
「あのなぁ……。そりゃお豆腐は大好きだけど、今日はやたらと皆そんな感じの話持ってくるだろ?流石に俺でもわかるよ」
苦笑しながら言う同室の姿を見て察する。真面目だが天然である彼は反応が良く揶揄ってやりたくなるタイプなのだ。普段は優等生っぷりが目につくのだがこんな日くらいは、と思う同級生たちがいてもおかしくはない。勘右衛門が来るまでの間にいろいろと言われたのだろう。
「乱太郎、きり丸、しんべヱに巨大な豆腐が出現しました!!って言われた時には笑っちゃったけどな」
「あの三人にそんなこと言われてたのかお前」
ぶはっと盛大に噴き出す姿を見て、ああと答えると兵助はふたたび文机へと向き直り筆をとる。
「でも残念だったな。兵助の驚くところ見たかったのに」
「そりゃ残念でした」
面白くなーいと背中にもたれて体重をかけてみるが、重たいよと言いながらもぶれることなくしっかりと受け止められている。さすが文武両道などと思いつつ、背中から伝わる温かさと優しい春の陽気が相まり、また耳に届く春を告げる鳥の声と紙の上を滑る筆の音が思いの外心地よく、勘右衛門はそのまま目を閉じてしばしその感覚に身を委ねていた。
「なあ勘右衛門」
「なんだ兵助」
突然手を動かしていた兵助の動きが止まる。
ぐりんっと振り向くと髪の毛が首を撫でたからなのか、兵助はくすぐったそうに身体を震わせた。
「……俺たちずっと一緒だからな」
柔らかく紡がれる言葉と同じくして、遠く正午を示す鐘の音が響く。
逆光に遮られたその顔は、それでもいつもの自信に満ちた表情ではなく、真っ直ぐな瞳がほのかに揺らぎ、ほんの僅かにではあるが、今にも泣いてしまうんじゃないだろうか、そんな気をさせていた。
なんて顔してるんだよ。そう喉元まで出かけた言葉を飲み込んで
「……あぁもちろん」
そう答える自分もまた、随分と情け無い顔をしてるんだろうなと、自嘲する。小さな声でありがとうと言う同室にどういたしましてなどと返しながら、再びさらに深く身体を預けていった。
変わらない日常の最中、こんな時でもないと素直に言葉にできない、不器用な俺たちの四月馬鹿。
ーーーーーーー
ずっと一緒になんていられないことが百も承知だからこそこんな時じゃないと口に出して言えない二人。
言葉自体に嘘と真が混ざり合っているのであえて時間が終わる正午になりました、ずっと一緒にいてくれ五いそして翌年には増えます。