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    flor_feny

    @flor_feny

    ☿ジェターク兄弟(グエラウ)の話を上げていく予定です

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    グエラウ もどかしい夜を越えたら 二年時、兄さんがホルダーになって少し経った頃のジェ兄弟の話

    #グエラウ
    guelau

    もどかしい夜を越えたら「今日は俺のせいで不快な思いをさせて、すまなかった」
    「……謝らなきゃいけないのは兄さんじゃなくて、僕の方だろ」
     下げていた頭をゆっくりと戻していく。固く握られた両の拳が目に入って、それ以上顔を上げることを躊躇してしまう。
    「フェルシーとペトラがついていないんだから、僕がもっと注意しておくべきだった。あの女をやすやすと兄さんに近づけてしまった僕の失態だ。兄さんは悪くない」
     うつむいたままの俺に合わせるかのように、俺の前に立っていたラウダが膝を折って座った。ベッドに腰掛けた俺よりも低い位置からこちらを見上げてくる。
     目が合う。うっすらと細められた琥珀色に潜む気遣いに胸が痛くなる。
    「僕はあの言葉、気にしてないから」 
    「……ラウダ」
     パジャマの上にフーディーを着て、ワックスを落とした前髪が額を覆うその姿は、制服姿の時より幾分幼く見える。だからこそ余計に、弟に不必要な気を遣わせてしまう自分の不甲斐なさに嫌気がさす。
    「だから兄さんも気にしないで。僕は大丈夫だから」
     労るように微笑みを無理に作りながら、ラウダは膝上に置いた俺の両手を取った。自分より少しだけ低い体温に手の甲を優しく包まれる。
     じんわり伝わるこの温かさの内に、あのたった数分間のやりとりで、俺はどれだけの傷と苦痛を溜め込ませてしまったのだろう。

     今日最後の授業を終えて寮に戻る時に、ホールに繋がる廊下で一人の女子生徒に呼び止められた。ラウダがトイレのためにその場を離れて、俺が一人になる隙を狙ったようだ。
     女は明らかに媚びるような猫なで声と態度だった。またか、と思った。
     入学して間もない一年の時点で既に何度か言い寄られたことがあった。その度に付き合うことはできないと断ってきた。
     ジェターク家の跡継ぎという立場上、純粋な好意だけを向けられることはないし、俺が主体となって付き合う相手を選ぶ権利もない。
     ホルダーになったことで再びこの手の連中が増えていたが、フェルシーとペトラの二人が学内で頻繁に俺達についてくれるようになり、直接言い寄られることはだいぶ減っていた。だから気が緩んでいたのかもしれない。
    『愛人でも構わないので』
     どれだけ容姿が優れていようと、内面の醜さを隠しきれないその発言に時が止まって。気づけばいつの間にか戻ってきていたラウダの制止を振り切って、声を荒らげていた。周囲の奴らの注目を浴びようと関係なかった。
     政略結婚が望まれた俺に、母親に出ていかれた俺に、異母弟がいる俺に。無神経な『愛人』の一言がどれだけグエル・ジェタークという男の神経を逆撫でしたことか。
     怯えた表情で硬直した女に、その場である程度溜飲を下げることはできた。だが俺の後ろを苦々しい顔をしながらついてくる弟を見て、自分の行動が最適解ではなかったのだと思い知らされた。

    「学内掲示板で、さっきのこと、もうすでに広まっているんだろ」
     手を包むラウダの指先がぴくりと動いた。琥珀色の瞳が逸らされる。
     直接確認してはいないが、夕食時に食堂が妙に騒がしかったからおおよそ察しはついている。
    「うん……そうみたいだね」
    「また新聞のネタにされるかもしれん。手間をかける、ラウダ」
     ゴシップ好きの新聞部の奴らに嗅ぎ回られるのはよくある話だ。
     生徒手帳や学内サイネージに好意的でない自分の記事が配信されるのは正直腹立たしい。だからといって裏で握り潰すような卑怯な真似は恥ずべきことだ。勿論、事実誤認があればきっちり訂正、謝罪してもらうが。
    「あの女、今年の文化研究発表会のミスコンに出てた一年だって、寮の女子が。……結構人気があるらしいから、あとで面倒事になるかもって」
    「向こうが何かごねるようなら、決闘にもちこんで叩き潰すまでだ」
    「……本当にごめん」
    「いい、お前が謝ることじゃない」
    「結果的に僕が、兄さんの評判を落とすことに繋がったのが、許せなくて」
     消え入りそうに呟いてラウダが項垂れる。唇を噛む様が見ていられない。お前にそういう顔をさせるためにこうして呼び出した訳じゃないんだ。
    「――ラウダ」
     弟の両腕を掴む。こちらに引き寄せるように引っ張り上げると小さな声が上がった。中途半端に浮いた細身の腰を足で挟み込んで、後ろに倒れるようにして二人一緒にベッドに転がった。胸に重みがかかり、温かな呼気をルームウェアのTシャツ越しに感じる。
    「お互い謝るのはもうなしだ。……大事な弟に、これ以上嫌な思いをさせたくない」
     ラウダにも自分にも言い聞かせるように声に出して、わずかに力の入った体を腕の中に閉じ込めた。
     紺色の髪から俺と揃いのシャンプーがほんのりと香っている。髪に右手を差し込んで何度か梳いているうちに、その体に張り巡らされていた緊張がほぐれていくのが分かった。
    「明日は午前いっぱい実習だし、今日はもう寝るぞ。靴、脱げ」
     無造作に靴を脱いで、足で脛に触れて行動を促す。遠慮がちにラウダが靴を脱いだのを確かめてから、腰をねじるようにしてベッドの上に二人分の体を横たえた。
     行儀が悪いとは思いつつ、腕の中の体温を片時も手放したくなくて、横着して爪先で足元のブランケットを引き上げた。そうして手が届く位置まで来た時、ずっと無言で頭を撫でられていたラウダが身じろぎをした。
    「兄さん。これ、脱ぐから少し待って」
     腕を緩めてやると、ラウダは少しだけ上体を起こしてフーディーのファスナーを下ろした。器用に脱いでいきヘッドボードの隅の方へそれを置いたタイミングで、ブランケットを肩まで手繰り寄せた。
    「電気、消してくれるか」
    「うん」
     枕元のリモコンで照明を落としてもらうと、途端に体温と息遣いくらいしか分からなくなった。頭を撫でていた右手を背中に持っていき、ゆっくりさするように撫でていく。
    「……重くない?」
    「大丈夫だ。お前の体重はトレーニングにちょうどいい」
    「兄さんは大丈夫でも、僕が眠りにくいんだ。横になってもらえる?」
    「仕方ないな」
     ラウダの背中に腕を回したまま、仰向けの体を横に向ける。腕の中の体温がもぞもぞと摺り上がってきて、枕が沈む感覚があった。次いでコツンと額同士が軽く触れて、どこか甘えるように足を絡められた。
    「明日の朝、僕も兄さんのトレーニングに付き合うよ」
    「分かった。実習には響かない程度にしごいてやる」
     くすりと漏れ出た吐息を好ましく思いながら、俺はまぶたを閉じた。
     おやすみなさい。小さくやわらかなその声をそっと抱きしめる。
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