海再会
時刻は22:30
モブは自宅で晩酌をしていたが酒が足りなくなりコンビニまで買い足しに向かった。
最寄りのコンビニまで徒歩で20分。決して近いとは言えない距離だが、彼は工場の明かりが反射した夜の海が見える道を気に入っていたため自転車ではなく歩いてゆっくりコンビニに向かうことにした。
コンビニに着くと、酔って気が大きくなっていた彼は財布に入っていた全財産を突っ込んで買えるだけ酒を買った。
ウイスキー、日本酒、ビール。様々な酒が詰め込まれた大きなビニール袋を両手に持ち、ガチャガチャ言わせながら帰路につく。
しばらく歩き、海辺の道に差し掛かるとどこからか声が聞こえた。若い男の声である。
その場に立ち止まり、周囲を見渡してもそれらしき人影はない。
もしや、と思い防波堤に登ると少し低くなったテトラポットの上に見覚えのある黄色いゲソが佇んでいた。
なんであんな所に…と思いつつ様子を伺っていると黄色の彼はさも誰かそこに居るかのように1人でずっと話し続けているではないか。
彼の発する言葉に聞き耳を立てる。
「マジでごめん。俺のせいだ… 全部俺のせいなんだ。謝っても許されないことは理解してる。お前の気が済むなら殴られてもいい。謝るから。」
モブの脳が「どうやら彼は1人で何かに謝罪しているらしいぞ」と情報を処理した瞬間、黄色の彼が「おい!!!!待てってば!!!!」と一際大きな声を上げ、海に向けて走り出す。
このまま進むと海に落ちると判断したモブはレジ袋を乱暴に置いて防波堤から降り、テトラポットをジャンプしながら進んでエナドリの襟首を掴んだ。モブがエナドリの襟首を掴んだ時彼の右足はすでにテトラポットの最後の1ピースから海へ踏み出されかけていた。
驚いてバランスを崩したエナドリを自分側に引っ張ってなんとか転落を防ぐ。
「君、一人で何してるんだ!!こんな時間にこんな所…あと一歩で落ちる所だったんだぞ!?」
思わず声を荒げる。
「はぁ…?一人…?」
怒鳴られてしまったエナドリは頭に疑問符を浮かべてキョロキョロと左右を見渡し、小さく「ぁ」と声を漏らす。
どうやら自分の状況が客観視できたようである。
「わりぃ…助かった…」
彼はそう言って立ち上がり、呆然として立ち尽くしていたモブをテトラポットに残してフラフラと元来た道を戻り防波堤を越えて道路へと消えていった。
「あ〜あ。あとちょっとだったのに」
不意にモブの耳元で声がした。どこかで聞いたことがある声に限りなく似ているが、全く生気を感じられず聞くだけで全身に鳥肌が立つ。端的に言えば気色の悪い声である。
酒に酔っていたとて彼は元軍人。人の気配がしたら気付くはずだ。しかし人の気配は全くせず周囲を見渡しても誰もいない。感じるのは「これ以上ここにいてはいけない」という生命の危機のみであった。
モブは急いでテトラポットを走り、置いてあったレジ袋を引っ掴みつつ防波堤を飛び越えて全速力で家まで走った。
家に帰ると、レジ袋の中で日本酒の瓶が一本割れていた。
しょうがないからと割れていない酒をティッシュで拭きつつまた酒を飲む。
つまみも切れていたのに買うのを忘れていたモブは塩を肴に酒を飲もうと小皿に食卓塩を盛った。
するとどうだ。小皿に盛られた真っ白な塩はみるみるうちに茶色く変色し、食卓塩の香りとしては明らかにおかしい腐敗臭を漂わせ始めた。
モブはこれを見てしばらく黙り込んだ後、
「これは…今日はもう飲むのやめておけってことか…」なんて呑気なことを言いながら布団を敷きそのまま寝始めてしまった。
彼は酔うと気が大きくなってしまうのである。
実はその夜、彼が大の字になって寝ている間中ずっと水道からすごい勢いで水が流れたり消しているテレビが砂嵐を流し始めたり無数の白い手が彼の部屋の窓をバシバシ叩き続けたり心霊現象が手を変え品を変えモブを襲っていたのである。しかし泥酔していた彼は何が起きても全く起きず、一晩中大いびきをかいて眠り、そのまま健やかな朝を迎えたのである。
次の日の夜、バイト帰り。
コンビニで安酒を買い、飲みながら帰路につく。
しばらく歩み、海の見える道へ差し掛かると防波堤の上に誰か立っているではないか。
「君は…」
「あなたを助けたくてずっと探していました…!やっとお会いできた。ちょっとこっちでお話しできませんか?」
防波堤の上からモヒカンヘアで意思の強そうな目をしたタコが話しかける。
「こっちに僕たちの組合の事務所があるんです。さぁ一緒に行きましょう。お話はそこで聞きます。」
言われるままモブは防波堤を越えモヒカンの彼の後ろをフラフラ歩む。
(僕は本当についてきて良かったんだろうか…あれ…確かこの先は…)
「あ」
ドブン
気づいた時にはもう足場は消えていた。
モブが水に溶ける瞬間、耳元で
「今回は上手く行った」
と声がした。生気のない、気色の悪い声であった。