ドラマより僕を見て「今週も面白かったな!」
日曜夜21時58分。SNSでも話題のドラマを観終わって、マツノはキラキラした目で振り返った。
酒も入っているせいか、いつも青白い頬が赤く、興奮しているのが伝わる。
猫が身を寄せるダンボール箱並みの狭い部屋で、その笑顔はやけに眩しかった。
ひょんなきっかけで親しくなった、年上のくたびれたサラリーマン。
ビールや総菜を持って訪ねると、いつも嬉しそうに部屋に入れてくれる。
無防備なのは、元々か、信頼か。後者であればいいと思うようになったのは、いつからだろう。
「アレは裏切ってなかったって事だよな? な?」
「さあ…まだ分かんないよ」
缶ビールの残りを煽りながら答えれば、イチマツは相変わらずクールだなぁと苦笑される。
主人公の裏の顔、張り巡らされた伏線、意外性のある展開…等々。視聴者を飽きさせないジェットコースターみたいな展開は、原作のないドラマだからこそ予測がつかなくて面白い。
それは分かるけど、このところこのドラマの話ばかりで、少し面白くないのも本音だ。
「強そうに見えない奴が実はめちゃくちゃ強いとか、特殊任務中のエージェントとか、そういうの憧れないか?」
おれがつまらなそうなのを気にしたのか、マツノがおずおずと話を切り出す。
「あー…変身ヒーローみたいな?」
「そう! あとは時代劇だと身分を隠してたけど実際はすごい人で、悪人をちゃんと捕まえてくれるんだ」
マツノはクマの濃い目元を緩ませて笑う。
いつもより饒舌なのは、やはり酒が入っているせいなのか。
人手不足で休日にもかかわらず出勤している彼の、願望が見えた気がした。
「懲らしめて欲しい人がいるの?」
「そうだなぁ、課長は相変わらず仕事丸投げしてくるし、部長はパワハラ発言がひどいし、どっか飛ばされて欲しいなぁ」
「そう、分かった」
え? とマツノが不思議そうにおれを見つめる。
「一か月後、楽しみにしてて」
一か月後、全体朝礼の場に現れたおれを、マツノがまじまじと凝視しているのが見えた。
視線は合わせないまま、全体に対してまずは笑顔を向ける。
「新社長の鈴木一松です。良いところは継続し、改善すべきところは変えていきます。まずは皆さんが快適に仕事ができるよう、環境を整えます。一緒に頑張りましょう」
戸惑い、疑念、驚き、緊張といった表情を一つ一つ眺め、ついでのように告げる。
「それから、急で申し訳ないのですが、梅田部長と竹原課長には〇×島営業所に出向をお願いします」
「なっ…」
部長と課長がギョッとしたのが視界の端に映った。
〇×島営業所は船の往来が三日に一回という、何でこんなところにあるんだと言いたくなるような僻地にある営業所だ。
「梅田部長、以前出向を命じた社員に羨ましいと言ってたそうですね。釣りがご趣味と伺いましたし、楽しくお仕事できるんじゃないですか?」
パクパクと口を開け閉めしている、鯉に似た男に笑いかけてやる。
「わ、私はこの会社に貢献してきました! 島流しになるなんて、職権濫用だ!」
ダラダラ汗を流しながら、今にもつかみかかってきそうな男に視線を向ける。
「竹原課長はこれまで数々のプロジェクトをお一人で成功させてきたと聞きました。一人では到底成し遂げられないプロジェクトも竹原課長の功績だと。ですから〇×島営業所でも、その素晴らしい能力を発揮されるのを期待しています」
「あ…あ…」
真っ青になってへたり込む姿にも、薄っぺらい笑顔を向けてやる。
これまでマツノに聞いた話から、買収時に調査した結果は全部確認済みだ。出入り口に控えていたボディガード達が、二人を別室へ連れて行く。
その後ろ姿を見送って、マツノに視線を向ければ、分かりやすくキラキラした目でおれを見つめていた。
彼にとってのヒーローに、おれはなれただろうか。
あのドラマより夢中になってくれることを、密かに願った。